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黄泉戻師(よみし)  作者: 星歩人
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第十八話 遥か昔に

 俺は闇の中で意識を取り戻した。マユの熱い抱擁と接吻を受けて意識がうすらぐところまではなんとなく覚えている。

 その直後に何かあった気がするんだが、思い出せない。しかし、意識があるということは死んではいないということなのだろう。


 だが、俺はというか、俺の体は眠っているようである。疲れがたまって、体が強制的に眠りに入り意識だけが起きている。そんな感じだ。昔は爺ちゃんの激しいしごきでそうなることもあったが、高校に入ってからはそういうことは無かったのだが、いったい俺はどうしたというのだ。瞼も閉じているので視界は真っ暗。耳はかろうじて音を拾ってはいるようだが、体がまったく動かせない。

 とにかく、体を動かすしかない。こういう場合は、手足を動かそうとしてもダメだ。意識を起こすのが先だ。よし、声を出そう。とにかく、大きくだ。

『黄泉! 麗香! マユ! マサ! 姉貴! 霧子、おおおそうだ。つるペタ霧子!』

 あれ、何も反応が無い。いつもなら速攻で攻撃が来る筈だが、やはり、ここはキャンプ場所じゃないのか?

 裕次郎兄貴・・・。

 ふいに裕次郎兄貴の姿が浮かんだ。そういえば、青白い光のような炎は、裕次郎兄貴だった。兄貴は俺に何か言っていたな。確か、

《こいつを、お前のヨミの力で鎮めてやってくれ》

 こいつを鎮めろと言っていたが、こいつとは一体何なのだろうか、ヨミの力とは何だろう。ヨミとは、黄泉の事なのか?

 だが、考え事をしている俺の意識をよそに、体が勝手に動いていることに気付いた。手足がピクピクと動いている。耳に何やら叫び声が入って来ている。周囲の足音も慌ただしい様子だ。

 ようやく、瞼が開こうとしている。開いたぞ。何かが見える。ここはどこだ、木造の家の中みたいだが、寺か、やっぱり、俺は久遠寺で倒れていたのを運ばれたのか?

 にわかに外が騒がしい、廊下を静かに急ぎ足で来る音がするぞ。部屋の前で止まった。そして、襖がすっと開いた。


「親方様、親方様、起きてくださいまし」

 女顔の美形の侍だが、少々線が細いな。声も聞き覚えがない。

「おお、巴か、どうしたのだ」

 俺が俺の意識に関係なく喋っている。しかも、妙に渋い。まだ目は多少ぼんやりとしていて焦点が定まっていなかったが、徐々にはっきりとしてきた。そして、自分の手を見て驚いた。それは手の平が大きく、剣術者の手ではあることはわかるが、およそ自分の手とは似ても似つかぬほど毛深くてごつごつしていた。


「先ほど裏山の見張り棟より伝言が入りましてございます。不審な者達の一団が沢を登って参るのを目撃したとのことです」

「して、貴奴らは何奴か」

「いえ、闇にまみれて、はっきりとはわからぬそうですが、彼らの動きを察するに、相当な数の手練れがいるものと思われるそうです。

 おそらくは、朝廷が差し向けた刺客ではないかと思われます」

「くそー、上皇め。やはり、我らを危険と察して、我らをを討ちに来たか。こちらに二心無いことを示すために京へ使者を送ったばかりだが、さてはだまして場所をしゃべらせ、殺したか」

「いかがいたしますか?」

「おそらく、砦は八方をふさがれているだろう。女子供を逃がしても、見逃す奴らではなかろうて。砦を固めて応戦するしかない。女子供、年寄りは洞窟に避難させておけ、兵士達は砦を固め戦いに備えよと伝えろ。

 ただし、火はまだ焚くでないぞ。今、敵に動きを知られるとまずいでな」

 さっきの家来、どうも声からして女なのだろうか。女武将か、楠木正成に右腕として有名な女武将がいたと言い伝えはあるな。それにしてもいったいここは何処なんだ。今、見た光景がもし本物なら、俺は、意識だけによる過去時間旅行、タイムリープでもしたのだろうか?

 そうすると俺はいったい誰の中にいるのだろうか。


 さっきから部屋に入っているが、どの部屋も畳がない、板張りだ。すると、時代は戦国時代か、いや、もっと前だろうな。甲冑の形が室町よりももっと前っぽいぞ。いちおう、俺は剣術をやる身だからな、そういう方面だけは、爺ちゃんや兄ちゃんから言い聞かされて詳しいんだ。しかし、何で俺、こう頭さえてんだ、馬鹿のはずなのに。これもVOBによる幽体離脱学習による効果なのか?

 そう考えているうちに、男たちが何やら、武具、甲冑を持ち入り、体に取り付けている。付け終わると今度はのっし、のっしと廊下へ出て移動を始めた。相当に広い屋敷のようだ。渡り廊下がまた長いな。外は夜だが、明るい。月夜というやつだな。前方から家臣らしき連中が来たな。こいつらも甲冑をつけているぞ。 身にまとった甲冑は、ずっしり重くきているが、このからだの体力のせいで、ちっとも重く感じない。刀をさしているがこれもずっしりと重い。そして剣先の長く反っていて、平安時代のものぽかった。俺の身長はさしずめ、一メートル九十近くはありそうだった。刃先は一メートルはあった。通常、脇差は六十センチメートルくらいだから相当に大きな刀である。


「ととさま」

 子供だ。後ろから女官が数名追いかけている。男の子が五人、女の子が三人か。みんなまだ、十にも満たない感じだな。

「おまえたち、ここに来てはならん。まつの所へおれ。わしが出てきていいというまで、裏手の洞窟から出てはならぬぞ。いいな。まつ、早く子供らを連れて行け!それと、奥はどこか」

「奥方様は、半時前からお姿が見えませぬ」

「どこに行ったのだ。あの馬鹿め。まさか、こんな夜更けに山菜摘みでもないだろうに。

 こんな満月の夜に表に出ていれば貴奴らに見つかるぞ。

 誰かある、刹那を呼んで、探させよ。だが、決して、物音を立てる出ない。大声もあげるなよ」

「親方様は、どちらへ」

「俺は裏手の庫裏へ行き、手勢を頼んで来る。そして、奴らが張っているであろう搦め手の裏から奇襲をかけるのだ。ツムジを呼んでくれ」

 おいおい、これは戦になるんじゃないのか。今日は満月だ。現代と違って周囲に人工の明かりがねーから、むっちゃ明るいぞ。




 やがて、黒装束を身にまとったツムジという家来と一緒に獣道を歩きだした。とても静かだった、柔らかな風が時折、草木をふるわせる音と、沢の水の音、そして、虫や鳥の声が、耳の奥に響き渡る。このツムジという奴は、後の忍者のような奴なのだろうか。

 やがて、岩壁に作られた木戸を見つけた。これが庫裏のようだな。中に入ると僧兵たちがいた。どうやら、この寺とは良い関係にあるようだ。

「正盛様、先ほど巴どの手の者より知らせが参り、我ら、天功宗、五十余名、正盛様がおこしいただくのを今か今かとお待ちしておりましてございます」

「おお、厳海どの、それは頼もしいことだ。巴め、わしの行動はお見通しだったか」

「やはり、これは上皇のさしがねですか」

「巴はそう見ているし、わしも、そう思えてならない。早梅には悪いことをした。わしが馬鹿だった」

 俺が居候するこいつは、正盛って奴なのか。どっかで聞いた名だなあ。早梅って誰だ。さっき話していた朝廷に手紙を届けた人物なのか。かなり大事な家臣だったようだな。


「しかし、なにやら面妖です。巴どのからのしらせがあってから、半時は経ちましたが、まるで人の気配がせんのです。 けれども、沢の水を跳ねる音や草木が擦れ合う音は徐々に大きくなって来ます。

 彼らが、噂に聞く、物の怪とやらではないでしょうか」

「よせ、物の怪なぞ。あれは、都の陰陽師どもが人々を拐かし、公家の政治を安泰にせしめんが為に作った世迷い言だ」

「ですが、詠御よみ様も」

「あやつがやっておるのは、占いやまじないとは違う。森羅万象の断りを知り、我らに恵みをもたらす行いなのだ。現に、あやつは、この枯れた土地に毎年、豊作を導いておるではないか!」

「これは大変、無礼を申しました。お許しください、正盛さま」

 どうにか坊主たちは納得したようだ。だが、ヨミ様だって。この時代にもいるのだな。しかし、今の話だと退魔士というより、気象予報士というか、自然科学者っぽい雰囲気だな。それだと、陰陽師も似たような者じゃないのか。違うのか、よくわからんぞ。

「ツムジ。お前は、一足先に砦へ戻れ。わしは、この者たちと一緒に門の裏手に回りこむ。門はそう簡単には開けられん。

 裏手は罠けだらけだ。手錬なら、正々堂々と正門からくるだろう」

 ツムジは、言葉を発さずに一礼すると、即座に庫裏を離れた。実に主人に忠義を尽くす家臣だな。よほど、この正盛という武将は、人に好かれているんだな。こいつはちっとも威張りくさったところがないぞ。

 しかし、この時代、無線やケータイが無いから大変だ。こんな複雑で険しい地形では矢文も無理だろうし、音を立てたり、火をあげれば敵に感づかれる。

 正盛は、五十余名の僧兵ども引きつれ、再び獣道を下った。やがて、砦の正門が見えてきた。確かに、和尚が言うように、人の気配がしなかった。しかし、門に近づいてくると、鼻をつく異様な匂いに鼻がむせた。これは明らかに。

「血のにおいだ。それも尋常ではない数だ」

 門の隠し戸を開け、そこから中へ入った。目の前にはおびただしい血の海に無数の死体が倒れていた。正盛は、死体のひとつを抱き起こし、誰なのかを確認しはじめた。そして、大きな動揺を伴う人物を発見した。

「宗正、宗正」

 男はまだ息があった。何かを言おうと、頑張っている。

「あ、兄じゃ」

 どうやら、正盛の弟らしい。残念だが、もう虫の息だ、この時代ではもう助かるまい。

「宗正、しっかりしろ。誰にやられた」

「わからない。気づいたら、切られていた。奴らは気配がまったくなかった。

 兄じゃ、気をつけろ、やつらは痛みを感じぬぞ。俺は切られたとき、切り返し、相手の左腕を切り落としたが、そいつは平然としていた」

 そういうと宗正は息をひきとった。

「宗正、宗正」

 俺は正盛とやらに入ってはいるが、流石に目の前で人に死なれると、たまらないものがある。

 正宗の顔に、ふと俺はVOBで見せられたマユの葬式を思い出した。俺は生前の宗正の顔は知らないが、宗正は妙に細かった。正盛の弟なら、もっと腕は太くてもおかしくはない筈だが、まるで女のように細かった。顔も小顔というよりは、明らかにやつれていた。それに正宗の言った人の気配がなく、痛みを感じない人間を俺はよく知っている。そうだ、淀みを体内に宿した人間だ。

 だが、これは明らかに人の手がかかっている。自然らしさがない。巴の話では、奴らは隊列を組んで、沢を登って来たと言っていた。と、いうことは指示を与えた者がいるようだ。


 正盛は、ついぞ早足となり屋敷の中へ駆け入った。屋敷の中も散々だった。家来はすべて殺されていた。そして、死体の中には野伏も混じっていた。たぶん、こいつらが砦を襲った連中に違いなかった。野伏の体には無数の矢が刺さっていたり、目玉がえぐれていたり、耳がかけていたり、大火傷をしていたりとおよそ刀傷では無いものが無数にうかがえた。野伏の体中には噛み傷が確認でき、それらは明らかにヒトのものだ。中には食いちぎった肉を口の中に止めている者たちもいた。

 そして、もっと奇妙なことに、いく人かの野伏どもはお互いの心臓を一突きにして死んでいたのだ。これらの死体は作りのしっかりした甲冑を付けているところから見て、リーダー格だと見ていいが、仲間割れをして殺し合ったにしては少々合点がいかない。

 仮にリーダー格が内輪もめして殺し合っても、残された手下が互いに獣のように殺し合うだろうか?

 誰かに操られて、ってのが映画やお芝居では定番なんだが、果してそんなこと可能なのか?

 正盛は、あまりの惨状に言葉も出なかった。そして、野伏の下にツムジの死体もあった。正盛の体の中に熱い気の塊が生まれた。尋常ではない怒りが体の底から煮えたぎっているのだ。

「そうだ。まつ。まつはどうしているか。まつー」

 正盛は、裏の洞窟へと急いだ。しかし、既に遅く、洞窟内も血の匂いでむせていた。そして、まつなど女官たちが倒れている下から小さな手足が見えていた。女官たちを裏返すと、とても正視できない光景がそこにあった。正盛は目を閉じることなく、瞬きすることなく目をかっと見開いて、しっかりとその光景を見届けた。そして、大粒の涙を流し、嗚咽混じりの声を発した。

 奥か・・・・・。奥だな。頭の中で正盛の言葉が響いていく。やがて、何かを感じてすっと立ち上がると、腰にさしたその大きな刀を抜き、振り向きざまに、すぐ後ろの僧兵の首を三つ、左右に二つを次々に刎ねた。首を失った僧兵は、床に倒れた。

 どうした正盛、まさかの乱心か。もちろんそうでは無かった。正盛は僧兵たちの気配が消えていくのを徐々に感じていたのだ。背筋がひんやりとする感覚が、俺にも伝わっていた。後方にいる僧兵どもの目もうつろで、酒のような匂いを漂わせていた。

「許せ、お前たち」

 正盛は瞬時にばっさ、ばっさと僧兵たちの首を根こそぎ刎ねていった。彼らは、刀を抜く動作に移れないまま、あっという間にねじ伏せられた。すごい、まさに鬼神のごとき素早さだった。朝廷が正盛を恐れる理由もうなづける。


 洞窟を出ると入り口付近に男が立っていた。体格や着物の感じからして刹那だ。だが、異様な気配だ。およそ人という感じではない。

「おう、刹那か」

 正盛なら刹那の異様さに既に気づいている筈だが、少しも心を乱すことなく、平常心を保っている。いや、気づいているから落ち着いているのだ。そうでなければ、もっと心に抑揚が働く筈だ。

「奥方様から伝言だ。今まで、ご苦労だった。今夜、あれを解き放つ。お前の命とともにな。泉でおまえを待っている。

 早く来ぬと、巴がどうなっても知らんぞ。とな」

「あい、わかった」

 正盛は、瞬時に刹那の首を刎ねた。刹那からも生気は感じられなかった。刎ねられた刹那の口と鼻から、眩く光る霧が出ていった。洞窟からも眩く光る霧が束になって出て行くのが見えた。あれは淀みだ。やはり、この時代にもあったのだ。やがてそれらはひとつに固まり、森の奥へと流れて行った。

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