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黄泉戻師(よみし)  作者: 星歩人
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第三十六話 小夜と紗季

「君の話はなかなか興味をそそられるね、健児くん」


 俺は俺だけに感じられる周囲の異変について、上司であり、叔父でもある辰巳さんに心のうちを明かすことにした。場所はお袋の味地下本部の道場だ。

「でも、君にしか覚えのないことだとなかなか調べるのは難しいと思い給えよ。

 彼女、神平小夜くんが佐々山紗季くんの名前をかたったことは作戦行動でのカムフラージュとされているから誰も疑念を持っていないのだよ。それに君を神平くんが訓練することは、比良坂の本家の承認も得た上で正式な指示書も出ていたんだぜ」


 そういう答えが来るのは俺も何となく分かっていた。なにせ、うちに昨日までいた黄泉は本物だったと聞かされれば、あいつもその辺は抜かりなくしてることくらいは察しがつく。しかも、あいつは人造の黄泉戻師などではない。黄泉の称号を持つ正真正銘の黄泉戻師だったのだ。なんであんな作り話をしたのかは不明だ。俺は辰巳さんの話に更に耳を傾ける。


「比良坂黄泉のアナグラムが使えるのは本家直系の黄泉戻師なんだよ。つまり、昨日までここに居た小夜くんは、本家直系の血筋ってことになるね。本名は佐々山なにがしなのだろうけど、聞くところによると比良坂家が養女に迎えたということだから、今は比良坂姓ということだね。ただ、僕は立場上、神平くんと呼ぶことにしているんだ。比良坂の名前は恐れ多くてね、「比良坂くん」だなんておいそれと呼べないものなんだよ。


 比良坂黄泉のアナグラムは『かみひらさよ』以外にも『かみらひさよ』、『さかひらみよ』などがあってね。漢字を当てて使われているんだ。だから神平小夜もいれば、守片沙代もいるわけなのだ。

 ちなみに僕の姉さん、つまり君のお母さんは分家になるのでアナグラム名は無い。一方、比良坂千代の孫である君のお姉さんには、坂平美代という名前があるんだ。君は知らないかもしれないが、彼女が警察学校や自衛隊、地方自治体などが主催する合気道や弓道の指導に当たるときはこの名前を使っているんだ。既に彼女は黄泉では無いがこの名は、一生ものらしいんだ。


 ついでに言っておくと、君の妹の鈴葉くんは黄泉では無いのでこの名前は無いし、君や君のお兄さんは女子では無いので、当然対象外だ。ただ、君のお兄さんは親王しんのうの称号を持っているそうだ。親王は黄泉と同等だそうだから君も切磋琢磨したまえよ」


 いやいや俺の場合は、多分無い。基本がアホだからな。それにしても疑念を解く突破口がこうも固く閉じられているのでは手の出しようが無い。ここはひとつ、佐々山沙希と神平小夜の関係を聞いてみることにしよう。


「佐々山紗季と神平小夜は本当に双子ではないのですか?」

「あそこまで似るのはかなり珍しいけど、どちらも父方似というだけで、二人は腹違いの同年の姉妹と聞いているよ。戸籍情報も確認済みだ」

「と言うことは、神平小夜の母親が、黄泉戻師能力を持つ血縁者ってことなのですか?」

「そうなるね。だから、本物の佐々山紗季には詠御師の力は無いという訳だ。それと黄泉の称号を持つ者は、プラス二階級の権限があるんだ。彼女は一佐だけど、二階級上になると僕の方が下になるんだ。だから、僕には彼女を問い詰めることなどできないのだよ」

「でも、社交辞令的に遠回しに聞くとか」

「おいおい、僕にできるのは作戦に関する指示ぐらいのものさ、プライベートな質問はよほどのことが無いと聞けないよ。

 それに僕と彼女はそこまで親しくはないんだ。彼女は人を寄せ付けない雰囲気があるからね」

「人を寄せ付けない雰囲気、ですか?」

「ここでの彼女は違っていたようだけど、本部での彼女は半径二メートル以内には近付きたくない雰囲気があったよ。まあ、そういう訳にもいかないから近づいたら無意識に背筋が凍ったね」

「単に嫌われてただけじゃないんですか?

 あいつはカンが鋭いですから、えっちな事でも考えてたんじゃないんですか?」

「健児くん、君ねえ、仮にもぼくは君の上司で司令代行という高位の役職にあるんだよ。そ、そんなこと、・・・やっぱり気づかれたのかなぁ」


 俺はぶっコケた。


「身に覚えあるんすか?」


「いっぱいありすぎて、いつのどれか分からないくらいだよ。だって、あんなに綺麗で凛としていて、香しいフェロモン漂わせる女性ってそうそういないだろう。特に僕らのような仕事にはさあ。

 いや、ホントに。今まで思ってた事が全て勘付かれていたとするなら納得が行く答えだね」


 なんか辰巳さんって、他人のような気がしないなぁ。あ、叔父さんだった。まあでも、若いのに兄貴並に勉学も出来るってところはすごいよな。世の中には十代で大学院卒業、博士号取得なんてのもいるらしいしな。うちの学校の特別クラスの僅か十名程度の留学クラスがそういうのの集まりだと聞いてるしな。

 なんにせよ、ちょっとばかしピントがボケてるところもあるけど、親近感もあって頼れる叔父さんで良かったよ。

 辰巳さんの話は続いている。

「更にだ、現役の黄泉となるとあらゆる部分で黙秘権が使えるんだよ。本家の権力は国家公務員よりも強いんだ。黄泉の経験者からということであれば君のお母さんやお姉さんから聞くことはできるかもしれないが、紗季くんとの入れ替わりをあのような形で肯定されてしまうと、いくつかの矛盾点はあっても問いただすのは難しいだろうね。

 それに君は黄泉戻師になったとはいえ、家や学校じゃある種のトラブルメーカーだろ。そんな君の疑念なんかまともに取り扱ってもくれないさ。そこが彼女の狙いだったのかも知れないけどね」

「狙いって、俺だけにわざと疑わせることがですか」

「そうでなければ、君ごと騙すのが無難だろ。神平くんが君に何を伝えようとしているのかは不明だけどね。ま、それでも可能な限りは調べてみるよ」

「ありがとうございます。辰巳叔父さん。いえ、音冥寺司令代行」

 俺は一礼すると、そのまま退席し部屋へ戻った。




 辰巳さんに不安がる心の内を話はしたものの、黄泉に対するもやもやした気はいっこうに晴れない。俺は、中庭で素振りをしようと道場へ向うことにした。こういうときは一心不乱に素振りをするに限るのだ。今夜は多少、雲があるが満月だ。こういう日は、何かエネルギーを授かるような気がする。

 俺は道場の更衣室で着替えをすませると。道場の戸を開け廊下の階段から中庭へ下りようとした。すると先客がいた。薄明るい中、長めのポニーテールのシルエットが見えた。

「コジロー」と、俺は無意識につぶやいた。

 先客は俺に気づくと素振りを止め、こちらを見た。


「君は健児くん、だよね?」


 先ほど凛々しい制服姿を拝見した佐々山紗季一佐である。佐々山紗季は、世を忍ぶ仮の姿として教員の仕事を持っており、新学期からその職に就くのだという。どこの学校に赴任するかは秘密だと言うことだが、俺の高校でない事を祈りたい。これ以上、身内が集中するのも息苦しいのでね。


 沙希は、ゆっくりと俺に近づいて来る。月が雲に隠れているのでうっすらとしか分からないが、シルエットはいつかの屋根での小夜と見紛うばかりである。そして、月を遮っていた雲が離れ、周囲を明るく照らし出すと沙希の姿がはっきりと見えた。

 見れば見るほど神平小夜と瓜二つである。体型も似ている。しかし、彼女はどこかよそよそしい感じもする。いやいや、これが普通だろう。むしろ小夜との出会いの方が異常すぎるだろう。薬かがされて拉致られた上に、放尿まで見られたんだぞ。どこにそんな男女の出逢いがあるよ。

 だが、沙希の顔は、何故にか懐かしく感じる。小夜の時は半ば強引に過去記憶と結びつけられたが、あれこそが偽造だったわけなのだな。この沙希は、見ているだけでじんわりと記憶が呼び起こされてくる。やはり、この沙希が本物なんだなと実感する。


「ちょっとここに座ってお話しないかな」


 なんと優しい言葉使いだろうか。俺は「あ、はい」と、しおらしく応えて、中庭に降りる階段に腰をおろした。紗季は俺のすぐ真横に腰を下ろした。クーンと香るオンナのフェロモンに俺の不肖のムスコはぴくぴくと反応する。胸元は、ブラ無しでサラシ巻きしてある様子。やはり洋下着は着けない派か。下はやっぱりスッ裸かな。


「こら、どこ見てるの」


 痛めのデコピンをもらう俺。


「全く変わらないね、キミは」

 彼女の『キミ』はとても自然に感じられた。同時に自然と顔もほころび笑いが漏れる。

「小夜と私がそっくりで驚いたんじゃない? そんな顔してたよ。私も初めて小夜とあった時びっくりしちゃった。鏡でも見ているようだったわ。一卵性の双子でも無いのに不思議よね」

 それが一番の疑問だ。一卵性双生児でもないのに二人は父方似で瓜二つとは、どういう運命的な偶然なのだろうか。

「あの子、ここでは結構うまくやっていたみたいね。あの子にあんな社交性があるなんて知らなかったわ」

 俺は辰巳さんが小夜のことを話していたのを思い出した。あの時は、単に辰巳さんのスケベ心を見透かした小夜が怒っていたのだと思ったが、姉妹である沙希が同じ事を言っているということは、本当に普段はギズギスした人間ということなのだろうか。

「わたしは貴方の剣の腕を鍛える為に来たのだけど。わたしの訓練は厳しいわよ。知っているとは思うけど、一応、言っとくね。呼吸の方は、キミの彼女の藤崎澪華さんというのかな。あの子が指導してくれるわ。鈴葉ちゃんも増幅師だから心強いと思うわよ。

 あと、わたしのお風呂は覗いちゃだめだからね」

 俺はぎくりとした。やっぱりというか、俺が覚えているんだから、当然、覚えているよな。見られそうになった方は。

「あの頃は、思春期の好奇心だったってことで許して上げるけど、今やったら、確実に犯罪よ。警察沙汰にはしないけど、鬼の打ち込みと突きが来ることは覚悟なさい。もちろん防具無しよ。ちなみに、今の私は十段だからね」


 沙希は、小悪魔のように可愛くウインクする。俺は、拳銃でズキューンと心臓を射貫かれる錯覚を覚えた。この人、何だかんだ言って俺を挑発してるじゃねーか。

 それにしても、「防具無しよ」と「十段よ」という言葉ですら甘美な言葉に聞こえてしまっている。いかん、俺のドMが完全に読まれている。

「それから、私のことはね。以前も呼んでくれたように沙希姉でいいよ! キミから佐々山さんとか紗季さんとか呼ばれると気味悪いもの。でも、仕事の時は、佐々山一佐と呼びなさい。キミのことも普段は健児くん、仕事の時は木村一尉と呼ぶから。じゃあ、今日はこれでね」


 沙希は、俺の頬にキスをして、母屋の方へ戻っていった。彼女の部屋は前御巴まえみ ともえが居る使用人長屋である。そういえば、ここ数日、前御巴を見ない。誰も話題に出さないが彼女はいったいどこにいるのだろうか。ステルス視覚擬態服を使ってその辺にでも隠れているのだろうか。それらしい気配は感じない。彼女は黄泉付なので俺が彼女の行動を詮索することは出来ないのだ。

 しかし、紗季姉は、小夜のことをあまり語りたがらない様子だったな。いわゆる、お父さんの浮気ってことになるのだからな。自分と瓜二つの容姿だと疑う余地も無いというのが辛いよな。


 ええい。何を迷っている。木村健児。しゃんとしろ!


 俺は木刀を持って、素振りを始めた。ただ一心不乱に、ただ一心不乱に振り続けた。

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