美晴と俺
昔から俺は尊大な性格をしていた。
俺は幼少の時から自分がいかに綺麗で頭のいい分類の人間かちゃんと理解していた。
だから話の程度の低い同い年の子と話をするより、少し年上のいとこや父や母の会社の人などの話を聞いている方がよかったのだ。
そりゃ難しすぎて解らない話の方が多い。
それでも澄ました顔でその話を聞きまるで理解しているかのような態度をしめす。
大人に早くなりたかったからだ。
大人になれば母さんみたいに外見すらも強みにしてその才をふるって活躍することができる。だから―一秒でも早く大人になりたかった。
そんな俺の気持ちを知ってか、母は自分の友人の娘と良く俺を遊ばせた。
「背伸びをするのも、したいのもわかるけどね。でもねダメよ。同じ目線で生きてくれる人を探さないと。茅花の子…美晴ちゃんは人の事を考えて行動できる素敵な子よ?あの子を観察してみなさい?そして人の事を考えて行動するってコトの大切さを学びなさい。」
俺は母の言うことは素直に聞く子だった。
金髪碧眼の美しい母。俺と一緒の半端者。その母が言いつけた命令だ。俺は言われた通りに母の友人の子供―藤波美晴の観察を開始した。
「ねぇねぇ?リオ君は何が好き?私はねー」
「ねぇねぇ?リオ君はどんなアニメ見るー?私はねー」
「ねぇねぇ、リオ君、リオくーん?」
彼女はうるさいくらいに話をした。
ねぇねぇ?っと問うたびに俺の目をじっとみて、その後ふにゃあっと笑う。
その顔がバカ丸出しで俺は彼女のコトが好きになれなかった。
俺は彼女の問いを全て無視することにした。
観察すればいいんだ。観察対象と仲良くしろなんてそんな命令言われていないからな。
屁理屈全開で俺は理解不能なコトを言う母への当てつけに美晴を無視するコトにしたんだ。
「どしゃーん!がしゃーん!ガジラ怒りの攻撃!!がしゃーーん!」
「街の人の平和を乱す怪獣め!私が相手よ!ばびびびびーーーーん!」
無視すること数回。彼女は諦めて一人で遊ぶコトにしたらしい。
にしても…酷い内容の遊びだと思った。
ガジラのソフビ人形とリナちゃん人形とで戦闘しているっていう設定らしい。
女の子ならおとなしくリナちゃん人形で着せ替えでもしてればいいのに。なんでバトルもののごっご遊び?
母と茅花さんは大抵3~4時間くらいまったり話をして帰って行く。
その間俺と美晴は子供部屋に少量のおやつと共に缶詰になるのだが、その間飽きもせず美晴はずっと怪獣とお人形を戦わせていた。
最初、彼女のそのごっこ遊びになんの興味も湧かなかった。
だが話をよくよく聞いていると、起承転結がきちんとある。
ストーリーがきちんとあるごっこ遊びなのだ。
そのストーリーもまぁ幼い彼女が頭をひねりにひねって考え出したものだからお世辞にも素敵なものとはいえないのだが、でも毎回毎回違うエンディングを向かえるコトに関心していた。
ある時は愛憎のもつれを乗り越えガジラとリナちゃんが結婚したり、ある時は夕日に向かって走っていったり、お互いの技を教え合い宇宙一のファイターを目指したりするのだ。
面白おかしくコミカルにいっぱいの効果音でおりなす彼女の寸劇は俺を飽きさせないように作られたものだとあるとき気がついた。彼女は必死に劇を繰り広げながらチラっと俺の顔を見ているのだ。俺の反応を伺いながら劇はいろんなエンディングを向かえていく。
俺を一生懸命楽しませようとしてくれているのだ。
茅花さんと美晴の訪問もしばらくしたら無くなり、俺はまた静かな平穏を取り戻したかと思っていたが、そう簡単にはいかなかった。
幼稚園への入園である。
俺は幼稚舎から大学までエスカレーターで行ける有名私立学校に入れられた。
周りにはこれでもかと言うくらいにうるさい同級生がうじゃうじゃしていた。
「あの子目の色が違うねー」
「いつも本読んでるね」
「一人でいつもいるね」
聞こえるように話をするくせに、俺がひと睨みするとすぐに蜘蛛の子を散らすように彼等は逃げていく。直接話しかけて来るヤツは滅多にいなかった。たった一人を除けば。
「リーオ君。あっそびましょ!」
そう、藤波美晴だけはここでも負けじと俺に絡んでくるのだった。
母と茅花さんの意向で俺と美晴は同じ学校に入れさせられた。
俺が美晴の寸劇の話を母にしたからだろうか?母の中では俺の唯一の同年代の友達ってのが美晴になっているのだろう。美晴は確かに面白い観察対象ではあるが…友達?友達ってなんだ??
ここでも俺は美晴の誘いをサクッと無視して本を読んだりして時間をつぶしていた。
そして本を読みながら…彼女を観察していた。
彼女はある意味すごいヤツなのかもしれない。
クラスの半数の子供達とすでにある程度仲良くなっているようだった。
ふにゃっとした笑顔をふりまきいろんな子と仲良くなり、そして離れては一人でポツンとしている子のところに行ってまた遊ぶ。
そうやって人と人とを繋げてまわっているようだった。
そしてとうとう気が強くてみんなに嫌煙された片岡紗都子と、無口なのに自我をつき通す麻生修二と仲良くなり三人で遊ぶようになったのだ。
クラスで一番クセのある二人をまとめあげた彼女は、俺を何とかその輪に入れようと何回も声を掛けてきた。
俺は片岡紗都子と麻生修二が美晴とどう接するのかを側で観察すべく三人でやるというごっこ遊びに参加してやることにした。
無理に話に加わらなくてもいいとのコトで、俺は三人が遊んでいるのをただ見ていた。
気が強すぎる紗都子に突っ込みをいれ、無口すぎる修二にちゃちゃをいれたりしながら三人が遊んでいるのを見ていた。
俺が発言するたびに凍る場の空気に、困り顔ながらも、何とか取り繕い遊び続けニッコリと俺に笑いかける美晴のたくましさが俺はとても気に入った。
そして、人を気遣うってこうゆうことかと理解した。
それから俺は美晴の側にいるようになった。
美晴の側にいると自然と面白いコトに出会えるような気がした。
美晴自身が面白いから一緒にいると自然と楽しい気持ちになるのかもしれない。
美晴が俺を気遣ってくれるから――俺は俺自身でいられた。
俺は美晴に甘えていたんだ。
彼女の優しさを独占したくて俺は彼女の側から離れようとはしなかった。
どこに行くにもついて行き、彼女に一緒に居ることを了承させた。
彼女に隣に来てと言われるたびに、俺は彼女の優しさを独占できるとほくそ笑んでいた。
純粋な彼女は気がつかない。
俺が側にいることで彼女の視野が狭まっていることを。
俺の世話をやき続けほかの友人ができないように俺が仕向けていることを。
修二や紗都子にそれとなく会わせないようにしていることを。
彼女は何も…何も知らない。
幼稚舎を卒業し初等部へ上がっても俺の美晴独占は続いた。
「美晴、ねぇ図書室で本読もう?」
「美晴、給食食べよう?」
「美晴、話聞いてる?」
俺に振り回されながらも、美晴はフニャっとした笑顔で俺についてきてくれた。
そう初等部5年までは。
あの日の俺は張り出された掲示板でクラスが彼女と初めて別々になったと知った。
7年も同じクラスで過ごしてきた。これからも…それは続くと思っていたのに。
俺はクラスに行き鞄を下ろすと足早に美晴のクラスへと急いだ。
美晴も俺と離れて悲しんでると思ったからだ。だけど――
駆けつけた場所で見た光景は俺が想像していたモノと違っていた。
美晴はクラスの女子と楽しげに話をしていたのだ。
俺は…見ていられなくて自分のクラスへ引き返した。
その日から俺は美晴に会いに行かなくなった。