表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄泉戻師(よみし)  作者: 星歩人
4/57

第三話 使命

「うまー! あんこが程よく甘くてサイコー! 仕事の後の風呂や酒もいいけど。甘いものもたまりません!」


 黄泉は、屈託の無い顔で、焼きたてのたい焼きをがっつっりとほおばりながら、特濃牛乳と交互に口に運び、あっという間に平らげてしまった。

「おい、黄泉。酒って、おまえ未成年じゃないのかよ! しかも国家公務員のくせによ」

「キミ、ミキ! 何を辛気くさいこと言ってんだい。いまどき、中坊でも親に隠れてビールくらい飲んでるぞ。

 それにだ。妖気を放つやつらの中にはな、腹の内容物を発酵させて、アルコールを生成して、それを高濃度にして吐くやつだっているんだぞ。酒に強くもなきゃ、この仕事は勤まらん。

 わたしの敵は霊体もいれば、霊体に憑依されて変異させられた生物もいるんだぞ。そればかりか、毒にだって強くなるような訓練してるんだぞ。親の乳をしゃぶった、その辺のションベン臭い餓鬼どもと一緒にすんなって」

 それを言うなら、親のスネをかじっただろうと、言いたげな俺の口をあいつは、右手をあてて止めた。そして、右肩に手を回して、俺を抱き寄せて来た。リキュールのような甘い香りがたまらない。かすかに触れる胸の感触もグッドだった。黄泉は意図的にわざと触れさせていて、何か裏がありそうなんだが、今は、この瞬間ときの幸せ優先だ。下僕万歳!


「ほれ、身分証明書」


 黄泉は黒いコートのポケットから警察手帳のようなバッジ入りの身分証明書を開いて見せてくれた。

 確かに防衛省自然科学災害対策本部特技戦術部隊とかわけのわからないものが書いてあるが、爺ちゃんに見せてもらった警察手帳のような本物らしさがあった。防衛省って自衛隊と同じ組織にいるのか。

 証明書の写真はポニーテールにしてあって、キリッと引き締まっていて、クールビューティって感じだ。服装はどう見ても軍服だ。年齢は指に隠れてよく見えない。左側に1が見えるから十代ではあるようだが。階級は一佐とあった。

 一佐・・・。一佐つーたら、佐官の一番上だよな。結構偉いじゃないか。本名も書いてあるな。佐々山沙希ささやま さき? なんだか聞き覚えがあるような、無いような名前だ。

「佐々山沙希て、黄泉の本名なのか、さっき、比良坂黄泉ひらさか よみって言ってなかったか?」

「ああ、これか。比良坂黄泉とはコードネームだ。仕事をするときはこの名を使ってるんだ」

「けどよ、証明書を人に見られたら正体ばれねーか?」

「大丈夫だ、わたしの指である箇所を押した時にしか、本名は見えない。今、その場所を離すぞ。ほら、本名は比良坂黄泉だろ」

「何で、そんな小細工してんだよ」

「これはな、わたしが任務を果たせずに死んだときの保険なんだよ」

 死んだとき? って、この仕事、危険なの・・・・か・・・・・? 俺は身震いをした。

「わたしは、家系がこういうことやってるんじゃないのさ。スカウトされたのさ、子供の時にね。

 あれは、小学校の時に出た剣道大会でのことだった。わたしの相手をした小学生のシード選手の子がさ、わたしとの試合で両腕が複雑骨折したんだよ。

 当然、怪我を負わせたってことで、わたしは退場させられたのだけど。あとの調べて、わたしの竹刀が対戦相手の体に触れてなかったことが判明してね。間もなくして、黒づくめのいかつい男たちがやってきて、スカウトされたのさ。いわゆる、”秘めたる力の覚醒”ってやつだよ。

 わたしの家は貧乏だったし、大金が出るっていうんで、家族助けたくて自分で志願したんだよ。

 まあ、どこの伝統技能を持っている家も、跡取りになる奴がいなくてな。それで素質のありそうな子をスカウトして一人前の黄泉戻師に育てあげるのさ。五十年前までは、家業を継いでいた者がほとんどだったけど、今じゃ、ハ割以上がスカウトさ。

 でもな、わたしたちのような民間からの出は、任務遂行中に命を落としたときは、秘密保持もあってほとんどが無縁仏にされて、どっかの寺にいれられちゃんだ。でも、そうなったら、一番いたたまれないのは親だろう。子供のおかげで普通の暮らしがおくれてるのに、それをしてくれた子供の弔いすらしてやれないなんてさ。

 それで、機関は、階級が一尉以上になったら知人の葬儀を受けることが出来るように配慮したんだ。ようは、高い勤めを果たせないものは、無縁仏なのさ。

 だが任務遂行中はコードネームのままでなくてはならない、それで、わたしの血がセンサーにふれると本名が表示されるように細工されてるのさ。まあ、もっとも、関係者の誰かがわたしのむくろを拾ってくれればの話なんだがな」

 いきなりの黄泉の重い話に俺はどう反応していいかわからなかった。彼女の意図は俺にはわからなかった。

「さてと、これで自己紹介は終わったな。まあ、そんな暗い顔すんなよ。わたしは、自分から運命を受け入れたんだ。後悔はしてないさ。それにわたしたちには、重要な使命があるんだぞ。まさか、忘れてないよな」

「早瀬真由美を死神の魔の手から守り、この久遠舞町全体を狙う死神たちを消滅させる。だろ」

「だろ、はないだろう。早瀬真由美はキミの大事な人なんだろう。例え、将来結ばれることが無くても、無二の親友なんだろう。彼女を死なせたくないなら、わたしの使いっぱになって、わたしを支援してくれ、健児くん」

 うわあ、また胸をからめてきた。くそう、いいシチュだから無理矢理離したくない俺がいる。

 そうさ、俺だって、マユを絶対死なせたくはないさ。黄泉が見せてくれた悪夢を現実になんかしたくはないさ。でもなあ、”使い魔”じゃやなく”使いっぱ”というのがなあ、響きも悪いが、実際”パシリ”だしなあ。なんか滅入るよ。

「キミはパシリと言われて浮かない顔をしてるようだけど。キミにもきちんとした任務はあるんだぞ」

 黄泉は俺の心の動揺を読んだのか。いや、実際、今、情けない顔してたんだろうな。はい、聞きますよ。何があるんでしょうかね。とりあえず、ゴクリと生唾でも呑んでおきましょう。

「よく考えたまえよ、どうして、パシリ程度に一千万も出るかをな。それには”危険手当”も入っているのだよ」

 またかよ、この妙な説明だよ。アップダウンの激しいしゃべりだな。わざとやってんじゃないだろうな。いや、わざとだ、これは、きっとそうだろう。でも、ちょと待てよ、俺、高校生だぞ。公務員試験も受けてないんだぞ。

「俺には拒否権はないのかよ。俺もうっかり、おまえの話に乗せられて、なんだかやるぞ、ムードにされちゃってるんだけど」

「それには心配に及ばない。ちゃんとキミのご家族の了解もとってある。これはその承諾書。未成年の場合は、家族の承諾書が必要になるんだ」

 黄泉が見せてくれた書類には、確かに家族の署名が書かれていた。筆跡も間違いなく家族のものだった。大事な息子を売りやがって。


「まあ、済んだことは気にするな。キミの命はわたしが守ってやるからさ。それに、わたしのパシリでまだ死んだ奴は一人もいないんだ」

「一人もって、俺以外にもパシリはいたのか?」

「キミ。わたしはね、五年以上もこの仕事やってるんだよ」

 黄泉はまたもつんつんと胸を突き当て嬉しい拷問をしかけてきた。話の腰を折ったつもりはないんだが、こうなってくるとクセになりそうだ。

「キミ、わたしはね、黄泉戻師となるべく数年の見習い期間を経て、既に四年のキャリアがあるんだよ。その間に着いた任務は九つある。今回で十個めだ。

 つまりだ。キミの前に九人のパシリがいたってことさ。でも、この九人に関しては質問は一切無しだ。名前も素性も明かせない。守秘義務だからね」

「で、とどのつまり”危険手当”も出されている俺は、いったい何をするのでしょうか?

 甘味屋のたい焼きを買ってくることも含めて教えてくれないか?」

 俺は、そろそろ核心に触れたくなった。夏になって日は高くなったとはいえ、七時ではそろそろ周囲も暗くなる頃だ。あと、十分もしないうちに空は完全に真っ黒になることだろう。

 場所は、俺の家につながる繁華街に移ったとはいえ、家に帰らないと、爺ちゃんの竹刀の前に部活さぼったとがで、マユの迷いの無い真っ直ぐな突きが飛んで来そうで怖い。マユは俺のお隣さんでもあるのだからなあ。


「そうだな。さっき、キミに見せたVOBヴォブによる仮想現実世界を覚えているだろう。

 あの空間はこの町の居たるところで発生させられるんだが。もちろん、この商店街もな」

 黄泉は左手の袖をまくって左手首にはめた金属のブレスレットを操作した。すると一瞬にして、周囲の人々が消えた。更にもう一度、操作すると夢から覚めた後と同様に周囲にどす黒い薄いモヤが現れた。


「これはなあ、仮に我々が死神や悪霊と例えるものたちの痕跡を追うための立体解析装置なのさ。死神や悪霊たちは、何らかの化学物質やイオンを放出しているんだ。これを使うとそいつらの行動が読めるというわけさ。

 奴らに意志のようなものがあるのかは分からないが、なにがしかのエネルギーを求めて動いているんだ。

 ひとつは人の生命エネルギーだな。我々の組織では、死神や悪霊などと呼ばれるものは、ある種の自然現象だと、とらえているんだ」

 死神や悪霊が自然現象だって、何だそれは、初めて聞くぞ。昔は墓場でリンが燃えてそれを人の魂、人魂だと勘違いしていた話くらいは知っているがな。

 まあ、怨念とは人の心の弱さが生み出したものだってのは理屈ではわかっているけどさ、死神や悪霊が自然現象というのは聞かないなあ。

 「こいつらは、もしかしたら、意志を持った生命体でないとも言い切れないが、少なくとも人類との意志疎通はできない対象ではあるんだ。

 奴らは地上の生命活動に影響を及ぼしているんだが、時折、その波動が乱れて、大量に命が奪われる惨事が起きるのさ。

 キミも知っていると思うが、ウィルスや細菌で大量に人が死んだり、猟奇殺人が起きたり、餓死したりと、ここ数十年を見ても実に多くのことが日本のみならず、世界各地で起きているよな。

 まだ、核心はないが、うちの研究者たちは、地震や津浪の発生もこいつらのエネルギーが影響を与えていると推測しているんだ」

「じゃあ、おまえ達の組織は世界規模で運営されているのか?」

「情報交換程度はしているが、各国ばらばらに独自の方法でやっているの現状だ。

 その土地、その土地で発生方法も違っていてな。実態はまだはっきりと分かっていないんだが、こいつらの特質や性質を見ていくと、作り話の霊の話と似た兆候があることが分かったらしいんだ」

「それって、死者が魂を持って行くというやつか?」

「そうだ。だから、わたしら黄泉戻師がそれを阻止するには、被害者の死の間際か、奴らが定期的に人の生体エネルギーを吸い取る瞬間でないと、そいつら滅せすることができないんだ。

 だから、奴らの残留物の経路を追って、誰を狙っているかを探り、生体エネルギーを取り去ろうとする行為の時に滅するしかないのさ。その追跡を、健児くん、キミにやって欲しいのさ。

 一番、彼らを捕捉しやすいのは被害者が死を迎える時なんだが。これは被害者にとっては最悪の状況なんだ。仮に奴らを消滅できても、被害者は体力も気力もなくなっていて、結局は死んでしまうことが多いんだ。

 だから最もわかりにくい、奴らが定期的に人の生体エネルギーを吸い取る瞬間を狙うしかないのさ。それも末期を迎える前にだ。

 早瀬真由美を救うまでには三ヶ月は無いと考えておけ。長くても二ヶ月半だ。それ以上経つと、早瀬真由美は急速に衰弱し、見るも無惨な姿へ変貌するだろう」

「でも、おまえが見せた映像だと、ぽっちゃりが細面になったくらいにしか見えなかったぞ」

「あれは偽物の映像だ。リアルにしたらおまえはトラウマをかかえてしまうだろう。そうなったら、わたしの協力もできないと思ったんで、末期前の状態で見せたんだ。

 末期は枯れ木のように水分もなくなりミイラのように干からび、体重もほとんど無くなってしまうんだぞ。そんなマユの姿をおまえは見たくはなかろう!」

 黄泉の目は今度は白目の部分が充血し真っ赤になっていた。涙も流れていた。鼻も、頬も赤くなっていた。

 鼻水も垂れていたので、俺はハンカチを取り出し、そっと拭いてあげた。黄泉は小声で「ありがとう」と言い、ちーんと鼻をふき、ハンカチの端っこをつまんで俺に渡した。

 どうして黄泉が、俺をおちょくりながら話をしていたのかがなんとなく分かった気がした。こいつなりに気を使って、俺が突然に落ち込まないようにしていたんだと思う。


 俺は結構、精神的なダメージから這い上がるのが早い方だが、さすがに、この話の核心から話されでもしてたら、この時間まで黄泉と一緒に居なかったと思えた。

「しかし、黄泉。俺はおまえみたいに特殊な訓練も受けてないんだぞ。俺に、奴らを追跡することなんか出来るのか?それに、痕跡を追うったって、町全体に仮想現実空間を発生させられる装置を配置しているなら、そもそもコンピュータで解析できないのか?」

「そうだな、まずコンピュータでの自動追尾や解析の話だが、この装置は現在のところ、我々、黄泉戻師の霊術能力の電子増幅や追跡補佐が限界なんだ。

 最も、出力を最大値に上げれば、コンピュータでの追跡も可能ではないのだが、それでは町の送電がストップしてしまうほどの電力が必要になってしまうんだ。

 わたしたち黄泉戻師は、人々にその行動が気付かれる事無く、事を鎮めなくてはいかんから、大量の霊気でも発生しない限りにおいて、それは出来ない話なんだ。

 キミがわたしの仕事の補佐をすることに関しても、心配には及ばない。キミは幼き頃より、祖父や父君に剣道や柔道、空手等を教わり呼吸法をその体で体得している筈だ。

 この仕事には体力も相当に必要だが、気の流れが読める力も必要なのさ。幸いなことに、私の師とキミの師は同じなんだ」

「すると、おまえの師って、まさか」

「そう、キミの祖父で警視庁一の剣道の猛者でもあった、木村昭之助きむら しょうのすけだ。キミの実力は彼のお墨付きもあっての推薦なのだ。

 だから、わたしの力になってくれ。なーに、キミの実力なら明日からでもできるさ」

 黄泉は屈託の無い明るい少女の笑顔をした。そして、ブレスレットを操作すると、周囲の異様な光景は失せた。すると、突然に黄泉のコートの内側からバイブ音と電子音がした。携帯電話の呼び出しだが、受け取るなり黄泉の顔色が急変した。

「わたしだ。どうした」

 さっきよりも更に落ち着いたトーンの低い声になっている。業務連絡というやつだろうか。電話先の声は当然聞こえない。

「そうか。”アレ”がこのあたりで、異常発生してるのか、場所は?」

 ”アレ”って言ってるように聞こえたな。”アレ”って何だ?

「分かった。すぐに現場に向かう。応援は念の為、待機させておいてくれ」

 黄泉は電話を切り、きりっと引き締まった面持ちで振り向いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ