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天空の地  作者: 香川景全
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第5章 婚儀

 

第5章 婚儀



 下駄の様な四角い顔の真ん中に大きな鼻腔が垂れ下がり、眉間の縦皺を中心にして左右に広がった細い目、大きな口には幅の広い唇。酒樽の様な体躯を短い足が支えている。しかも勘助は歩くと少しびっこを引いている。

 村上冶部はいつ見てもよくここまで不揃いの男が出来たものだと感心する。

「勘助、おぬしの顔だと大内様も近づけそうにないから、おぬしにはわしの使い走りをしてもらう事にする。よいな。」

 船が弓削島から伯方島の金ヶ崎を廻ったところで村上冶部が言った。

「ところで大内様へと目通りするには姓がいるが勘助は持っているのか?」

「はい、山地孫左衛門様が、お前は山のすそで拾われたのだから山本を名乗れと言われております。」

「おう、そうか山本勘助か。いっぱしの武将名じゃな。ははは」

 勘助は冶部が高笑いをするのを聞きながら横目で周りの島々を見やり

「冶部様はいつもこのような小船で山口へ行かれるのですか?」

と言葉を選んで聞いた。

「おっ、気が付いたか。今日はおぬしのお披露目じゃよ。」

「なるほど、それで合点がいきました。島のあちこちから目はあるのですが人が出て参りませぬので、どうも異様だなとは考えておりました。いっその事、わたしが船をこいだ方がもっと目立つかも知れませんな。いかがでしょう」

「それはいい。よし、仙吉、勘助と代われ。」

 櫓をこいでいた仙吉は「へぃ」と、すぐ勘助に代わって腰を落とした。

 仙吉に代わった勘助は、五尺と少々の背丈にもかかわらず、力強く櫓を漕ぎ出した。

「ははは、お前が船を漕ぎ出したから皆が妙な目をしてみているわい。よしよし勘助。その左の島をぐるっと廻って帰るとするか。」

「はい、その大きな島ですね。」

「そうじゃ、結構大きな島じゃ、力を入れて漕げよ。」

 鏡面のように凪ぎいた水面を3人を乗せた小船は滑るように走った。

「勘助、右の島は知っておろう、大三島じゃ。竹原の島じゃからよく覚えておけ。その竹の鼻を曲がったところで泊があるので、ちょっとお婆に挨拶をしていくから船を寄せてくれ。」

 磯を廻ったところに数隻の小船が浮かんでいたが人が乗っていない。その船と大島の間をすり抜けるようにしてとまりにある小さな桟橋に勘助は船を漕ぎ寄せた。


 船から見ると島には誰もいない様子だったが、近づくにつれ人が増えるのが見える。

「ほれ、お前が来るのを楽しみにしていた島のものたちじゃよ。ほれ、あの真ん中に腰をかがめているのがこの島のお婆じゃよ。」

「はい見えます。ところであの小船は無人でしたが、下で漁でもしているのでしょうか?」

 勘助は気になった小船の事を聞いてみた。

「おう、そう気にするものではないわい。ありゃぁ見張り船じゃ。」

 冶部はお婆に向かって手を振りながら答えた。

「それにしても無人で見張りとは・・・」

 勘助が納得できないように小声でつぶやいた。

「まぁな、同じところで常におるわけじゃから中には潜って漁をする輩もおるじゃろうが、船の横にへばりついたりして身体を見せないようにしておるのじゃよ。」

 冶部が言ったところで小船は軽い衝撃で桟橋に横着けされた。仙吉が飛び降りてもやい綱で船を縛る。

「お婆。待たせたな。」

 冶部は軽い動作で船から飛び降り、お婆に向かって声をかけた。

「いやいや、待ちはしないじゃよ。それにしても何じゃな、船を漕いでいるのが仙吉じゃないから、違う船かと思うたがや。そうかこれがお前が言うてた勘助かえ。ええ面構えをしとるのう。よっしゃ、みんなついてこう。」

 お婆は一見80歳をゆうに越えているように見えるのだが、身のこなしは歳を感じさせず大きな声で言って、来た道を引き返し始めた。

「おうそうか、お婆の館へ行くのじゃな。よし勘助、ついて来い。」

 勘助は冶部が先に自分の事を話しているのは判ったが何故連れて行かれるのか判らず、返事は返して冶部に従った。

 島の岩陰や樹木で遮られ建物は見えなかったが、歩くにつれその壮大な建物が見えて来た。

「よし入れ。皆のものは後で呼ぶから、今は冶部と勘助、それに浅海だけがついてくるのじゃ。」

 引き入れられたところは大きな神式の祭壇がデンと据えられた板敷きの武術の道場のような部屋だ。

 お婆は祭壇を背にして座り、横に冶部が座った。

「さあ勘助と浅海はそこに座りや。」

 指さされた場所は二人を前にした場所で、言われた二人は並んで座った。勘助はこそっと横に座った浅海と呼ばれた女性を見た。彼女は顔を赤らめてうつむいている。

「おうおう、似合いの二人じゃわい。」

 お婆の言葉で勘助は全てを理解した。

「そうじゃな、勘助、今日はお主の祝言じゃ。」

 理解はしたが、何の前触れも無く急に言われた勘助は慌てて横の浅海を見た。

「こらこら、そう見るものではないわい。浅海が恥ずかしがっとるじゃろ。」

お婆が言った。

「いや、それにしても冶部殿。何故にそう言ってはくれなかったのです。ビックリを通り越しています。浅海殿は納得されておられるのでしょうな。」

勘 助はドギマギしながら言葉を選んで一言一言口にした。

「ははは、許せ勘助。おぬしももう18じゃ、立派な侍としては嫁ももろうてそれらしくならねば御屋形様へも目通りかなわぬであろう。勿論浅海に異存などあろう筈はない。めでたいめでたい。」

 簡単な祝言が終わったところで、島人達がゾロゾロと手に手に食べ物や酒を持ち、道場へと入ってきた。

「皆の衆、ようきた、よう来た。ささ、勘助と浅海はこちらに座りなされ、ささ、皆の衆はそこらへんに座りっしゃい。よいな。こりゃ弥助、その都のすみ酒は両人の物じゃ、ちょっと目を離すとお前は、しょうの無い奴じゃ。これこれこっちへ持ってこんかい。」

 お婆が中心となって全てを差配して披露目の準備が整った。

村上冶部が二人を紹介し、

「これから勘助は、島を出て山口の矢原に住まわせる事とする、皆の衆は顔を良く見て覚えておくのじゃ。これからの取次ぎにはそれぞれの衆が勘助の元へ行って貰わねばなるまいからのう。わかったの」

 一瞬ざわめきが挙がったが村上冶部の言葉で皆がうなずいた。


 それからは飲めや歌えの大宴会だ。

 翌朝早く、勘助は冶部に呼ばれ、今後の事を聞かされ指示を受けた。そして冶部と別行動で乗ってきた船に浅海の身の回り品を載せ、弓削島へと帰った。




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