─ 一方 ─
金なんて必要の無い
ものだと思っていた。
幼少の頃から、
ずっと任務に明け暮れて
強さだけを求めてきた僕だから、
その重い金は沢山有る。
重いだけじゃなかったのか。
僕の刀:不知火は
魔法で作れているゆえ、
折れないし研ぐ必要がない。
要するに金がかからないのだ。
雀呂は飼い離しているから
正直、僕でも雀呂が何を
食べているのかが判らない。
朱雀の子どもであり、
神鳥の末裔なのだから、
もしかしたら何も
食べなくてもいいのかも知れない。
ギルドからは飯が常に出ていた。
仮にギルドに居らず、
飯が食べられない
状況であっても、大抵そこは
森とか山地だったから
動物を狩って食べて生きてきた。
そんな僕に、
初めて金を使う瞬間が到来する。
「ワイズさん、あれ見てください!」
僕の隣に居る少女は、
ショーケースに並んだ石を見ていた。
そこには、
まるで緊張感の無い無邪気。
石とは、
ただの石でなく宝石と呼ばれる物だ。
値段欄には大量の"0"が並んでいる。
「ワイズさん、
"レッドベリル"ですよ」
「買うのか?」
「たっ、
こんなの高過ぎて買えませんよー。」
苦笑いしたユウリが
値札に目をやってから、
ぎょっとした かわいい。
そして、
「高過ぎと言うより───
手が出ないのが、
正しいのかも知れません」
えへへ、
と残念そうに弱く
笑ってユウリは
レッドベリルからは目を反らし、
長く艶のある髪を翻して歩いていく。
レッドベリル
六晶系のそれは、
言うなれば超希少鉱石。
だがこの値段の理由は、
おそらく原石ではなく結晶だからだ。
そしてこの大きさ、
蛇の目スイカ程には満たないものの、
足の母指球大の大きさがある。
こんな大きいのはなかなか出ない。
形を整える加工をされて、
光の反射具合と不純物の含有率で
値段が決まるのが普通なのだが、
この結晶には少しの気泡や不純物
といったものが一切無い。
値段的に、
一等地に城を建て
堀を築き、周りに水を敷いて
更に兵士を何人か雇っても
それらの合計金額は
このレッドベリルの値段に及ばない。
要するにレッドベリルとは、
上位貴族くらいしか
手を出さない代物なのである。
だがしかし、
僕の財布なるものの中を
初めて覗いてみるに、
これが同じ値段で
十個有っても僕は買えるし、
買った後の僕の生活水準に
全くの影響はない...
くらいの"0"の数。
負けてないな。
僕の名に苗字なるものが無く、
平民以下の身分に
見られていたとしても
財布の中身は上位貴族以上だ。
何と言っても、
貴族は金を使って儲けるが、
僕は金を使わず、
気付いたら儲かってたからな。
すると、
後ろから にこにこした
店員に声を掛けられる。
「お客様ー、
細君にプレゼントですかー?」
どうして見てもないのに
にこにこしている、と形容出来たのか。
それはもう声に"にこにこしてますよー"
と出ているからである。
おそらく、
可愛くもない営業スマイルを
振り撒くこの店員は顔に"買え"と
書いているであろう。
僕は振り返ることなく、
後方の、
頭のおかしな店員の
後頭部をひっぱたく。
「僕に嫁さんは居ないんだ。
あと、契りも結んでない」
細君とは 昔の言葉で、
他人に自分の妻を
紹介する時に使う言葉だ。
無論、
他人が人の妻を
言う時にも使われる。
僕が振り返ると、
そこには頬を膨らまして
機嫌を損ねたツインテールの、
僕と同じ黒髪で白い肌の
ここじゃ珍しい少女が
涙目で頭を押さえていた。
「ワイズ....ヒドいです。
ちっちゃい時は
あんなに可愛かったのに」
「いつの話だよ。
僕は記憶に無いぞ、ヘイズ」
「冗談はさておき、
近々あなたの元へ依頼を
しに行くかも知れません」
その話だけで事の重要性を
理解した僕は、
「判った。
だが僕は今、
ホワイト・アウトに属してないぞ。
僕がその依頼を
受けられない可能性があるから、
あの時一緒にいた、
オーグに頼んだ方が良いかも知れない。
幼馴染みで言えば、
僕の親しい友人はオーグしか居ない、
だから今の僕は君にとって
何の力も持ち得ないかも知れない」
ミアラの身の上話は別の時に。
するとミアラは小首を傾げて、
「属してないって、
あなた ひょっとして
仕事クビになったですか?」
僕はミアラの肩を掴む。
引き寄せた僕は小声で、
「できれば"黒犬"の存在を
あの子に教えないでいて欲しい。
あとクビになってない、移転だよ。
今はホーン・ブルだ」
何故か頬を
赤らめているヘイズは、
「そそそそういうのは
好き人にするですっ!
あなたの言葉と行動が
反している気がするのです」
「黒犬って訊いただけで
石とか投げてくる人が
世の中にたくさん居るんだよ。
僕がこの辺で暮らしていられるのは、
ヘイズみたく僕の顔を
知っている人が少ないからなんだよ」
「解った、
黙っておいてあげる。
そう言えばあの子の名前を
私は訊いてないですが?」
なんだ、
その宝石みたいな
ペカペカした目は...。
「ユウリだよ。
ラストネームは知らない」
ラストネームとは、苗字のこと。
その人にとって
特別な存在になったりすると、
教え合うというのがこの国の
古くからの風習である。
ヘイズは目を細めて
ゴミクズを見るような目で、
「苗字もまだ
知らないなんて、
恋人同士ですらも
なかったんですね。
ワイズのこと、見損ないました」
僕は腰に手を当てて
精一杯皮肉を込めて、
「じゃあ、
ヘイズは僕の
苗字を知ってるのかよ?」
するとミアラはきょとんとして、
「知ってますよ?
だって私たち、"姉弟"でしょう?」
───その瞬間、
僕の頭の中が白一色した。




