連れて行かれた場所で
その日はなんだかとても気分がよくて、今日が何だか特別な日になるような気がしていた。だから俺を向かえにきた運転手が、ニッコリと微笑みながら父さんと母さんが俺を呼んでいると聞いたときも急な予定変更に腹を立てたりしなかった。「あぁ…やっとその日が来たんだな」そう呟いて俺は顔が緩むのをなんとかこらえていた。
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学校が終わり、さてスーパーに寄ってから家に帰ろうかとしたときに私はいきなり呼び止められた。
「藤波美晴さんですね?」
そこにいたのは黒いスーツに身を包んだ女性だった。
名を呼ばれたことに驚いて身を固くしていると、その人はフワっと笑いながら
「あなたのお父様とお母様からお手紙を預かっております。」
そう言うと一通の手紙を渡してきた。
怪しみながら手紙をあけると、そこには見馴れた母の少しまるっこい字で
“今日はあなたにとって特別な日です♪綺麗に着飾って指定された場所まで来るコト”
そう書かれてあった。
なにやらその手紙からは不吉な予感しかしない。これから良くないコトが私に降りかかろうとしてるのは手紙から溢れてくる碌でもないオーラで十分伝わっていた。だが…残念なことに私にはソレを回避する力など備わっているはずもなく…。
「目的地には私がお連れいたします。どうぞこちらの車にお乗りくださいませ。」
スーツの女性はそう言うと学校の校門から少し離れたところに止めてあった車を招き寄せると静かに私の目の前で停止させ慣れた手つきでドアを開けた。
私は促されるままに車に乗り込むと席の横に置いてあった大きい箱を手にとっておもむろに開けた。中にはベビーピンクの可愛らしいサテンのドレスが入っており、この服を着て着飾れと母が言っているのだと直ぐに理解した。
「私は…一体どこに連れていかれるのですか?」
不安に駆られ問う私に、助手席に座っていたスーツの女性がニコリと笑うと
「大丈夫、とって食べるようなコトはいたしませんよ」とそう言った。
フィッテイングルームで着替えをし、身なりを整えて指定された場所に向かう。怯えながら連れて来られた場所は両親が…といっても主に母なのだが、機嫌と気分が最高級に良い時に良く連れてきてもらう有名ホテルのフレンチレストランだった。
優しくエスコートされ店の奥のVIPルームに向かう。
何故だろう…嫌な予感がぬぐえない。ここの料理はとっても美味しくていつもここに連れてきてもらえた時は有頂天になるって言うのに…扉の前で立ち尽くしながら私はゴクリと喉をならした。
こんなに嫌な予感がするのも久しぶりだ。いつも鈍感でトロイ私の第六感は開店休業で万年五月病なのに。
「さぁ、美晴様。このお部屋です」
しびれを切らした案内役がさっさと開けるようにと催促してきた。
扉を前にして私は再度ゴクリと喉をならした。
今更帰れない。そう…私はちゃんとわかっている。この扉を開けて私は中に踏み入らなければならない。
「わかっているんです…。わかってる。」
自分自身を奮い立たせドアをゆっくりと開けながら、私は絶対に泣くものかと心に誓った。
中に入ると見知った顔が私を迎えいれた。
「あらあら、まあまあ!綺麗になったわねー美晴ちゃん!」
最初に私に近寄ってきたのは――結城のおばさまコト結城セアラさんだ。
金髪碧眼がきらめく長身の美女。子供を二人も産んで育てている女性だとは説明されない限り想像がつかない。
「到着するのを待ってたのよ?貴女が一番最後。ささっ席に座ってちょうだい」
おばさまに促され指定された席に着く。長テーブルに向かい合う形で私の両親とおばさまの家族が座っていた。母の前にはおばさまが。父の前には結城のおじさまが。
そして―私の前には結城家のご長男…結城リオ…その人が座っていた。