されど黒犬の任務は続く。
僕は、
クビを言い渡されるものだと思っていた。
何せ僕は
守らなければならない規則を破ったのだ。
そして何より、
相棒がどう思っているかは知らないが、
僕はガイを裏切った。
ギルドに帰って来た僕らを
出迎えたのは、
他でもなくギルドマスターのフールだった。
僕らは今、ギルドの最上階 四階の
マスターの部屋の中に来ている。
部屋に入って直ぐの所に、
僕らは並んで立っている。
僕、ユウリ、ミーシャ、ガイの順番だ。
その僕らの正面に、
幅の広いデスクを前に腰かけているフールは、
表情を曇らせてデスクに肘を付き、
口の前に両手を組んでから
何やらじっと考え事をしている。
そしてやっと、話を切り出したのはフールだった。
「....アンガーがホーン・ブル以外の
別のグループに関わっていたのは知っている。
だが、仲間まで傷付けている奴
だとは思わなかった。止めてくれて有難う」
アンガーとは、
僕が腕だけを斬り飛ばした先輩の事だ。
今ここで初めて名前を知った事は誰も気にしない。
僕は静かに口を開いた。
「知っていたのに、止めなかったのか」
フールは鼻で笑ってから、
こちらに目だけを向けて、
「証拠が無かったのさ、それに────
仲間を疑う事だけはしたくなかったんだ。
大人の事情だよ、マグナの傍に居た君なら
その位は判るんだろう?」
僕は黙った。
知っている、存在だけでは
解決出来ない事が、少なからず
この世界には沢山存在する事を。
それを肯定と見たらしく、
フールはその綺麗な鉱石のような髪を
大人の様な仕草で
かき揚げてからゆっくりと口を開く。
「君達はその被害に有った。
ワイズがグレイヴ・ドラゴンを
単独で葬りに行っていなければ、
そんな事は未然に防げただろう。
被害が後日に及ぼうともな」
フールのその発言に
ユウリとミーシャが驚いて此方を見る。
「「───────っ!」」
驚きはしなかったガイが静かに口を開いて、
「マスターがそう指示したのですか?」
フールは何事も無いように、
「なんの事だ?何にせよ、
私は単独撃破せよなんて言ってないし、
四人揃って葬ってみろ、
とも言ってはいない。
要するにワイズの独断だよ。
だが、ガイ君にそれを問う権利は
無いのでは無いかね?」
ガイは驚きの顔をして
歯をきつく食い縛った。
「っ!?」
「私には、
君が戸惑っているように見えたし、
何より、骨竜の止めに
反対していたのは君ではないか。
そんな者が、誰が止めを刺したか
刺していないかなんて
気にするものかね?」
つまりフールは、こう言いたいのだ。
仕事に荷担しなかった者が、
人に大変な思いをさせておいてから、
ほとぼりが冷めた後に騒ぎ出すのは、
まるで、
それを待っていたかのようで気に食わない、
そんな者には今更、反論の資格は与えまい、
大方そう言いたいのだろう。
実際僕も心の中で思っていた。
何で今更そんな事を言ってくれるんだ?
ガイは止めを刺して欲しくは
無かったんじゃなかったのか?
僕は骨竜を倒した事を内密にしようと
フールの元へ参った。
牙を見せて僕が
「一人で倒した」と言った時点で、
フールはそれを知らずとも、
理解していたはずだ。
"僕が骨竜を倒した事が
ガイに知られてはならない"事を。
ガイには、
"弱って死んでいた"とでも
言って僕が倒した事は隠すつもりだった。
一人で骨竜の元へ向かっただけなら、
少し糾弾されるだけで話は済んだだろう。
次は相談しろ、とか
一人では行くなよと言われ、
今後の信頼は保たれていたはずだ。
だが、フールの今の言いようによっては、
仲間が骨竜への止めを刺すことについて
否定したのに、僕は止めを無断で敢行した。
すなわち、僕がガイを欺き、
"相棒が反対意見を出した"事を知りながら
無視して骨竜を殺した、
と言う事になりかねない。
いや、もうなっているかも知れない。
これは相棒の、これからの信頼に関わる。
ここまで僕の内心の全てを知っていながら
この女はどう言うつもりだ?
僕が一番釈然としないのはそこだ。
ガイには、刀の包炎がバレた時点でもう、
隠し通せやしなかったのだ。
僕とガイの関係は、
あの長かった入団審査を
合格させるだけでは終わらなかった。
現に今、ユウリやミーシャも加わって
ペアを組んでいるのだ。
まあ、そもそも合格者が四人だったから
必然的に最初の任務は
四人合同だったのかも知れないが───。
ガイは気にしないものだと
言いたいのか、諦めたように
口を閉ざした。
フールは気を取り直したように
此方に向き直ってから、
「ワイズ、君に軍部から依頼が来ている。
どうやら戦で もめているらしいぞ」
この状況でその発言───
すると、フールは僕へ右手をかざした。
その行為自体には特に意味は無いだろう。
だが僕にはそれが、
その先を考えるな、命令通りに動け
と言っているようにさえ見えた。
だが、今 僕はこのギルドの一員、
マスターの出す任務は果たさねばならない。
「─────」
僕が無言でフールの目を見ていると、
「ああ、命じなければ
君は動かないんだったな。
では、ギルドマスターとして命じる、
軍部からの依頼を遂行せよ、
やり方は問わん」
場所指定のメモをフールから受け取る。
従うしか、ないのか。
今の僕には否定権が無い。
僕はバレないように
歯をきつく食い縛ってから
鞘の底を床に打ち鳴らしてから姿勢を正す。
「御意、出陣承知」
僕は両手に持っていた刀の
鞘を左手に持ち替えてからその場を去った。
────さて、
いつ弁明させて貰えるのやら。
僕は外套を羽織ってから階段を下り、
ギルドを出てから、
目線だけを上に向けて
フードを目深く被り、
走り出す。
ガイ、僕は君を思って
──行動に移したんだよ?
裏切っただなんて
思わないでおくれよ───。
────雨が降りそうだ。
確かあの日もそうだったな─────。




