第2章 追憶
既に三河に居を構えた山本勘助が子供に追憶を聞かせるシーン。
第3章へと繋げる一歩を書きました。
第2章 追憶
「わしが山地のお屋形様に拾われたのは15の頃じゃった。ちょうど山で戦があってな。阿波の三好が負け戦をしての腹いせに、猪狩りを生業にしていた親父を見つけ斬り殺して逃げ失せたんじゃ。それでわしはな、武士になって三好を討って親父殿の敵討ちをしようと決めたんじゃよ。」
眉間を中心にして左右に広がった細い目、鼻は大きな鼻腔が垂れ下がった様に広がり、幅の広い唇の大きな口が下駄の様な四角い顔に点在している。その目を好々爺のように更に細め、勘助は一人息子勘兵衛の頭を優しくなでながら話続けた。
「家を飛び出してからは、お地蔵様に食べ物を恵んで貰ったり、たまには荷馬車引きを手伝って飯を食わせてもらったりでな、そんな時、満濃池で殿様の猪狩りがあると聞いたものでなぁ前の日から待ち受け、お屋形様に侍にしてもらったのじゃ。」
勘助は息子をちょっと押しのけ、空になった瓢箪徳利を持ち、土間に置いてある酒甕へ酒を満たしに行った。短い足が酒樽の様な体躯を支えている。しかも歩くと少しびっこだった。よく見ると片方の目は全く上下左右を示さない。義眼だ。背丈は五尺と少々。
「よっこらしょ。どらどらどこまで話したかのう。」
勘兵衛を足の上に抱き上げ、瓢箪徳利の口からこぼれそうな酒を手で受けすすりながら、割れ茶碗に酒を注いだ。
「わしは小さいときから親父殿に連れられて山を歩き、走り、里の子らに比べて走る事には誰にも負けんじゃった。山地のお屋形様に連れられて塩飽のお城へ行ってからは、字と剣術も教わってな、書き物も読める様になったし書ける様にもなった。わしは剣術もつよいぞ。ところでお主はいくつになった」
「も、もう十じゃ。」
「おうそうかそうか、もう十になったか。かか様から字も習ってお主は利発な子じゃ、そろそろわしの使いができるかのう。」
「親父殿、もうわしは十じゃ。もう大人じゃわい。何でもできるぞい。」
ひざの上の勘兵衛が小さな首を大きく回して勘助のいかつい顔をにらんで言った。
「ははは、そうかそうか、それなら近々讃州のお屋形様へと使いを頼もうかいのう。」
「えっ親父殿、仕事をさせてくれるのかえ。」
ひざから勘兵衛が飛び降り、勘助の前に手をついて言った。
「そうじゃとも、お主はもう十じゃものなぁ。」
「いつじゃ、いつじゃ。いつ行かせてくれるのじゃ。」
勘兵衛がひざに乗せた小さな手に、勘助は手を乗せて、
「まあそうあわてるな。かか様とも話してからじゃ。そうかそうか行ってくれるか。ならのう、もう少し昔の事を聞かせようかの。讃岐の事も知っておかねばのう。そうじゃ、かか様にゆうてなんぞ肴をもろうて来てくれんかのう。そうじゃな味噌の煮込みなんぞがあればええがな。」
勘兵衛のお尻を押して送り出し、勘助は割れ茶碗の酒を一口すすり目を閉じて昔を偲んだ。
第3章は追憶の延長を現実味で書きます。第1章から2年後。
お楽しみに。