形勢逆転
この炎は────懐かしい。
僕の友が放った炎だな。
暖かくて優しく、
僕の肩に刺さった矢を引き抜くと、
たちまちに傷は癒えて、
外套には血痕も穴も無い。
上を確認すると、
先程まで雨霰の如く
降り注いでいた矢の大群が
全て消し炭と化している。
僕は後ろに居る、
僕らを覆い尽くす赤い炎のように
燃えるように赤い髪の相棒の肩を叩いた。
出撃の合図だ。
相棒は此方を見ると頷いて、
笑顔になって僕の肩を強く叩いた。
静かに双剣を軽く振り回す。
その顔はまるで、
─────刀は振れるな?
と言っているかのよう。
───ああ!
僕は力強く頷いてから
正面を見据え、
大きく息を吸い込んだ。
刀を握る右手に力を軽く込めた。
「────行っくぜええ!!」
ラガルの第一声に続いて僕も叫ぶ。
「オオオッ!」
僕らが炎から飛び出した瞬間、
不思議な炎はかき消えた。
先程まで鉈兵と化していた
兵士達が一斉に
大盾を構えて半身になる。
炎に怯える
獣のようだった姿とは一変して、
覆った戦況に皆が
一様に驚愕しているのが見てとれる。
だが、戦の手練れ
なだけあって切り替えが早い。
だが───
動きは遅い!
─── ragal side ───
懐かしい雄叫び声が
ボクの後方から耳に響いた。
誰にも気付かれないように
木に跳び移ってから、下を眺める。
いつも訊いていた、
少年にはあるまじきしゃがれ声には
かなり離れた、獰猛な叫び。
それは、
敵意剥き出しの獣が
牙を剥く時に似た、
狂犬と うたわれるに相応しい、
ワイズの本性と呼ぶべき
真の姿がそこにあった。
ただ、
我がホワイト・アウトが誇る、
黒犬:ワイズの狩りの姿がそこにあった。
しかしどこか、
──久し振りで
見慣れてないせいか、
高速で地を駆けていた
ワイズの姿が途中から
視認できなくなった。
それとほぼ同時に、
鉈を持った兵士達の首が
一斉に体から転げ落ちた。
"剛の構え"から、
突き出された大楯目掛けて
刀を上から振り下ろすと、
大量の火花が飛び散る。
続いて、
大楯が真っ二つに割れて
敵の左手が手首から切れて落ちた。
まるで
切れていなかった
かのように時差あって
左手の切り口が赤く染まる。
だが兵士は居つかない。
振り下ろした体勢の、
隙だらけのワイズ目掛けて
鉈が間髪無く突き込まれる。
ワイズは
爪先が鋼製の黒いブーツで
鉈を蹴り上げて、
余り足で相手の腹部へ前蹴り。
腹を押さえて跪いた敵の背へ
容赦なく右腕を振り抜いたワイズは、
横目だけで後ろの敵を確認し、
鉈を横薙ぎするタイミングに
合わせて屈み間合いを詰め、
右足を強く踏み込んで、
左脇に当てていた刀を
高速で相手の胸部へと撃ち出した。
真上に鮮血が噴き上がる。
刀を逆手に持ち変えて、
次の相手が鉈を振った瞬間には
既に背後へ回り込み、
相手の首を一振りで跳ねた。
ワイズの使う技が
どれも精密だからか、
それとも刀が
この辺で見られないからか、
その洗練されたフォルムが
とても美しく思えた。
血飛沫が綺麗だとか、
そんな凶気じみた事を
言っているのではなく、
ワイズが一振りに掛ける思い、
刀が描く 無駄の無く美しい軌跡、
限界を越えて無駄な力を無くした
刀を振る戦術の運び方────。
それらがまるで、
殺す為だけに創られ、
命を一撃で奪う為だけに
創られた撃剣だと考えてみると、
もっとそれを観ていたい、
そんな気持ちになる。
周りを見回すと、
隙を伺って待機している
ように見えた兵士達は皆、
ワイズの戦い振りに見入っていた。
多分、あの武器を使うには、
こうすればいいのか、
と武人の血が騒いで
学んでいるに違いない。
ある奴は鉈や盾を地面に下ろしていて、
最早そこに戦意は無い。
ボクがそれに気付いたとほぼ同時に、
他に掛かってくる者が
居なくなってしまった
ワイズの足が止まって、
状況を察し 刀が降りた。
「もう、掛かってくる奴は居ないのか。」
すると、兵の一人が一歩前に出て来て、
ワイズの姿を見て"高速で"両手を上げた。
ボクは半笑いになりながら
木を降りてワイズの隣に立ち、
刀を鞘に仕舞わせる。
「両手を上げてなかったら
次の瞬間には、上体の無いお前さんの
下半身が見えていた事だろうよ。」
兵士はボクの
脅し文句に顔をひきつらせて、
「...そ、そうか、助かったよ。
総員、戦意は無い────降参する。
武器を納めては貰えないだろうか。」
すると、
他の兵全員が武器を下に置いて
両手を上げた。
特に異論は無いので、
ボクは双剣を納める事にする。
一歩前に出た兵士は、
「話が判って貰えて助かる。
私はギルド:リフレイン・ゾンビの
一番隊、隊長 ルートだ。
そなた達ではなく、
そこの黒犬 暗殺を企てて
上からの指示でここへ参ったが、
黒犬の剣技に感服した。」
やはり、暗殺目的だったか。
そしてボクは巻き添えだった訳だが。
何の事かと
ワイズは真顔で佇んでいる。
「いや、アンタらの作戦は
....完璧だったよ。」
四面楚歌の苦境を
ボクらのギルドマスターが
救ったなんて言っていいものか。
まあ、いいか。
まずはこいつらから
話を聞き出すのがいい。




