◆6
「何故、警察に言わなかったの?」
それについて、僕自身説明するのが難しい。
「同情した? それとも……友人として、少しは兄さんの名誉を守りたかった?」
「多分、両方」
妹が兄を殺した理由も僕はわかっていた。
夏波ちゃんが真犯人だと気づいた時点で察しがついたのだ。
「私たちデキてたのよ」
夏波ちゃんはそういう風に言った。
「ずっと長いこと。ほら、私たち二人ぽっちだったでしょ? 本当の父さんも母さんのいないし。
寂しかったかな? それで……気づいたらいつも二人で寝てた。でも、私は嫌じゃなかった。
ちっとも嫌じゃなかった。誰よりも兄さんのことが好きだったから」
ほうっと一息、息を継いでから、
「でも、兄さんはそうじゃなかった。要するに誰でも良かったみたい。側にいる女なら誰でも。
言うことを聞く女なら誰でも。それが、妹でも、友人の妹でも」
夏波ちゃんは目を瞬いた。
「あいつは我山結衣ちゃんと結婚すると決めたの。平気な顔して私に『結衣と結婚することにしたよ』って言ったの。その理由がまた可笑しすぎる。結衣ちゃんが妊娠したから、だって。
それでそのことを信彦さんに責められて……あっさり結婚を承諾したって。
そんな簡単な理由で? あいつはずっと一緒にいて……長いこと好きにした私を捨てて結衣ちゃんと結婚するんだって……!」
数日前から我山信彦と兄の深刻な様子に気づいていた夏波ちゃんは、あの夏の夜、二人の話し合いの場へこっそり後をつけて行き、信彦が去ってから、結婚のことで兄と言い争いになったのだ。
「誤解しないで」
口早に夏波ちゃんは付け足した。
「兄さんを独占したくて殺したわけじゃない。だったら、すぐ後を追って私も死んだわよ。
だから、これは──復讐なの」
「もう、いいよ」
僕は遮った。
そういうことはあんまり聞きたくなかった。
でも、夏波ちゃんはやめなかった。
「つくづく兄貴の本性がわかったと思った。まあ、何となく気づいてはいたんだけど。
あの人、自分以外の人間を心から愛するようなヒトじゃない。違う?」
「僕にはわからないよ」
「酷い男だわ。あんな優しい顔して。兄さんが好きだったのは、結局、野の花と自分自身だけ」
「なあ、僕にはわからないよ」
早くこの種の話を終わらせたかった。
「兄さんを庇ってるの? それとも──男って、皆、そんなもの?」
とうとう僕は何も言えなくなってしまった。
こういうのは最も避けたかった話題だ。
「……あなただって」
夏波は噛んでいた親指から唇を離して、勝ち誇ったように僕を見た。
「あなたが私のこと黙ってたのは、それをネタに私を強請ろうって魂胆でしょ?
私の弱みにつけ込んで……私をいいようにしようと思ってる?」
僕は正直に答えた。
「そうさ」
それから、もう少し言ったかな。
つまり──
僕は一生、黙っててやるよ。口を噤んでる。
ここに一緒に住んで、婿養子になって、どちらかが死ぬまで一番傍にいて君を守ってやることもできる。
僕は実際、この美しい島も、美しい草花も、そして、美しい君にもほとほとマイってるんだから。
その証拠に、豊秋の死体を見た時、僕は咄嗟に埋めて隠そうかと思ったほどだ。君の力になりたくて。
「海に投げ落としてくれれば良かったのに……」
と言うのが彼女の返答だった。
「この辺りの波はきついから、死骸が上がってもきっと身元さえわからなくなったわ……」
汚いもの全てを覆い隠すように、その夜、雪はあとからあとから降って来た。
その暗い空の下、重い屋根の下で、僕は夏波を抱いた。
予め僕は思っていた。
庭に地蔵が置かれているのを見た瞬間、夜半、彼女が忍んで来て、秘密を知っている僕を、兄にやったと同じ凶器を使って殺す可能性もなくはないな、と。
けれど、すぐ思い直した。
同じ手は二度と使えまい。
第一、布団の中では、もはやどう言い繕っても〝事故死〟とは主張できないはずだ。
「ねえ、明日、〈長谷寺〉へ案内してあげようか?」
僕の腕の中で、柔らかい体をぴったりとつけて、悪びれずに夏波が言う。
「あそこ、兄貴もまだ連れてってなかったわよね? とってもステキなお寺よ。宇人さんも絶対気に入るはず。春は梅と桜と牡丹が石段を覆うように咲き乱れて。ああ、今は冬だから、椿が満開よ。天然記念物になってる高野槙の巨木もあるの」
巨木の暗い影のことを僕は考えた。気づかぬふりして夏波は続ける。
「観音堂の近くに祠があって……中には小さな石地蔵がいっぱい安置されてる。願をかける身代わり地蔵よ」
「ふーん、島は、ホント、お地蔵様でいっぱいなんだな!」
それで思い出したが。
〈長谷寺〉とやらの前にどうしても僕は〈梨の木地蔵〉へ行かなけりゃ。
地蔵を返さないといけないから。
前回、島を離れる際、僕は小さなのを一つ──十センチくらいの奴だが──こっそりポケットに滑り込ませて持ち去ったのだが、このことは書いたっけ?
盗んだ人は必ず返しに戻って来る。
災難に見舞われるから。
──で、それがどんな類の災難でも構わないから、とにかく僕は戻って来たかった。
あるいは、こっちか? 願が叶ったのか?
いづれにせよ、その通りになったな!
僕は島に戻って来ることができたのだから。
島内の、メノマンネングサ目映い岩場や、ハマイブキボウフウさざめく岩礁。
はたまた、真っ白なウツギが満開の谷間。
あるいは縄文の頃から自生するというハナショウブの沢で?
僕が頭をブチ割られて倒れているのが発見される日が来るかも知れないけど、
でも、それはそれで構わない、と僕は思った。
そんな、先のことはどうだっていいじゃないか。
そのくらい、一目見た時から、僕は夏波が欲しくてたまらなかったのだ。
僕と豊秋は大学入学以来、最高に仲の良い友人だった。
趣味が同じだったせいだ――
☆参考文献 《 佐渡の花 》春/夏/秋/冬
佐渡の植物観光会・ドンデンの自然を考える会