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後編

 また翌日、少年は朝早くから教会の前に居た。旅の男がきっとその場所を通りかかると信じて待っていた。前日の非礼を詫びて、彼の人捜しがどういう意味を持つものか確かめようとしていた。

「私に近づいては駄目だと言われただろう」

「おじさんは殺し屋なの? 殺すために人を探しているの?」

「そうだよ」

 旅の男はあっさりと答えた。

「君は話を聞いているかもしれないが、この町に凶悪犯が逃げてきた可能性がある。私の役目は彼を見つけ出して始末することだ」

「じゃあ正義の味方だね」

「違うよ。正義の味方は君たちの町の警察だ。私はそれらに気付かれないように彼を始末しないといけない」

「どうして。正義の味方と協力しないの」

「凶悪犯の捜査協力要請によって犯人逮捕すると要請元での費用負担と定められた懸賞額の支払義務が…と、君には難しいな。要するに、君たちの町の正義の味方はお金を取るんだ。だからお金を取られないように私が一人で始末をつけないといけない」

 少年は分かったような分からないような顔をした。

「まあいつか分かる日が来るさ。君のお父さんが私に近づくなと言ったのは正しい。人の命を狙う以上は相応の危険があるし、何より人が死ぬ現場を見たくないだろ?」

「あれはお父さんじゃなくて叔父さんだよ。ぼくのお父さんは機械人間が暴走したのに巻き込まれて死んじゃった」

「そうか…」

 旅の男は何も言わずに立ち去った。そして少年の方を見ようとしなかった。



 しばらく経って少年は再び角砂糖を買いに出かけていた。あれからしばらく旅の男とは顔を合わせていない。

 お尋ね者の話があってから自警団は毎日のように町を見回っていたが、特に成果はないらしい。

 街の外れにある乾物屋。彼はいつものように入り、店の様子がいつもと違うことに気が付いた。

 店の中には2人の人影。

 一人は馴染みの店主であるおばさん。もう一人は顔に布を巻いた男。その男は店主に刃物を突きつけている。

「逃げて!」

 おばさんは少年の姿を見てとっさに叫んだ。少年が戸惑っている間に布を巻いた男は少年の方へ駆けだし、顔面を殴打した。少年がぐったりしたところを担ぎ上げ、店の外へと逃げていった。

 乾物屋の店主の通報により、自警団によって厳戒態勢がとられた。

 布の男は少年を人質にして何か要求するつもりらしく、彼を担いだまま安全な場所を求めて人気のない町の隅へと走っていく。「チクショウ、チクショウ!」と男は叫んでいた。


 布を巻いた男と少年は街の外れにある材木置き場に居た。

 少年はロープで縛られている。布を巻いた男はようやく布を脱ぎ捨てた。それはあの旅の男が探していた、目つきの悪い痩せた男だった。つまり噂のお尋ね者だ。

「まったく何でこうなったんだ!」

 痩せた男は独り言のように叫んだ。

「ほんの些細なことだったのに、もう俺の先は真っ暗だ!ほんのわずかな借金のために身ぐるみを剥がされ、犯罪に荷担させられ、今や立派な大犯罪の首謀者に仕立て上げられてしまった!俺は悪くない!くそったれ!」

 男は叫びながら泣いていた。

「母ちゃん、俺悪くないよな。どうしてこうなっちまったんだ。俺が借金の他に何をしたって言うんだ。ううう…」

 暗くなった材木置き場は不気味な雰囲気がしていた。時折、遠くで自警団たちがなにか大声で会話をしているのが聞こえた。痩せた凶悪犯が彼らによって逮捕されるのは時間の問題だった。

 材木置き場の影に誰か人影が見えた。痩せた凶悪犯は「ヒッ」と声を挙げてそちらへ刃物を向けた。

 暗がりの中に見えるその姿は旅の男だった。

「刃物を捨てろ」

 旅の男は丸腰のように見えた。ただその場に立ち、抑揚のない声で凶悪犯へ要求した。

「近づくな。こ、この少年の命はないぞ」

「好きにしろ。私はこの町の自警団ではない。少年がどうなろうと知ったことではない」

「お、お前はバブラーか!」

「いかにもバブラーだ」

 少年は思い出した。とある企業が生み出したバブラーという機械人間。バブラーはしばしば謎の自爆事故を引き起こし、欠陥商品として他の機械人間へと置き換えられていった。しかし不思議なことに、そのような欠陥にも関わらずバブラーは回収されず何十年にもわたって生産し続けられ、今も知らないところで彼らが働いているらしいという話だ。そして少年の父親はバブラーの事故によって命を落としていた。

「その少年を傷つけたところで何になる。君の息子だって同じような年頃だろう。自分の息子に対してそのようなことができるのか」

「どうして知っている」

「探していたから、君のことはよく調べ上げている。一連の犯罪の主犯格にされているが、実は君が何一つ手を下していないこともな。もし裁判が行われれば、君は無罪になってもおかしくないということも分かっている」

「じ、じゃあ俺は…」

 痩せた男が油断したところを狙い、旅の男は落ちていた木片を素早く投げた。男が怯んだ隙に旅の男は駆けて、持っていた刃物をたたき落とした。そして肘で男の肩を打撃した。

 男は声にならない声を挙げてその場に崩れ落ちた。すかさず旅の男はかれの脚を蹴った。男は完全に立ち上がれないようになっていた。

「でも残念だ。君は町の外に逃げるという選択をした。これがどういう意味か分かるか? 逃亡されればいくつもの町に捜査協力をしなくてはならない。協力費も懸賞金もかかるし、町にとっては避けられない損失だ。そうなれば罪の有無に関わらず、こっそり始末して費用を安く上げようとされても仕方がないよな」

 足を蹴られた男は話など聞ける状況ではない。しかし旅の男は続ける。

「逃亡中の被疑者は“偶然”バブラーの自爆事故に巻き込まれて蒸発。証拠は残らないし、万が一その事実が分かったとしても、この町の自警団の手柄にはならない。懸賞金は出ないし、協力費もわずかで済む。……残念だったな。俺が出動した以上、君はもう裁判で釈明する権利さえ無いんだ」

 まだ痩せた男はのたうち回っている。旅の男は少年を縛っていたロープを解いた。

「すまない。君とはもうお別れだ。私はやるべき事をやらねばならない」

「そんなのないよ。僕はおじさんにまだお礼をして……」

「十分だ。私の探し人は見つかったんだ。それで十分だ」

 旅の男は少年にできるだけ遠いところ、少なくとも材木置き場の死角になっている場所まで行くよう告げた。言うとおりにそこへ移動すると、材木の山の向こうで大きな破裂音が聞こえた。

 少年が慌てて戻ってみると、その場所には爆薬の匂いと砂埃しか残っていなかった。旅の男と痩せた男はまるで初めからそこに居なかったかのように蒸発していた。


 少年は近くで摘んだ花を2本、その場所に置いて立ち去った。自警団たちが向こうから走ってきているのが見えた。

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