第十四話 祖母の思い出
七月七日。全国的に七夕であるこの日、大衆食堂「おふくろの味」は臨時定休日だ。一年のうちこの日だけは、我が木村家は、朝から慌ただしく活動する。普段はめったに顔も合わさないような遠縁の親戚、そして坊さんもやってきて、いつもはだだ広いうちの庭も物と人で埋め尽くされてしまう。
今日は、我が祖母、木村千代の四十三回忌だ。彼女が存命だったら、今日で六十歳の誕生日を迎えていたことだろう。祖母の命日は、同時に誕生日でもあるのだ。
俺には婆ちゃんの記憶などない。婆ちゃんは、父ちゃんを生んで一年足らずで亡くなったのだから。当然、父ちゃんにも母である婆ちゃんの記憶は無い。親子三人で写っている写真は、父ちゃんが生まれた翌年の初詣の写真が最後だったらしい。爺ちゃんも若いが、婆ちゃんはなんと十七歳だったのだ。
十七歳なら、俺やマユと大して違わない年だ。写真の婆ちゃんは黒く艶やかな長い髪で、天使のように可愛いくて、でも十七歳にしてはしっかりしているようで、少し大人ぽいかな。だけども、婆ちゃんていう感じは全然しない。でも、婆ちゃんがどうして亡くなったかについては、爺ちゃんも父ちゃんも事故であったという以外は詳しくは教えてくれない。時期が来たら教えると言われ、早、十六年だ。
爺ちゃんはいったいどういう思いで、四十三年間も婆ちゃんの遺影を見てきたのだろうか?
俺には、想像つかない。俺は、まだ身近な人を亡くしたことがないからな。そういえば、黄泉と出逢った頃、マユの死を仮想現実で見せられたが、おそらくあの時の思いに近いものを四十三年間心に刻みつけていたと考えればいいのだろうな。
だけど、それはなんという酷い生き地獄なんだ。俺なら一週間でも気が狂ってしまいそうだ。
法事が始まるまでの間は、俺も何かと忙しい。遠方からの方を控えの間に案内したり、お茶をだしたり、法事の間を整えたりと朝からせかせかと動きまわっている。兄貴がいるときは、兄貴と姉貴で殆どやってしまっていたので、まだ中坊になりたての俺は、かえって足手まといだったように思う。
兄貴が居なくなっても、姉貴は、この婆ちゃんの法事だけは、髪を黒に戻して昔のような落ち着いた大人の女性の振る舞いをする。俺には、よく分からないが格式の高そうな家柄の人々も集まるらしいので、そそうは出来ないということらしいのかもしれない。
とりあえず俺は、なぜか受付係を任されてしまった。そろそろ、親族とも顔つなぎをしておけという爺ちゃんの指示のようなのだが、殆どが見覚えのない人ばかりなんだな。
「あら、健児さん」
何! 健児さんだって! だ、誰だ俺をそこまで丁寧に呼んでくださる方は!
顔を上げたそこには喪服的なレース編みの入った落ち着いたドレスをまとった、あのエロ可愛い、白鳥さんがいらっしゃったのだ!
無意識に股間に大きなミミズ腫れを起こさせ兼ねない程の血流が、我が下半身へと流れ込んだのだ。
「あ、あなたは、し、し、しら、白鳥さん!」
思わず声がうわずってしまった。これは、学校の制服よりも何倍も美しいではないか! 本当に同学年なのか?
「で、でも、どうして」
「申し上げていませんでしたけど、わたくし、あなたとは遠縁の親戚にあたりましてよ!」
え、何! いきなりテンション下がったぞ! でも、遠縁ってどのくらいなんだろうか?
「あなたのお爺様と、お婆様くらいですわ!」
気づけば、顔が近い。な、なんだこの威圧感。だが、同時に得もしれぬフェロモン香が、かー、たまらん!
え、爺ちゃんと婆ちゃんくらいの関係ってどういう意味だ!
「えっちをして、子供を作れる。もとい、ご結婚できる関係ってことですよ」
俺の耳元で女が囁いた。おまけに生温かい吐息を吹きかけやがった。おまえ誰だ!と大声を上げそうになったが、列が詰まっていたので留まった。気づけば、白鳥さんも、囁やき女もいなかった。
すると、おほんっと咳払いをする目つきの鋭い背筋のぴんとしたやや白髪混じりのご婦人が俺を見ていた。
でへへとニヤケ笑いでごまかし、思わずハエ男になる情けない俺。爺ちゃんがいたら、即効で面を打たれ瞬絶してるところだぜ。危ない、危ない。
だが俺は、その老ご婦人が書いた名前に釘付けになった。”比良坂弥生“とあったのだ。“比良坂”は黄泉が名乗っている苗字だ。そして、”弥生“は、婆ちゃんの年の離れた姉ちゃんの名だ。まさか、さっきの人が婆ちゃんの姉ちゃんなのか?
いや、待て。弥生なんて名前、別に珍しくないだろう。婆ちゃんは生きてれば六十だけど、その年の離れたお姉さんは、確か十二くらい上のはずだぜ。あんなに若々しいわけないしな。
おほん、おほん、とまた列を詰まらせてしまった俺は、二馬鹿に撒き餌をして記帳作業を促進させた。だが、遠くから爺ちゃんの視線を感じた。これはまた後で、説教がきそうだ。
つつがなく法事は終わり、夕方からは雨が降り出した。そういえば、黄泉は家族では無かったが、どうしても出席したいと申し出たので、座敷の隅の方で座っていた。まったく知らない人の筈なのになぜだか、黄泉はうつむいて手を合わせて涙を流していた。
俺には婆ちゃんの実感がなさすぎて、毎年、この法事ではどういう顔をしていいか分からずにいる。でも、どういう訳か、同じように知らない筈の姉ちゃんや五年前に家を出て行った兄ちゃん、そして母ちゃんまでもが、深刻なほどに悲しい顔をしていたことを思い出した。それとも俺が薄情なのだろうか。
そういえば裕次郎兄貴も不思議だ。武道が生に合わんとして家を出たと爺ちゃんは言うが、当時十一の俺にはそうは見えなかった。稽古は厳しかったみたいだが、弱音を吐いているとことは一度も見たことないし、俺にも優しく教えてくれた。マユも兄貴にはホの字のようだった。兄貴を見る目は、正に恋する乙女のまなざしだった。その弟へは、舎弟でも見る目だがな。黄泉が今居る部屋もかつては兄貴の部屋だったんだよなあ。
五年前か・・・・。確かに何かあったような気がするんだ。でも、五年前のことだけはよく覚えていない、記憶が混乱しているというより、ある時期の記憶がすっぽり取り除かれた感じだ。
姉ちゃんも変わった。五年前までは黒く長い髪をなびかせ清楚な雰囲気だったが、今は髪も染めて短くなってがさつになった。昔の雰囲気に戻るのは婆ちゃんの法事の時のように親戚の人達と会するような時くらいだ。
彼女は、今でも俺の自慢の姉ではあるが、無理にふざけているようにも見えて、時折、悲しい顔をすることもあり、何かを思いつめているような気がする。
親戚同士の食事会も終わって、皆、家路につき始めた。遠方の方は、離れの迎賓館に一泊頂いて、明日、お帰りいただくようだ。
そう、うちの裏手には迎賓館と呼ばれる和洋折衷の宿泊施設がある。明治時代からあるらしく、木村家は、建屋の維持管理を任されているのだ。持ち主は政府高官だかのとにかく偉い人らしい。頭の悪い俺には、その程度しか分からねえ。
白鳥零香嬢とはその後、迎賓館へ向かう前に三十分程話をすることが出来た。今日の彼女は、とにかく最初に学校で逢った印象とは180度違って見えた。お嬢様にありがちな、高飛車さなどもなく、丁寧で、そこはかとなく気品を感じさせながらも、話ぶりは至って普通の女子高生だったのだ。
まあ、俺の周囲の女どもは見てくれこそ並以上だが、性格は、こと俺に対する仕打ちは下僕の扱いだからな。初めて、人間扱いされたって感じがしたよ。
それにしても嬉しいじゃないか、何と彼女は、この俺に小学校時代から片思いしてくれてたらしいのだ!
月刊剣道が愛読書で、俺が取り上げられた記事は、学校新聞の類までスクラップしてくれてるというから参ったね。俺が、忘れちまってたエピソードまでしっかり、記憶しててくれたなんて光栄だよ。しかも、しかもだ。行ける試合には、会場にまで足を運んで見てくれてたというじゃないか!
それだったら、声をかけてくれていたらなんて思いたいが、そんなしおらしいところが彼女の魅力と言うべきではないだろうか。
これは、秋の体育祭、スキー修学旅行が 今から楽しみだなあ!うへへへへへ。
だけど、「今度から、麗香とお呼びいただいてよくってよ!」と言われたのには、すこし照れるよな。と、いうかすぐには言えないな。やっぱり言わないといけないのだろうか?
家に上がると、縁側の板張りにあるテーブルで爺ちゃんはソファーに腰をおろし、昔のアルバムを見ていた。重ねられたテーブルのアルバムの脇には、婆ちゃんの大好物だった甘味屋の桜餅が小皿にのせてある。兄貴の同級生だった甘味屋の千夏さんが届けてくれたのだろう。
そして、いつもなぜか、綺麗にアイロンをかけて折りたたんだ真っ白なYシャツもおかれている。法事の後は、いつもそうだ。
爺ちゃんは二十六歳、婆ちゃんは十六歳で結婚したとは聞いていたが、二人の出会いはもっと、そう六年くらい前だったと聞いたことがある。そうなると、爺ちゃんは二十歳、婆ちゃんは十歳になるけど。爺ちゃんは、ロリコンだったか?
昔の人は、特に女性は今の俺たちよりも早熟だったらしいけど、謎だ。でも、爺ちゃんが、本当に婆ちゃんを心から愛していたことは俺にもわかる。爺ちゃんの態度がそう言っている。ロリコンとか茶化すことなど不謹慎だ。今日だけは、爺ちゃんをそっとしておきたい。




