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黄泉戻師(よみし)  作者: 星歩人
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第六話 幼馴染

 その日のマユの姿は、全校生徒、いや教員たちまでをも釘けにしていた。素材がもともとよいとはいえ、全体的にきゅっと引きしまったマユはまるでスーパーモデルのような気品と、美しさと、色香が漂っていたからだった。


 もちろん、本人には自覚がないようだったが、周囲はこれまで以上にマユを意識するようになった。

 確かに、美人に周囲の目が集まるのは別段不思議ではないが、この注目の仕方は何かおかしかった。まるで演出の大げさなコメディ映画でも見ているような驚きだったのだ。みなの視線がマユにへばりついている。そんな感じだった。


 だが、この異種異様な雰囲気も昼ごろには落ち着き、いつもの日常に戻っていた。昼休みになり、俺はとりあえずA4サイズの二段弁当をかっ食らい、黄泉こと神平さんを探しに出た。本当に彼女がうちの学生なのかを確かめたかったし、特別クラスという聖域に足を踏み入れてみたかったからだ。


 彼女がいる特別進学クラスは、普通の学生がいる校舎とは別になっている。いちおうながら我が校、守手もりて高校は都立の学校なのだが、俺が現役で受かれるレベルにも関わらず、東大や海外の有名大学に現役合格出来るような学生も同居してるのだから不思議である。


 守手高校は、もともと進学校としては並みだったのだが、身勝手な親の勧め、特に自然環境の豊かな場所で子供を伸び伸びと学ばせたいや、世間一般の学生とも協調できる人格を養わせるとか、ちょっと失礼な構想から出来上がったモデル高校だったりするのだ。こういうことは、私立の高校ならよくある話だ。一般学生は並みの学力で、数名の優秀な学生だけで特別進学クラスを編成したり、芸術に秀でた学生の特別学科があったりなんてことは珍しいことじゃ無い。

 こういうのも、この久遠舞町が埼玉県の中に東京で二十四番目の区で、飛び地として存在してる由縁なのかもしれない。


 俺は渡り廊下を渡って特別クラスのある職員楝の二階にたどり着いた。そう、特別進学クラスの二年は一階の職員室の真上にあるのだ。一階は理解実験室や音楽室、視聴覚室、調理実習室といった専門教室などがある。

 図書室は、一年と二年がいる二階だがこれがまたでかいのなんの。都立図書館なみにでかくて、各種専門書がそろっている。おまけに冷暖房完備だから、居心地もいい。特別クラスの教室の廊下側は前後の出入り口に小さなガラス窓があるだけで、中の様子はそこからしかうかがえない。運動場側の窓はミラーガラスなので、中からは見えても外からは見えないのだ。

 聞くところによるとセレブの子供もいるからの設備らしい。俺たち一般生徒も、職員楝には認証ID付き生徒手帳を携帯してないと中に入れず、かつ、建物に入る場合は入り口で、用件をドア付近の端末に入力しなきゃいけないのだから面倒くさい。おまけに、居場所も常に監視されてるらしいから、悪いことをしてなくても居心地は決して良くは無いのだ。


 さてと、神平さんのいる二年一組を探すとしよう。彼女のいる方角がなんとなく俺にはわかった。いい女の匂いは、意外と体で覚えるたちなんだ。というか、なんとなく、あの甘いリキュールのような香しい香りがするのだ。あそこだと思い、組の札を見れば、ビンゴ!二年一組だった。

 深呼吸をし、屈伸運動を軽くやって、いざ、ノックをし、失礼しますとドアを開けようとしたその時だった。耳障りな声が、鼓膜を振動させた。


「おお、木村。おまえ、こんなところで何してるんだ」


 英語の中西だった。今日の補習は散々だったから、またかよという気持ちだ。

「何って、人に会いに来ただけですよ」

「人にって、おまえ、ここをどこだか知ってんのか? 特別進学クラスだぞ。留年組みの連中と底辺の座を争いあっているおまえに用がある奴なんかいるのか?」

「お言葉ですが、前回の学年模試で、俺は、三百五十人中、二百五番でしたよ。いつまでも最下位でくすぶっていたりしてないんですけどね」

「なら宿題忘れるなよ。どうせ、早瀬の世話にでもなったんだろう。そういえばあいつ、百五十番くらいだったな。ふたつも部活かけもちして、大したものだ。

 おまえの面倒なんかみなきゃ、百番内も可能じゃないのか。あいつと幼馴染という立場にに甘えて、いつまでも世話かけてんじゃないぞ」

 俺は怒りをぐっとこられることにした。いかん、いかん、嫌なやつでもあいつは一応、教師だからな。それに、教師と口論などしたら、部活にも影響するし、生活指導もはいりかねん。「はい、わかりました」と、心の中ではあかんべーをしながらも、素直に謝った。

「それで、おまえ。誰に会いに来たんだ」

「か、神平さんですよ」

「神平て、あの、前回の全国模試と校内模試で満点を取ったあの神平か? おまえ、どういう関係なんだ。

 まさか、おまえ、・・・・ストーカーか?」

「違いますよ。うちの同居人です」

「同居人・・・。ああ、そうだったな。転入のときおまえのお爺さんが来て、そんなこと言ってたなあ。

 それじゃあ、手もつないでねーな。彼女は剣道や合気道など、武道の有段者だから、おまえもうかつには手が出せんな。これは失敬、失敬。わははは」

 嫌味をさんざん言って、最後は小ばかにして、中西は階下の職員室へと消えだ。相変わらず、嫌なやつだ。

 それじゃ、気持ちを改めて、いざ、参らん!

「か、かみひらさーん」

 俺はうきうきと、教室のドアを開けた!

 だが、目の前が真っ暗になり、顔面には平らで硬いものが直撃していた。じわじわと痛みが回ってきた。

 いてててて、つーーー、あーーーいて。顔を直撃したものを両手で受け止め、顔を徐々に後退させると、直撃したものの正体が判明した。勉学生の友、広辞苑さまだった。それを外すと、赤フチのきつい顔の板胸のメガネ女がいた。

「誰が、板胸のメガネ女だ!」

 メガネ女は、読心術でも備えているのか、叫ぶと同時に広辞苑の反対側を手で押し込むと、今度は掴みかえて、右頬にから下へ落とし込むように手首のスナップまできかせて俺を倒しこんでしまった。

 廊下に倒れる瞬間、わずかだが、スカートの間からチラリと幸せ色の白い布地が見えた。

 だが、床に倒れ込んだニヤケ顔を歪ますほどの衝撃が顔側面に届いた。ほんの一瞬、再び桃源郷が見えたのもつかの間、顔だけでなく体ごと遥か後方に蹴り飛ばされた。いや、スライディングキックを見舞われたという方が正確だろう。

 しかも、その蹴りはメガネ女のものではなかった。いつもの何かだと、俺の体が言っている。それにしても、いったい何が起きたのだ。

「健児、あほかおまえは!」

 声がする方向を見上げれば、見慣れない女がそこに立っていた。学年証はよく確認できないが、上履きのつま先のゴムの色が赤なので、三年生だとわかった。

 俺を親しげにあほ呼ばわりするその女は、ショートヘアーで、つり目で、口元はへの字だった。体型はアスリート、しまりがよくって何やら格闘技系の感じはした。クソー、角度が悪い、パンツは拝めそうにないぞ!

「こらこら、スカートはいた女性を下から見上げるな。まず、体を起こして、立ち上がれよな。まったく」

 そう言いいながら、俺をあほ呼ばわりする女は、俺の右手を掴むと身長185センチの俺をいとも簡単にぐいと引き起こした。ようやく俺もそれが誰だがわかった。

「なんだ、豪田か?」

「なんだ、豪田か? ・・・・・、じゃねーだろ、コラ」

 言うと同時に鉄拳が飛んで来る。だが、それは寸前で受け止めた。だが、その拳はそこで止まらない。力任せに頬に近づけ何がなんでも殴ろうとしやがる。 それでも俺はその拳を横にそらし、頬の横に抜いてから足を絡めて体勢を崩してやった。

「貴様、素直じゃないな」

「じゃかしー、おまえに殴られたらただじゃすまんだろうーが。たく、男前が台無しじゃないか」

 俺は胸ポケットから折りたたみの櫛を取り出し、髪にあてた。

「ばーか、GIカットに櫛、通してどうするよ」

 べしっと、平手が頭に来る。目の前にいる女は、身長175センチメートル、女にしてはかなり大きい、元空手部主将にして、全国高校女子空手界最強の男、豪田ひろみだ。

 昨年末、大学受験を理由に早々に空手部部長の座を後輩に明け渡し、猛勉強している噂は聞いてはいたが、なぜ、彼女がこんなところにいるんだ。見れば、手にはバインダーで縛った本を数冊持っていた。

「あ、これから昼寝か?」

「あほ、おまえと違うわ、図書館で勉強だ!」

「じゃ、なんで俺にスライディングキックくらわすんだよ」

「いや、おまえを見ると、つい、体が勝手にな」

 くそー、屈託の無い無垢な顔で笑いやがって。おまけに、どいつもこいつも俺をサンドバック代わりにしやがる。

 「こら、そこの二人。喧嘩するなら外で、組み手でも何でもやってちょうだい」

 メガネ女が学級委員長気取りな口調で、おっと、失敬。彼女は、我が守手高校の生徒会長、にして、幼稚園からの幼馴染でもある岩崎霧子であった。

「霧子おまえなあ。いきなり、広辞苑、顔にぶつけやがって、せ、生徒会長が暴力働いていいのか」

「あのね、君。二年一組は男子禁制なのよ。それもノックも無しに、大声上げて入ってこないでよね」

 二年一組は男子禁制? いつからそうなった。確かに一組だけは男子の比率は少ないが、四分の一は男子の筈だが。

「岩崎さん、それはちょっと言いすぎじゃないかしら。そちらの殿方より情けないけど、一応、我がクラスにも殿方はいらしてよ。それと、その方は認証IDが通っているし、こちらのクラスに来ることも室内の電光掲示板に出てるから、あなたもご存知のはずよ。

 それに、その殿方は、少々お馬鹿かもしれないけど、あの名門、木村家の方よ。幼馴染だからって、親しき仲にも礼儀あり、でしょ」

 なんだ、腕組をしたこのエロいい色香漂う上品そうな女は。名札は、長い髪に隠れて見えねーな。む、胸もつんとして、いい感じではないか。ぜひ、水泳の授業はご一緒したいくらいだ。俺は、口からよだれが垂れそうになるのをぐっと我慢した。


「白鳥さん、あなたは黙ってて」

 何故にか霧子は、いつものことでもあるが気が立っている。

「まあ、いいけど。ここで騒ぎを起こすと、あとあと面倒になるわよ。そこのスケ番さんも手を引っ込めてくださらないかしら」

 喧嘩早い豪田の顔は一瞬で赤らんだが、場をわきまえることを覚えたのか、すぐに血の気を押さえ込み、構えをといた。こいつ、いつのまにか覚っている。

「あなたのこと知ってるわ。わたしの祖父があなたのおじい様とお知り合いなの。あなたのお家にも何度か行ったことあるけど、覚えていらっしゃらないかしら。

 あなた、道場にいらっしゃることが多いから、覚えていないと思うけど、これからは覚えてくださると嬉しいわ」

 そういって、白鳥というエロいい女は教室に戻った。後ろには従者的な、女性徒が数名ついていた。本当にこの世にはいるんだなあ、お嬢様というものが。

「なんてだらしない顔してるのよ。まったく」

 霧子は肘鉄をくらわす。

「いや、そうじゃなくてさ、神平さんだよ。俺が彼女に会いに来ることそっちに知らせてあるじゃねーか。まったくよう」

「神平さんなら、今日は、お休みよ。実家の用事があるとかで、お昼前に帰ったわ」

 なんだとー、帰っただとー。いや、待て、やばいことでも見つかったのか。それより、ここに居ていいのか。そうだ、マユは、マユは大丈夫なのか?

 俺は、霧子の静止を振り切って、教室へ帰らねばと駆け出した。


 だが、この棟は出る際も、入出時と同様の手続きを踏まねばならない決まりなのだが、俺は慌てて、それが面倒で二階の窓から斜めに飛んで渡り廊下の端のコンクリート塀につかまり、教室に戻ろうとしたのだ。

 すぐさま、警報が校内に鳴り響いたが、火災かなにかだと勘違いした。一般教室のドアは閉められていたので、俺は建物にいる生徒にあけてもらおうとドアをどんどん叩いた。すると、しばらくして、ドアの向こう側が騒がしくなり、開いたと同時にヘルメットを着用し、警防を持った屈強な男たちに取り押さえられた。


 そう、俺の軽率な行動で、防犯機能が作動して警備部隊がなだれ込み、俺は不審者と誤認されたのだ。

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