第二十二話 旅の始まり
あのあと俺と藤崎との間に何が起きたかは多くは語らないでおきたいと思う。だが、結構、ムヒヒな事が起きたことは懸命なる読者の皆様に伝えておこうと思うのだ。午後には退院して、森の中でちょっとしたデートをしたんだよ。キスのやり直しもしたし、ブラウスの胸元の間から、こぶりではあるが柔らかそうな桃のような房が見えた事などから考えても病人バンザイ!だったのだ。フリチンだの、無毛地帯だのと騒いだ俺は、なんと浅はかだったことだろうか!
フリチン、いいじゃないかちょっと見られるくらい。触って貰える喜びの方が計り知れないぞ!
つるつるの無毛地帯、いいじゃないか。清潔感があって!
初キッスはレモンの味がするとか、昔の人は言ってたらしいが、彼女の呼気は黄泉のものとは全然違ってたなあ。一級酒と二級酒くらいの差があったなあ。なんというか、心地よく酔えるというのか。でもなあ前御の邪魔さえ無かったら、あのまま初体験になりかねない雰囲気だったからなあ。男汁はこみ上げたら寸止めはきかんからなあ。危ない、危ない。でも、ゴムを携帯してないからなあ! 十か月後にパパというのも困るようなあ! 俺たちまだ高2だし。「健児との子供なら、学校やめてでも産むわ!」とか言いそうだよなー! いや~、もてる男はつらいぜー。
そういえば、魚の浮袋でゴムの代用が出来ると聞いたことがあるぞ! 江戸時代はそうしてたって、マサがくれた本に買いてあったなあ。!
今度、そういうシチュになったら、試すか! うひゃひゃひゃひゃひゃ! が!
「また、アホ面で邪なこと考えよって!」
黄泉のグーパンチが俺の顔面に来た!
「なにしやがんだ! このババア!」
予期せぬ言葉を吐く自分にびっくりした。「来年は二十歳だ」という黄泉の言葉が、彼女を自身の恋愛対象から無意識に取り除いていたのかもしれない。ヤバイ!と瞬時に思ったが、間髪入れずに膝蹴りが顎にヒットした。前のめりに崩れ倒れていることに気づいているが、なぜにか手足が動かず、家の裏庭の芝生の上に倒れ込んだ。
黄泉からガチの怒りパワーが溢れているのがわかった。これは、かなり不味い。ブチ切れた、という状況だろう。顔を上げるのが怖い。
「誰がババアだ誰が! わたしの呼気は二級酒だとかもヌカシたな! どの口が言ってるんだ! あ~ん!
誰がお前を一人前に育ててやったと思うんだ! 誰が命がけで助けてやったと思っているんだ!」
黄泉は倒れた俺の胸ぐらを両手で掴み上げ、鬼神のごとき形相で睨みつけた。ちょっぴり、チビる俺。そして、そのまま手を放され、再び地面に叩きつけられた。
「まったく、藤崎にも困ったものだな。大事な作戦が控えているというのに色濃い事をやってる場合じゃないのだぞ!
お互いの親密度を上げるは不可欠なのだが、誰がまぐわっていいと言った。本当に。あいつのお前LOVEは筋金入りだったからクラスも変えて遠くから支援するように仕手たのに。勉強サボって、普通科に編入するなんてな想定外の行動してくれたものだ」
「藤崎って、俺のために、俺と一緒に過ごしたい為に勉強を捨てたのか! なんていじらしいんだ。ますます好きになったぞ、俺は!」
「いやいや。アイツの中学までの成績じゃ普通科の上どまりなんだよ! あいつは理数系やスポーツ、芸術、家庭科は群を抜いているが、それ以外は並なんだよ! 特別クラスは、基本教科は言うに及ばず芸術や体育の成績も優秀じゃないと入れないんだよ!」
「そうなのか? 岩崎はどうなんだ? ガリ勉で運動オンチじゃねーのか?」
「キミは馬鹿か? 岩崎は双子の兄貴と偽って、中学まで君らと遊びに興じてたんだろう! だったら、運動神経はバツグンじゃないか。それとも、か弱い女の子がついていけるような遊びだったのか?」
確かに彼女の言う通りである。木登りに、手製の弓矢での雉狩り、滝の岩場を登ってのダイブ。岩魚の手掴み取り、チャリで富士山行って、登頂したりもしてたよな。くそー、俺がTシャツの下に隠されたかすかな山に気づかぬばかりに、アイツをとんだ山猿に育ててしまったのか!
「誰が山猿よ!」
背後に殺気を感じる間もなく、後頭部めがけて角張ったドスンと重いものが落とされた。この重みは忘れもしない広辞苑。隠れ山猿こと岩崎霧子の登場だった。
「誰が隠れ山猿よ!」
起き上がり際に、広辞苑が顔面を直撃した。
「き、霧子。待て!」
「またセクハラやってんのかケンジ!」
はいはい、背後の道場のあたりから聞こえるこの威勢のいい声は我が朋友にして、コクっても果たし状と勘違いして勝負を挑んでくる・・・・・・・。名を告げるまでも無いのは当然のことだが、竹刀の先が何千本にも見えた途端、額やわき腹に痛覚が走ったのを感じ、意識が遠のいていった。
「ケンちゃん、お見舞いに来たよ。ケンちゃんのおうちに行ったら、病院だって聞いたからビックリしちゃった。ケンちゃん、大丈夫?」
なんだか懐かしい声がした。女の子の声だ。
「ミオちゃん。見舞いに来てくれたんだ」
応えているのは、多分俺だ。いつの記憶だ? 小三の時か? 相手の女の子のは誰なんだ。ミオちゃんと呼んでいるが覚えがないぞ。俺の初恋相手か? ショートヘアーで、ミニスカート。下は残念スパッツか。でも、この子とは妙に波長が合うというか、声を聞くだけで心地いい。
「でも、うちに来たってどうして? 道場のキャンプは来週の土曜日だよ。でも、ゴメン僕は行けないよ」
「あのね急に引っ越すことになったの。半年前、お父さんとお母さんが勤めていた会社が地震の事故で燃えてお父さんが亡くなったでしょ。あの時はたくさん励ましてくれてありがとね。
それで、お母さんが本社ってところに呼ばれてね六本木ヒルズとかに引っ越すことになったの。それも昨日言われたの」
「そっか、それは淋しいなあ。せっかく仲良くなれたのに。もうこっちには帰って来ないのか? 君の爺ちゃんや婆ちゃんも淋しくなるんじゃないのか」
「夏休みとかには帰って来れると思うの。だから、ケンちゃん、浮気しちゃだめよ。特にあのコジローには注意してね。ケンちゃんのこと絶対に狙ってるんだから」
「わかった。ミオちゃん。オレ、ミオちゃんのこと待ってるから」
「絶対よ」
「ああ、絶対だ」
「絶対に、絶対だよ」
「ああ、絶対に、絶対だ」
「じゃあ」
「指切りげんまんだろ」
「違うわ、キスしよ!」
「・・・・・・・」
なんという濃厚なキスなんだ。これで小三なのか! だが、この呼気には覚えがあるぞ! 藤崎澪薫だ。そうか、澪薫の澪はミオと読むのだった。
しかし、コジローってなんだ。またも出た謎の名前だ。俺より年上で、俺やマサたちをしごいていた鬼のような奴!
それに、俺を狙ってるとは一体どういうことなんだ。まさか、そいつが俺の覚醒を阻止しようと目論んでいる奴のことなのか!
しかし、俺は、異変に気づいた。そう、またリアルすぎる夢の中にいることにだ。今度は少し違った。俺は、小三の俺にいながら、そこから脱して周囲を見渡せていたのだ。まるで3Dゲームのようだった。
そして、今はミオが小三の俺にキスをしたところで止まっていた。更に小三の俺とミオの会話がテロップのように空中にあるのだ。手にふれるとそれはスクロールさせることができた。俺は、《コジローが狙ってる》のところまでスクロールダウンさせた。すると、コジローの文字が赤く点滅しているのに気づいた。文字を叩くと、《コジロー》の文字が割れ、《としま》という言葉が現れた。《としま》とは何だ。コジローという奴の本名なのか? 《豊島》だろうか? 年上でそんな奴いたっけな?
まもなく俺の頭の中には、昔の情景と言葉が呼応し始めた。思い出したということなんだろう。小学生の俺、はじめて沙希と対面した情景、つい最近の田上やマサとの会話。いろいろな思い出と記憶が回り始め、フラッシュバックし始めた。
《健児、あいつコジローじゃねーのか?》
《コジローなら俺らより年上だろう》
《健児、男ならしゃんとしろ》
《こら、女子の入浴をのぞくな》
《髪型が佐々木小次郎みたいだからだろう》
《このババア!》
《来年の四月で二十歳だからな》
《おまえともしばらくお別れだ、綺麗な夕日だね。いつか、あんたとまた見たいよ》
《おぬし、よくやった。将来わたしの婿にしてやろう》
《ケンちゃん、またトシマにいじめられたの? 可哀想》
《ケンちゃん、トシマが来るからあっち行こう》
《コジローはトシマよ!》
《サッちゃん、危ないよ》
《誰がサッちゃんだ。わたしは年上なんだぞ》
《紗希。佐々山紗希だ》
《初めまして、木村健児くん》
《来年の四月でで二十歳だからな》
《このババア》
《二十歳だからな》
《ババア》
《コジロー》
《トシマ、豊島、年増、年上、二つ年上、来年の四月で二十歳、ババア!》
《年増》
《二つ年上》
《サキ、・・・・・・・、紗希。佐々山紗希。・・・・》
黄泉は、佐々山紗希!
頭の中で、今の黄泉と昔の佐々山紗希のイメージが重なった。あの凛とした剣道少女は、佐々山紗希。黄泉だったのだ俺は、確信した。黄泉こそ、佐々山紗希。爺ちゃんの親友の佐々山の爺ちゃんの孫娘の紗希なのだと。何故今まで気付かなかったのだろう。
《気づくのはそのポイントかい!》
何やら遠くで声がした。
《本名は最初から言っとるし、写真やビデオ、門下生の名簿とかお前んちにあるだろうが!》
なんだ、雑音? いや幻聴か? よく、聞き取れない。
《なんでババアや年増の言葉で記憶の紐付けが出来上がるんだよ! 最初からそう思っていたんだな、お前は!》
《黄泉さん、落ち着いてください》
沙希との最初の出逢いは、俺が小学校一年の時だった。あいつは三年だったが、二つ上とは思えないくらい凛として、格好良かった。
今に思うと、自己紹介も実に実直で、そして丁寧だった。
『佐々山紗希。○◎◆小学校三年です。春休みの間、木村さんのお家にご厄介になります。道場の方々もよろしくお願い致します!』と、一礼する姿に誰もが驚いた。小学生とは思えないしっかりとした話し方、礼儀の良さに高校生の兄貴でさえ、言葉を失うくらいだった。彼女の所作には佇まいがあって、優等生という言葉では言い表せない程に清々しさを感じさせる振る舞いだった。
あいつの誕生日は俺と同じ四月一日だった。同じ誕生日と聞いて、あいつに親近感を覚えた最初だと思う。可愛い女の子に胸キュンとなった男子は、くだらないことでもいいから何でも質問したがるものだ。ご多分に漏れず、マサと田上は口を揃えて質問した。
「誕生日はいつ?」だと。そう聞かれれば素直な奴は、正直に答えてしまう。
「四月一日よ」
だが、馬鹿なガキには馬鹿な反応しかできない。四月一日を《わたぬき》などと読める賢さの無い奴らが四月一日で連想するのはエイプリルフール、即ち『四月バカ!』なのだ。当然、深い考えなど無いから、二人は反射的に、しかもほぼ同時に声に出てしまう。
言われた途端、あいつは急に不機嫌になった。やや細目になり、もちろん笑っていない。やがて顔はみるみる赤らみ、目つきはその辺の不良中学生をもびびらせるほど悪に満ちたものとなった。そして、竹刀を手にするや否や、マサと田上をしばき出したのだ。爺ちゃんが暴走を止めなかったらどうなったことか。
ミオはチビってしまい、俺に抱きついてきた。俺も怯えて抱き合ってた。抱き合うということは、ミオとはそれ以前からの付き合いだったということなんだろう。紗希にしろ、ミオにしろ、どっちも、爺ちゃんの親友の孫繋がりのなのだ。佐々山の爺ちゃんが、うちの爺ちゃんの昔の職場仲間となのは先日VOBで見せられた。ミオの母ちゃんの実家の藤崎家は山手町にあったが、子供の頃は、遠縁の話も聞いたことはなかった。だが、それほど家も近所ではないのに、互いの家族はかなり親しげに接していたことを思い出す。
当時は、ミオのお父さんがマスオさんをしていた。あの叔父さんが、白鳥という財閥の御曹司だったとは驚きだったが、見た感じはどこの家庭にもいる普通のおじさんだった。少なくとも、子供の俺にはそう見えていた。おばさんもおじさんと同じ会社に勤めていて、ミオの面倒はミオの母ちゃんの両親がみていた。物心ついた時には、ミオがいつも俺の傍らにいた。そして、ミオの隣にも誰かがいた。写真では紗希が溺れた川遊びで見たツインテールの女の子のように思えるがこれもはっきり記憶が無い。
やはり、機械の副作用というやつなのだろうが、一緒に居ない、親しい者ほどその記憶が薄くなるというのだから困ったものだ。ミオのことはどうにか思い出せたが、紗希とも何か淡い恋心のような想い出でもあるのだろうか。それとも、思い出したくないほど虐待されてた記憶があるのだろうか。
ミオが自分の身の上を、詠御師の能力を持つ増幅師と聞かされたのはいつだったのだろうか。黄泉、紗希の親父さんの音冥寺は言っていた。ミオこと藤崎澪薫は増幅師のエキスパートだと。そうだとしたら、子供の頃から訓練してたのか?
もしかすると、うちの道場に通っていること自体が訓練の一環だったのだろうか。それと、かすかに記憶があるが幼稚園では、裏返しされたカードを当てるようなゲームを個室に入って何時間もやったり、体力テストや健康診断テストのようなものをやっていた記憶がある。そこにミオもいた。あれも何かのテストだったのか、いや考え過ぎか?
ミオは、運動は得意だった記憶はある。体力面ではか弱いイメージはまったくない。それと、あいつにキスされると何故か疲れが回復してた記憶がある。この間の時もそうだ。ベットから出たあと俺は酔っ払ったように千鳥足だったが、あいつに長いキスをされると、次第に体が回復して行った。あれがあいつの力だとしたら、幼少時から既に備わっていたのかもしれない。
あいつと高校で初めてあった時は、どこぞのエロイご令嬢としか見ていなかったが、今では普通に昔からの想い人のように感じてる。小学校から一緒だった霧子やマサ、田上、スシとかと過ごしてきた思い出も記憶の片隅におぼろげにあるのに、今、思い出しているミオの記憶ほどまるでついさっきあったかのように鮮明だ。あれから何年もたっているはずなのに。これも記憶消去機の副作用というやつなのか。
普通科編入後に親しくなったミオから聞かされた話では、中学時代弓道をやって、日本一だったと言っていた。剣道をやっていた記憶しかないが、小学生の時はどうだったんだろう。思い出せ、思い出せ。そうだ姉貴がうちの裏の弓道場で教えていたな。姉貴は「ミオは筋がいい」と褒めていた。
ミオとは引っ越した後も、小学校の六年までは会ってた。六年生にもなると、結構、成長してた。こっちはマサのおかげで女体への興味はより深くなっていたから、あいつを見る俺の目線はスケベを切り離すことは不可能だった。そうばってくれば、女の子だって隠すハズなのだだが、あいつは一切そういうことをしなかった。それどころかミニスカとか履いて来るので、動くたびに、ちらちらとパンツが見えていた。「見ちゃいけない」と自制する俺だが、気づいていないなら見えただけだからいいかとガン見している俺もいた。
学校じゃあんなことしない奴だが二人っきりだと、何かと大胆だよな。中学時代とかモテたんじゃないのかな。まあ、後半はお嬢様らしさと、勉強押し付けられて最悪だっただろうけどなあ。今思うと、特別クラスでの態度はクサかった!
言うと怒るけど、今思えば懐かしい。
《健くん、嬉しそうな顔して涎垂らしてる。思い出にふけってるところかな。黄泉さん、状態はいいみたいですから、これからダイブの準備を始めます》
《確かに今のこいつはわたしに対する怒失礼なことと、藤崎に対する悶々としたことでいっぱいだからな。ふっ、今は仕方ない。岩崎、あいつの涎、吸引しておけ。詰まったりしたやっかいだ》
《チューブはさっき入れて起きましたから、貯まってくれば自動的に吸引されます。お小水は、さっき前御さんがおちんちんにチューブ通しておられました。流石に手際良いです。除毛もされてまた綺麗になってます》
《欧米じゃ男女問わず剃る人が多いらしいからなあ。体臭防ぎとか言うが、欧米人は日本人のように毎日風呂に入らないから臭うのだよ。でも、ブームになって剃るのが当たり前になる日も来るかもしれんな》
《あれ、お客さんがいるみたいですよ。モニタに誰が立ってます。藤崎さんですね。ちょっと眉間に皺あります》
《呼ぶ手間が省けた。入れろ》
《おホー、やっぱり、みんなここにいたんだ♪》
《藤崎、よくここが分かったな》
《分かるもなにも、健ちゃんのお爺ちゃんに聞いたら地下訓練場にいるって聞いて来てみればもぬけの殻。その前に健ちゃんがいなくなっているでしょ。
だったら、くさいのはここしかないじゃないですか。それに、健ちゃんのお家の地下からの専用通路の鍵、持ってるの黄泉一佐だけでしょ》
《それで、施設がこちらある側にまわって来たってことか。お前の母親は、この施設の主任研究員で父の部下だからな》
《その通りでございます―――》
《しかしなあ、お前。お爺ちゃんはないだろう。親しき中にも礼儀ありだ。それに、これは仕事中だ。仕事中は上官だぞ!》
《固いこと言わない。それにしても、みんなひどいな。あたしに黙って健ちゃんをおもちゃにして。まあ、いいわ。今回まで許してあげるけど、えっちの邪魔だては二度としないでくださいね!
避妊だってちゃんとしますからご心配なく!》
《避妊って―――、あたりまえだろう。任務遂行中に妊娠などされてたまるか。それに個人の色恋沙汰を仕事に持ち込むな!》
《あれ―――、オバさま、あたしに健ちゃんを取られて嫉妬してるのですかあ?》
《オバさまって、お前なあ》
《任務ならキーマンたるわたしを外すなんて変過ぎますよ!》
《今は準備中で、用意が整ったらお前を呼ぶつもりだったんだよ》
《何か言い訳っぽいな。確かにわたしの能力が見出されたのはつい最近ですし、このプロジェクトはそれ以前から進行してたことは知ってます。わたし抜きでもやれます。
だけど、わたしの能力を借りることで健ちゃんやダイバーの負担を軽くできるのですよ。黄泉さんが傷つくのは覚悟あることだと思いますけど、健ちゃんをこれ以上傷つけるのは許せません!
わたしを外したのは黄泉さんのわたしに対する嫉妬心からでしょう》
《なんでわたしが嫉妬するんだお前に!
学業、運動神経、家柄、社会的地位。どれをとってもお前に引けはとってないぞ!》
《黄泉一佐、それまずいですよ。藤崎さん、勝ち誇った顔になってますよ!》
《なーんだ、ヤッパリ、ご自分の自慢で、健ちゃんのことなんか微塵も心配してないじゃないですか!
あたしは、家柄とか家とか興味ないです。健ちゃんのお嫁さん候補話も知らされたのはつい、最近のことですもの。わたしと健ちゃんが相思相愛なのはそんな事とは全然関係ありませんよ》
《いや、関係はある。お前たち詠御師の一族は互いの気が共鳴する異性が惹かれ合うことが父の研究からわかっている。また、遠縁者であるほどその共鳴性が強いこともな。そして、そこで生まれる子供には強い詠御師の力が集結しやすいのだ。
お前たち一族の婚儀は、なかなかどうして利にかなっているということさ》
《そうなんですの?》
《ショウちゃんと千代さまがあそこまで年の差があっても恋愛が成り立ったのは、ショウちゃんがロリコンだったからじゃない。気の共鳴性の高さだ。健児の両親もそうだし、裕次郎さんと早瀬、安倍さんと愛女さんも然りなのだ》
《へー、そうなんだ。って、黄泉さん、今、めちゃくちゃ個人情報漏洩しまくってますが。これは、凄いことを聞いてしまいましたわ!》
《ここにいる奴は身内だ。知ってても構わんだろう》
《では、わたしと健ちゃんの婚約は、皆さんの公認ということですね》
《そいつは違うかな。花嫁候補はお前だけじゃないんだよ。岩崎、豪田、関西の胴守手の鈴葉、そして、勅使河原このみもだ》
《なんですって! お前は健児の許嫁候補であることを知ったとたん、舞い上がってその後の話が上の空で覚えてないだけだ。お前は健児のことになると正体無くす。もう少し、落ち着け》
《岩崎さんはいつから知ってらしたの?》
《小学校に上がる頃かな》
《豪田は去年の暮れだ。あいつが部活を急に止めたのもそれが影響している。鈴葉は幼少時から知っている。このみはこいつが立ちション事件を起こした前日に伝えられている。あれがあったんで、あいつが健児を意識し始めて不幸が起きたんだな》
《不幸って、それ黄泉さんのせいでしょ》
《みんな偶然、健児の周囲にいる訳じゃないんだよ。意図的に各家は木村家の周囲に集められているのさ》
《人の話聞いてないし、まったくこの人は》
おや? 何やら外野が騒がしいぞ。いったい、何を騒いでるんだ。
《黄泉さん。健くん、瞬きしはじめましたよ。起きたらまた、気絶させなきゃいけませんよ。導眠剤みたいに脳が寝てしまう眠りでは駄目でしたよね》
《それにしても、早瀬が居合わせたのは好都合だったな。こいつは早瀬にだけは本気で当たらないからな。昔から変わってない。わたしには本気で向かって来るのにな。何にせよ、藤崎、仕事だ。今は、こいつの能力が必要なんだ。協力しろ!
こいつは、あの霧の記憶を初めて見れたのだ。裕次郎さんや愛女さんをしても、一部しか見れなかったのに、こいつはあの事件のほぼ一部始終を体験したのだ。父が作ったこの装置で、あの事件を起こした首謀者を割り出さねば、早瀬だけのことではすまない事態が起きてしまうんだ。そうなれば、健児との幸せな生活もなくなるぞ!》
《わかったわ。協力する―――、健ちゃんの呼吸を整えてくるよ》
《打ち合わせ通り、ダイブはわたしが行う。藤崎は健児との仲介を頼む》
―――? 急にからだがぽかぽかしてきたぞ。心も安らかになっていく。ミオ―――か、頭の中が真っ白になっていく。真っ白に―――、
《健ちゃん―――、ちょっとの間だけ我慢してね!》




