黒犬は日ごと任務の為に力を振るう
林の中を縫って
高速で駆ける黒犬は、
背後から追い掛けてくる
何かに意識を集中させながら、
両足に力を込めてブレーキをかけ、
音高く刀を抜き放ち、青眼の構え。
迎撃の構えだ。
───賽は振られた。
僕が全速力で
駆けられるのもラガルのお陰だ。
兵士たちが孟スピードで
こちらに掛けてきた。
その手に盾はもう無い。
僕が構えているのに気付いて、
全員が足を止めて
刀の間合いからかなり離れる。
それぞれの顔には
緊張や焦りが見てとれる。
今までの戦闘から、
ワイズの一歩が
人間では有り得ない程
大きいという事が十分検証されている。
近付けばもう、首は無い。
そんなイメージが
兵士たちの脳裏をよぎる。
誰も声を上げる事が出来ないのは、
大人数で追ってここまで来たのに
奇襲ですら誰一人としてワイズに
傷一つ付けられなかった事を
思い出しただろうから。
あの剣撃でまた
ワイズに
一掃されてしまうのでは
ないかと躊躇してしまったから。
ワイズはもう既に構えている。
その構えに隙はなく、
また一様に
剣撃の最中に隙を衝いて、
背後から攻撃した仲間が呆気なく
血を噴いて
転がっていた事を思い出してみたら
隙に思えるところすら、
攻撃できないのではないかと
足をすくませる。
ワイズは敵の様子を見据えて、
少し刀を下げた。
────彼らにもう、
戦意は無いのではないか?
ワイズの脳裏に確信がよぎる。
しかし すぐ様疑う。
相手は僕の命を奪いに来た輩。
そして、
僕の大切な仲間を
拉致しようとする"敵"だ。
逆に相手からすれば僕は、
見たこともない
細身の武器一つで
全ての攻撃を凌ぎ、
一振りでたくさんの
仲間の命を真顔で奪った
──────"化け物"だ。
このまま放っておけば、
その内
復讐されるかも知れない。
ワイズの心臓が跳ねた。
思い出せ、
ガイなら虐殺を嫌うだろう。
"兵士にも家族が居るんだぞ"
きっとそう言って僕の肩に
手を置いて僕を制すだろう。
─落ち着け。
刀を納めろ。
......。
しかし右手は言うことを訊かない。
そうだ、
こんな奴等にかかって
来られても殺されまい。
先の奇襲は
完全に失敗だったんだからな。
──次もそう、上手くいくだろうか?
ラガルがいればな。
───あいつは傍に居てくれない。
ガイが居るじゃないか。
!!?
違うっ!!
僕は
何考えてやがる!?
────ガイを盾に、
ユウリやミーシャを守り、
僕はもう一度一掃出来るだろう。
今まで目を閉じて寝ていた
僕の闇の部分がたった今、
目を開けて瞳孔を開いて
此方に牙を見せて笑った──気がした。
僕の心の中は
なんだか淀んでいて、
人の命を"物"としか見ていない。
その瞬間、
焦り 不安や憎しみなど、
そんな事を少しでも考えられた
僕への怒りが瞬時に爆発する。
そして何も考えられなくなり、
僕は全身の筋肉を一気に強張らせ、
本気で地を駆けた。
「ヤアアアアッ!!」
・
・
・
刀を地面に振る。
何故か飛沫する水音がしたので、
ゆっくりと────足元を見る。
───血だ。
それに、
刃が血だらけじゃないか。
気付けば僕は、
肩で息をして左手を左胸に付け、
外套を握っている。
その手は汗で濡れて
付けている手袋が
水に浸したみたいに冷たい。
そして足元に目をやった。
────見るんじゃなかった。
最初はただの赤色に見えたそれらは
瞬きするごとに
徐々に色彩をはっきりさせ、
紅色の鎧に付いたもっと赤い血まで
はっきりと認識する。
中には、
此方を向いて
転がっている生首まで有る。
そして更に恐ろしい事に、
────これらを
"こうした"のは僕だ、
という事を脳が記憶を開示してきた。
それも、大過去の事のように
今思い出したのだ。
怯える敵目掛けて、
本気の一歩で
間合いを詰めた僕は、
片手で敵の
首の付け根から脇腹までを
斬り結んだ。
そのまま
隣にいた兵士の片目目掛けて
刀の柄頭を振り抜いて
奥にめり込ませ、
よろけたそいつ目掛けて
上から刀を振り抜いていた。
────片手で、だ。
本当にこれは僕だろうか。
記憶だからか、
そんなに力を入れていないのに
人間とは、
そんなに脆いものだったのか?
そう思うも、合理を一つ思い付く。
────違う。
原因はおそらく、制限の指輪だ。
あれが外れた今では、
今まで塞き止められていた
"力"の部分が溢れ出ており、
片手で人を鎧ごと
両断出来る程の
化け物じみた力が出たのだ。
これは僕そのものの力じゃない。
一日でも経てば、
元に戻る───はずだ。
そう思うよう努めて、
ふらつきながら僕は再び、
もと走っていた林を駆ける。
──そう言えば、
ラガルは無事か?




