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REVENGER  作者: ナイトカイザー
異世界から来た男
1/2

神楽坂悠季の日常

 けたたましく電子音を鳴らす目覚まし時計の音で俺は目を覚ました。

 朝の冷えた空気も相まって眠気に負けた俺はシーツを頭からかぶり直した。多少は時計の音も軽減はされるけど、完全に寝に落ちるには少しばかりうるさい。それなら騒音の原因を止めればいいだけなのだけど、それを実行するとなるとこの天国とも言える温もりを捨てなければならない。

 安寧を手に入れるために安寧を捨てなければならないとはなんともまあ、皮肉な話なのだろうか。

「うー……」

 軽く身じろぎ、枕で顔を覆う。耳まで覆ってはいるがそれでも目覚ましの音はあまり軽減されない。高校入学に際して、遅刻しないようにと効果がありそうなのを買った事が仇になった。効果という面で見ればいい買い物をしたということなのだろうが。

 枕元の携帯を手に取り、シーツの中で時間を確認をする。

 時間は七時を少し過ぎたぐらい。学校に行くには十分な余裕がある時間だ。ゆっくり朝ごはんを食べて、朝のニュースを見ていても遅刻はしないだろう。

 そんなことを考えていると思い出したようにお腹が空腹を訴え始めた。この後の事を考えれば今起きるのも悪くないかもしれない。毎度毎度、アイツに起こされるというのも癪なものだし。

 覚悟を決め、俺は勢いよくベッドから飛び出した。その勢いに任せ、いつまでもうるさくがなり立てる目覚まし時計を黙らせる。一度起きてしまえばどうということは無い。朝の空気の冷たさも極寒の地で雪に埋もれることに比べれば大したことはない。なんて清々しい朝なのだろうか。世界はこんなにも光に満ちている。

 クローゼットから制服を取り出し、袖を通す。着初めてまだ二週間ぐらいだからよれてもいないし、汚れも殆どない。だから、新品と大して変わらない。

 寝癖を直し、ネクタイを軽く結ぶ。

 よし、これで一応は人前に出ても大丈夫なようにはなった。通学に使っているカバンの中身を確認する。今日使う教科書に財布、そして携帯。生徒手帳を取り出して見開きを開く。一年二組神楽坂悠季。俺が高校生である証。少しばかり気持ちが高揚してくる。中身が揃っている事を確認し、カバンを手に部屋の入口へ向かう。

 部屋を出ようとドアノブに手をかけた瞬間、ドアが目の前に迫ってきた。

「おっはよー! 今日も清々しい朝だよ、悠季ー……ってあれ? どうしたの、うずくまっちゃって。はっはーん。さては寝ててお腹を冷やしたなー? まったく、悠季もまだまだ子供だなー」

 違う。お前は顔を押さえてる相手をどう見たらお腹を冷やしたように見えるんだ。明らかに押さえてる箇所が違うだろ。

「お前、いい加減部屋のノックを覚えろ……」

「この前やったら悠季怒ったじゃん」

「ノックしても間髪いれずにドア開けたらそりゃ怒るだろ! というか、お前の場合ノックとドアを開ける動作が一体化してんだよ! ノックの意味が無いだろ!」

「ドアが軟弱なのがダメなんだよ」

 さも心外そうに早苗はそう呟いた。

 腰に手を当て不満そうに顔をしかめる俺の幼馴染。性格は悪く言えばお調子者。よく言えば楽天家。ふんわりとしたショートカットの髪型も相まってボーイッシュな印象の俺の幼馴染、御蔵早苗は不平を漏らす。

「で、何の用だ? いつもより来るの早いし、何かあったのか?」

 俺がそう聞くと、早苗は思い出したように声を上げた。

「おばさんが朝ごはん出来てから呼んでくるように言われてたんだった。危うく忘れるところだったよ」

 完全に忘れてたけどな。思っても絶対に口には出さない。口に出したらその後の報復が恐ろしいからな。

「それじゃあとっとと行くぞ。飯が冷めると母さんが怒るからな」

「あー、待ってよー」

 部屋を出てリビングに向かう。

 リビングには既に父さんと母さんがいて朝食を食べ始めていた。ほかほかの白ご飯に味噌汁、香ばしい匂いを嗅ぐわせる白身魚の塩焼き。純和風の朝食がそこにあった。

 俺と早苗は当然のように母さと父さんの対面に隣同士で座った。

 いただきますと声を合わせ、まだ温かい食事に箸を伸ばす。うん。やっぱり母さんのご飯は美味しいな。

「いつもありがとうね、早苗ちゃん。うちのねぼすけを起こしてくれて」

「いえいえ、これぐらいどうってことないですよー。アタシが好きでやってることですしー」

 俺をネタに盛り上がる二人をよそに俺は朝のニュースに集中する。

 内容は行方不明になった人を依然捜索中という事だった。詳しい内容は覚えていないが、最近数人の人が突然行方不明になっているというものだ。年齢層は幅広く、同一犯の犯行とは思われていないらしい。

 しかも、行方不明になるタイミングが一貫していないというのも搜索が進まない原因であるらしい。通勤や通学途中にいなくなることもあれば、家にいて少し目を話した瞬間にいなくなるということもあるらしい。一部の週刊誌や新聞では現代の神隠しなどと取り上げることも最近は多くなり始めた。それが仕事とはいえ、記者の人たちも面白おかしく取り立てるものだと思う。

「神隠しなどバカバカしいにも程がある」

 黙々と食事をしていた父さんが唐突にそう呟いた。

「平安時代でもあるまいに、神隠しなどバカバカしい。誘拐されたか、でなければ家出だ。どうせ若者は面白半分で便乗しているのだろう。まったく、朝からくだらん話だ」

「あらあら、でも大事よ。こういうことを知ることは。少なくとも悠季や早苗ちゃんを気にかけることはできるもの」

 母さんの話に父さんは小さく鼻を鳴らすとごちそうさまと口にして自室に向かっていった。部屋にある通勤カバンを持ってそのまま家を出るのだろう。

 父さんの態度を別に気にした風もなく、母さんは朗らかに笑っている。不仲に見えて全く不仲じゃないから俺の両親は実に不思議だと思う。

「ごちそうさまでした!」

 俺の隣で早苗が元気よく声を上げた。視線を落とせば、既に早苗の朝食は綺麗に無くなっていた。母さんと喋ってたはずなのに俺より早く食べ終わるなんてどういうことだ。

「ふふ、お粗末さまです。はい、お弁当」

「いつもありがとうございます、おばさん!」

 最後の一口を掻き込み、食卓の上に置かれた包みを受け取ってカバンの中に入れる。俺よりも早苗の弁当が大きいのはなぜだろう。

「うん! おばさんの美味しいご飯のおかげで今日も一日がんばれます! 悠季、行くよ!」

「わかったからお前はもうちょっと静かにしろ。朝から近所迷惑だろうが。母さん、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい。ニュースの事件もあるから二人とも気をつけるのよー」

 母さんの間延びした声に送り出され、俺たちは家を出る。

 俺たちが通う高校はここから歩いてだいたい十五分ぐらいかかる。街を東と西に二分する川にかかった橋を渡り、少しばかり勾配が急な坂を上った先にある。歩いていくにも自転車で登校するにも決して楽では無い場所になぜか俺たちの高校はある。設立者は何を思ってあんな場所に学校を立てたのだろうか。理解に苦しむ。

 俺たち以外の生徒も多くなってきた頃、道の先に見知った後ろ姿を見つけた。追って声をかけるべきかどうか。悩んでいるうちに早苗が大きな声でそいつの名前を呼んだ。

「おーい、新庄くーん!」

「ん? おー、悠季と御蔵嬢じゃないか。今日は珍しく早いじゃないか」

「んっふっふー。今日は珍しく悠季が早起きしててね。結構余裕があったんだよ」

「待て。その言い方だといつも起きるのが遅いみたいだろ。訂正をしろ」

 合流し、そんな風に談笑を交わしながら通学路を進む。

 新庄拓哉。それが合流したやつの名前だ。高校に入って最初に仲良くなった男友達でもある。よく言えば爽やか。悪く言えば優男。そんな風貌の男で見た目だけなら異性から好意を寄せられそうなものだが、如何せん性格に難がありすぎる。性格が悪いわけでは無い。ただ単に難があるだけだ。思わず引いてしまうような癖が。

「ホント、御蔵嬢はいい脚をしてるなー。こうニーハイとか履いたら鼻血もんですよ。うん。素晴らしい」

 そう言って新庄は顔をだらしなく崩した。完全に鼻の下を伸ばしてエロ親父状態になっている。

 新庄の性格の癖とは、基本的に異性に対する発言がセクハラ親父と対して変わらない事だ。そんなことをしているから大半の女生徒からは嫌われてしまっている次第だ。

「もう、褒めても履いてこないからねー」

「それは残念だなー」

 早苗と新庄はそう言って互いに大きく笑った。

 相手が早苗じゃなかったら通報ものだぞ。さっきの顔は。まったく、本当にコイツはこれさえなければ本当にいいやつなんだけどな。

 そんなこんなしているうちに俺たちが通う高校の校門が見えてきた。すっかり葉桜になってしまった桜の木を脇に備え、荘厳な立て付けの柵。そして、その校門の周囲にはあいさつ運動のために立っている生徒会の面々がいる。朝から頑張っていて尊敬するよ。

「……悠季よ、いい加減、俺と御蔵嬢の後ろに隠れるのはやめないか。ご丁寧にカバンで顔を隠してもどうせ見つかるんだし」

「な、何を言ってるんだ。俺は隠れてなんか無いぞ。カバンで顔を隠してもいない。これは、あれだ。花粉対策だ」

 俺の返答に新庄は呆れたような哀れみを含んだ目で俺を見下ろす。花粉対策だって言ってるのになんでそんな目で見られないといけないんだ。

「仕方ないよ。悠季は絶対に頭が上がらないもん。昔っからさ。小学生の時だって――」

「ま、待て早苗! お前何の話をしようとしてる!?」

「えー? それはねー」

「あらあら。うふふ。朝から元気ね、二人とも」

 その声を聞いた瞬間、俺の体が固まった。全身から冷や汗が滝のように吹き出す。ああ、拒絶反応ってこういうことを言うんだろうな。

「おはようございます、鳴海先輩。今日もエロいカラダしてますね!」

「せつねぇ、おっはよー!」

「おはようございます。朝からいい挨拶で気持ちいいわね。それで」

 二人に向ける声よりも少しばかり低くなった声が俺に向けられる。

 高校生とは思えない艶やかな声とモデル顔負けのスタイル。同年代とは一線を画した美貌を備えた先輩。文武両道、才色兼備を地で行く俺の幼馴染の一人。毛先に行くにつれ緩やかなウェーブがかかった黒髪のロングヘアーだからか、大和撫子との呼び声も高い。まさにそう、完璧超人なのだ。この鳴海刹那という先輩は。だが、それも表向きの話に過ぎない。

「ユッキーは挨拶をしてくれないのかしら? 他の娘には挨拶をするのに? ふふ、もしそうだとしたらお仕置きが必要よね。ねぇ、ユッキー……?」

「い、いや、そんな事は無いですよ、なる――せつねぇ」

 鳴海先輩と呼びかけた瞬間、せつねぇの目に剣呑な光が宿った。あんな目で見られたらライオンも逃げ出すんじゃないだろうかといつも思う。

「お、おは、おはよう、せつねぇ……」

 俺が挨拶するとせつねぇの目からは剣呑な光が消え、妖艶な笑みから普段の優しい笑顔に戻った。

「よろしい。挨拶はちゃんとするのよ、神楽坂くん」

「は、はひ……い、行くぞ、早苗、新庄!」

 二人に声をかけ、せつねぇから逃げるようにその場を走り去った。

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