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黄泉戻師(よみし)  作者: 星歩人
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第八話 このみの告白

 マユに異変が起きてから一週間経つが、これといった異変は何もなっかった。

 俺は、何度か黄泉に呼び出されては、淀みとかやらの発生経路を追う手伝いおをさせられた。夜中の隠密行動とあって、まるで忍者のような黒装束を身にまとい、VOB (ヴォブ)を作動させては、淀みの残りカスを採取してまわった。実に地味な仕事だ。

 黄泉の芳しい香りと、艶かしいうなじ鑑賞が無きゃ、途中で居眠りこいてもおかしくないほど退屈な仕事だ。


 そして、またも俺は何かをやらかしたらしい。マユの異変の日に校内の防犯装置を誤作動、いや、あれは正しい作動だったんだが、兎に角あの大捕物の一件は済んだ筈なのに、今また俺は、しかめっ面こそはしてるもののそこはかとなく清楚さも漂う眼鏡のオバさまを目前に、しおらしく応接椅子に座っている。

 

 なぜ、今またこんのようなことになっているのかと言えば、午後の授業も終わって、部活もフケようかと裏門をよじ登っている時だった。もの静ながらも、耳の奥にしっかり届いた声があった。

「木村健児くん、ちょといいかな?」

 爺ちゃんとは地元の同級生で、この守手高校剣道部の初代部長でもある、音嶺静おとね しずか教頭に呼び止められたのだ。

 剣士としても尊敬する音嶺教頭には、さしもの俺も、背中を向けたまま走り去れなかった。振り向けば、こっちへ来るよう手招きしている。俺は、軽く頭を下げて門を降りると、歩き出す教頭の後をついて行くしかなかった。


 案内された先は、休館の旧職員室だった。今は多目的ホールのような扱いの部屋で、一般にも貸し出しをしている部屋だ。

 きいきいときしみ音のする滑りの悪い戸を開けると、だだ広い部屋の真ん中にちょっとした応接台と応接椅子があり、そこにはスーツを着た爺ちゃんと、メガネをかけたいかにもPTAのおばさんっぽい人が座って居た。

 そして、俺は、応接椅子に座る前に、教頭から言い渡された。今年いっぱいの町内清掃ボランティア活動への自主的参加をだ。まあ、こういう場合の自主的参加というのは、強制参加なんだがな。


「いやー、すまん、すまん」と、清掃ボランティア活動への自主的参加を言い渡された日の夕飯時に、黄泉はまるで人事のように、笑ってごまかした。まあ実際、黄泉にとってみれば、人事なのだが、その屈託のない清々しい笑顔に、ポットとなる自分が情けなくてしょうがない。


 何故に俺が、町内の清掃ボランティア活動に自主参加をしなくてはならなくなったのかと言えば、『女子中学生への猥褻物陳列わいせつぶつちんれつとが』だった。この咎は、その原因もさることながら、俺の人生において最大にして最悪の汚点となった。ことの顛末はこうだ。


 話は、黄泉と俺に河原でVOBヴォブによる仮想現実世界を見せたときのことまでにさかのぼる。

 黄泉が左手のブレスレットを使って発動させられる仮想現実世界は、実際に周辺にいる人から自分たちの存在を隠すに心理視覚迷彩という技術が使われているらしい。

 これを使うと、自分たちの場所が他者にとっては回避しなくてはならないもの、もしくは注目しない別のものに脳内映像が置き換えられ、自分らの存在が周囲から消されるというものだった。

 使用者は視覚だけでなく聴覚、臭覚もVOBに制御されてしまうが、ブレスレッドを持っているとこれが調整できるらしいのだ。


このようにしているのには秘密保持のためもあり、現地協力者で無い者を、VOBに入れることも考えての措置がとられているのだ。

 心理視覚迷彩は、時折、幽体離脱モードをかける必要が発生したときに、動かなくなった生身の体を外敵や事故から保護するためのものである。VOBの使用者がその体を心理視覚迷彩によって、他者から隠す場合は、黄泉が左手首につけているようなブレスレッドをしてなくてはならないが、黄泉は俺に幽体離脱モードをかけて土手に眠らせようとしたとき、甘味屋が近くにあることに気づき、心がうきうきしてしまい、俺の左手にブレスレットを嵌めるのを忘れてしまったらしいのだ。

 黄泉、本当にお前は黄泉戻師よみしとかいう国家機関のエージェントなのかよ。


 それで先日、マユを見て俺が放心状態になりかけたときに、スカートのポケットにそれが入っているのに気づいたんで、あんなシリアスな口調になっていたというのだ。

 マユが面細になる時期が予測より早かったと黄泉は言ったが、それは誤差の範囲で、ちっとも脅威ではなかったのだ。そんなことよりも現地協力者に、きちんと説明しないままに問題を起こしてしまったので、始末書が頭に浮かびビビッていたということなのだ。

 まったく、心配するのはそっちなのかよと言いたいぜ。


 で、だ。ここからが、俺の可愛そうな人生の汚点となるわけだが、俺が立ちションをしたとき、俺の目の前には部活から下校中の久遠女子中学のラクロス部の集団がいたのだ。

 その中には、向かいの勅使河原てしがわらこのみもいたらしい。だから、最近、俺を避ける為に、何かと口実をつけて、朝のジョギングにも顔を出さなかったのだ。俺のナニを目の当たりにしたが為にだ。


 黄泉の話では、このみは俺の姿を見つけて、声をかけようと近寄ったが、富士山大爆発寸前で、視覚も聴覚も支配された俺は、彼女の存在に気づけず、彼女の目の前でむんずとナニを取り出し、放尿したのだ。

 しかも顔はこの上ないあほ顔丸出し。俺の立ちションする姿は、このみの背中で運よくラクロス部の女子中学生に見えなかった。だが、眼前でマジマジトと見せられてしまったこのみは呆然とその場に立ち尽くしていたらしい。

 まあ、あっちの父さんも風呂からあがって、真っ裸で歩く人だから、このみもナニは見慣れてはいるだろうが、やっぱり、隣のお兄さんのそれを見た日にゃあなあ。トラウマにならなきゃいいが。


 そして、そして、このみの真横には、あのPTA会長の娘もいたのだ。彼女の名は、黒木早苗。このみの親友で、ガキの頃からよく知ってる奴だ。だったら、俺の不祥のムスコも何度はなしに目にしてる筈なんだよ。だから、親に言ったとしても、笑い話のつもりだったんだろう。だが、あのおっかさんは再婚で義母だっんで、昔の俺のことなんざ知らなかったのだ。だが、当の早苗は、このみの呆然とする姿がおかしくって、笑い転げてたらしく、猥褻物うんぬんなど気にもしていなかったということだ。

 だが、話しを聞いてしまった以上、PTA会長として不問とするわけにもいかず、けじめはつけるために、こんな形で呼び出したというわけだ。

 いやー、でもあのオバさん、気丈だったわ。ヒステリックにわめき散らすかと思ったけど、以外と冷静だったな。それなりに世間体を気にする人で良かったよ。


 この不祥事の始末は、町の名士でもある爺ちゃんの顔に免じて、町の清掃ボランティアに可能な限り参加することで済んだが。下手すりゃ、停学、はたまたは退学もありえたというから怖い話だよ。

 黄泉のやつ、ブレスレッドの一件で、すぐさま河原へ行き、結界を発生させて、昨夕の一部始終を見直し、青くなったらしいが、爺ちゃんと結託して、町の清掃ボランティアに参加させることで帳消しにしようと画策したらしいのだな。

 そして、この清掃ボランティアが町の至るところが対象ってことなんで、それを黄泉戻師の仕事と関わらせたと言うから、まったくちゃっかりしてやがるよ、黄泉ちゃんはよ。


 家に帰りつくと、俺は家の前でもじもじしている勅使河原てしがわらこのみを見つけた。その表情はとても神妙だった。俺は事が事だっただけに、どう言っていいかわからず、彼女に近寄れなかった。

 だが、俺に気付いたこのみは思い詰めた顔のまま、目に涙を浮かべて、俺に近寄って来た。そして、手前一メートルくらいで立ち止まった。

「健児兄ちゃん。あたし、このあいだ堤の事なんか気にしてないよ。

 男のヒトって我慢出来ないことってあるもんね。それに、健児兄ちゃん、部活とかで忙しかったんだよね。都大会も近いしさ。

 早苗ちゃんなんか笑っちゃって、呆然となってたあたしが、おかしくてしょうがなかったって言うのよ!まったく、ヒドいと思わない!

 あたしにとって、健児兄ちゃんは、今でもヒーローだもん。台風の時、川で溺れた時も、野良犬にかこまれた時も、不良学生にからまれた時も、いつでも健児兄ちゃんはあたしを助けてくれた。

 お父さんも、お母さんも、姉ちゃんや弟もお兄ちゃんのこと怒ってないよ。今まで通り、わたしたち家族はお兄ちゃんたちとおつきあいするつもりだよ。

 それに、それに、お父さん言ってたもん。お父さん言ってた。お父さん、言ってたもん。お父さん・・・・・言ってた。あたしも、そうだと思うもの」

 このみは何かを言えず、急に口ごもってしまった。俺は、このみの優しさにこたえようと、彼女の両肩に手をおき、「ありがとう」と小さく言った。


 すると、このみはようやく顔を上げて、赤く腫らした目でしっかりと俺を見つめ、ようやくこもっていた口を開き、大声で叫んだ。

「健児兄ちゃん! 男の価値は、決して、決して、大きさじゃないから、心配しないで!」

 このみはそう言うと、猛ダッシュで家に帰って行った。俺の中で、何かが音を立てて崩れたように感じた。

 男のプライド? 世間体? このみに悪気は無いことは百も承知なのだが、この周囲の状況でそれはないだろうという気持ちだった。

 このみちゃん、そんなこと言われると、俺、すげーナニの小さいヒトって思われちゃうんだけど。ここ商店街の外れでも、うち食堂だし、ヒトも多いから、そんなこと言わないでくれるかな。

 あ、もう、遅いや。町のヒト、みんな聞いてる。何気に冷たい視線も感じられる。


 その辺を歩いていた中学生の男子の集団が、俺の横を通り抜け様に小さな声でつぶやいた。

「短小」

 俺はその場に両膝ごと崩れ落ちた。無意識のうちに止めども泣く涙がこぼれ落ちた。

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