第九話 昇格
「健児、短小。あがったぞ。二階の七番テーブルに短小、三皿だ。早く届けて来い!」
えええ、えええ。どーせ、俺は短小ですよ。中学生の女の子にも言われるほどに、ナニの小さな男ですがな・・・・・・。手に持たされたものはタン塩だった。
久遠川の土手では、少しばかり早めの花火が上がっている。この町には古くから花火職人がいるんで、夏の花火大会以外でもこうして月に一度は、試し打ち上げも兼ねて、ささやかながらの花火が打ち上げられる。
そして、我が木村屋おふくろ食堂は、これから夏にかけて、ベランダや中庭を解放して、ビアガーデンを兼ねるってわけだ。ちょと前まで、ボランティア清掃兼使いっぱ仕事で汗だくだったんで、井戸で汗流して、今度は家業の手伝いと大急がしだ。
ボランティア清掃するときは、部活できないが、そもそもちょろっと顔だして、練習は一年の朝比奈に任せて、いつもフケてるからどのみち同じだ。練習試合じゃ、負けてねえからな。実力があれば、練習はしゃかりきにやる必要は無いんだな。うちの部は。マユも呆れてるが、それでも大会の三日前からなら団体戦の練習とかはやってるがな。
「健児、邪魔、邪魔! あんた図体でかいんだからさ、ぼさっと、突っ立つなよ!」
はっぴ姿にハチマキの豪田が俺の肩につかかり、威勢のいい啖呵をきる。部活を辞めて、髪もスポーツ刈りからショートになって、なんかいい感じになったって感じがする。
「健くん、邪魔、邪魔」
「キミ、どきたまえよ」
生徒会長にして、幼稚園時代からの幼馴染の霧子と黄泉こと木村家同居人の小夜さまが、せかせかと走り去っていく。意外といっては霧子に失礼だが、あの生真面目で、活発そうな友達などいそうにないと思っていたのに、妙に黄泉とは馬があっているように見えた。まるで仲のいい姉妹って感じだ。
でも、なんで公立の高校生がこんなところでアルバイトしているかって言うとだな。数十年前なら、家庭の事情でもない限り、公にわかるようなアルバイトは禁止が普通だったんだが、子供のうちから経済力を身につけることは必要だと、教育方針も変わり、うちみたくまともな所ならバイトOKになったんだな。
先進国じゃアルバイトはむしろ奨励されてるんだから、遅すぎる対応なんだよな。
おれは階段なんか登らずはしごを上る。ひょいと命綱をひっかけ、片手に短小ならぬ、タン塩三皿乗っけて登るのだ。こっちの方が断然早いからな。
ビールに焼き鳥、串かつ、から揚げ、枝豆と、次から次へと注文が殺到しやがり大忙しだ。このみと早苗は、子供たち相手に金魚すくいをやっている。地元商工会の組合メンバーも定期的に入れ替わって出店を出しに来る。お互い持ちつ持たれつってことなんだろう。
「マユ様、待ってました!」
当然、三馬鹿の田上も神谷も来ているが、ステージで居合いをやってるマユをかぶりつきで見てやがる。あの野郎、サボりやがって。つかつかと近寄った俺は、三馬鹿の二ヘッドを乱れ殴る。このとき、ステージのマユと目線があったが、マユはツンとして無視しやがった。無理もない。昨晩のあれじゃ、ニコリもできんというものだ。
このみの妙な告白の後、俺は中庭でマユに呼び止められた。あいつは部活の後も道場に来ることは珍しくなかった。なんせお隣さんだからな。そして、俺は振り向き様に防具無しの素面をくらった。地面に崩れ落ちる俺に、マユの罵声が飛んできた。
「このド変態!」
ブレーキの壊れたハマーは、突如、暴走を始めた。髪の毛が逆立ち、目は赤く光っていた。もちろん、光っていたわけではないが、そういう雰囲気だったということだ。もうとにかく、試合でも滅多に出てこない、マユの猛攻が始まった。しかも、こっちは防具なしと来ている。小手はめちゃくちゃ痛いし、突きも半端なく痛い。俺は全身あざだらけ。竹刀は五本折れ、最後は、合気道の投げもあった。
中庭に大の字になった俺の目には、夜空に死超星が見えた。まじで、三ヶ月後に死ぬのは俺の間違いじゃないか?とさえ思える程だった。マユは衰弱しているどころか、より絞られて、動きに無駄がなくなり、的確に攻撃が当たるようになっていた。だがもし、毎日、この調子で攻められたら、三ヶ月はもたないだろうな。
「しばらく、あたしに顔見せんな! この小便小僧!」
なんとも手痛いマユの言葉だった。それとも短小野郎と言われなかったのは幸いだったか? 言われてたら俺は、自殺ものだったろうなあ。
このみー、あいつ、俺のナニ見て小さいって思ったって、そらあ、おまえの親父はスコットランド系日本人だろうが、西洋人の血をひくナニと純血日本人のナニを比較するんじゃねーよ。小さいに決まってるだろうが・・・・。しかし、あいつは大きいのがこのみだったのか? 清純そうな顔の下の心はわからねーもんだな。
もともと食堂なんで、ビアガーデンは十時にはお開きになる。バイト連中は九時にあがっているから、家の者と店員しか居なかった。俺は片付けものをすませると、冷たい井戸水で汗を流して、胴着に着替えて道場へ向かった。
一人大の字になって、寝そべり、黄泉様を待つことにした。黄泉も胴着で来るからなあ。色気ねーよ。まったく。まあ、髪をまとめたうなじと、胸元だけはいいがなあ。
「こら! 邪な心を表に出すな!」
裸足の素足が俺の顔面に落ちる。体重軽いくせに、なんだこの力は。こんなんで本気で踏まれりゃあ、つま先、骨折するわな。あの久商の学生たち、黄泉につま先踏まれて複雑骨折させられたとは、黄泉も容赦ねーよな。しかも後頭部の打撲も相当にひどく、黄泉刀で顎をカチ割られた奴は、脳震盪まで起こして、まあとにかく、意識が戻ったあとは激痛でのたうちまわっていたとか聞いたなあ。
この件の処理はあたしに任せろ! って、黄泉は自信満々だったが、任せろも何も、学生達に大けが負わせたのは、他でもない黄泉なんだがなあ。何を言ってんだか。
「こら、よそ見すんな!」
いきなり、木薙刀での素早い突き連射。呼吸を合わせて気の流れを読みなんとかかわす俺。ところが、胴着をはたけさせて、生乳見せて、顔面直撃。
「おまえ、何すんだよ!」
「名付けて、”天国と地獄”」
黄泉は、はだけた胸元を戻しつつ、決め台詞のように言った。
「いや、名前はいいから、それ、卑怯だろう。いきなり、生乳出しは!」
「心配するな! これはウレタン性のギミックだ。本物ではない!」
「いや、いやそういうこっちゃなくてな、若い娘が乳出したら誰だって、びっくりするだろうが!」
「キミ、キミ! 何を言うか! 戦場では何が起こるかわからんのだ。常に心は洗浄しておけ。そうでないと、つまらんことにとらわれ、命を落とすことになるぞ!」
あれ? なんかところどころ気になる発言があったぞ。戦場? 命を落とす? 俺、パシリだろう。生死にかかわるようなこと無いんじゃなかったのか? えええ。聞き違い?
「こら! 気をそらすな!」
胸に黄泉の右腕があたったと思ったら、今度は宙を舞い、床にたたきつけられた。
「いてー、板張りで投げるなよ、受け身そこなって頭打ったらどうすんだよ」
立ち上がると、すかさず、足下をくずされ前のめり倒れ込まされ、腕を固められた。どんなときにも呼吸を乱すなというのがこの訓練の鍵なのだが、さすがに乳出しは反則だろう。
こっちもやるか? いや、やめておけ、かえって危険だ。男にとっては急所だし。黄泉の奴は、会った日からずっと見ているから既に見慣れている。逆にいじられて辱めを受けるのがオチだ。
じゃあ、呼吸を止めてやろう。ビンゴだった。呼吸のタイミングを読めなくなった黄泉は動揺し、動きが乱れた。俺は瞬間に出来た隙を逃さなかった。黄泉の足をすくうと、床に転がし、両足をからめ、右腕腕も固めて床に押しつけた。
はじめて、とういうか、今までどうして倒せなかったのかが不思議なくらいに簡単に動けた。とうの黄泉も呆気にとられていたが、両目をかっと見開いて、関節固めを解き、直ぐさま立ち上がった。
「凄いじゃないか、キミ。まさか、呼吸を止めてかかってくるとはね。すごいな。もう極意体得って感じだよ」と、感動していた。
「極意、なんだそれ」
「奴らと戦うには、こちらの気も感づかれない方がいいんだよ。だからここぞという時は息を止めて戦うんだ。そうすると奴らは私たちの気が読めなくなって、分散もできなければ、集結も出来なくなる。そこに隙が生まれて、吸収、浄化するというわけさ」
「ちょっと、待てよ。おまえ”戦う”って言ったよな。”戦う”って何だよ。戦うのはおまえで、俺は後方支援とか、情報収集だろう。それを今までやってたじゃねーか」
黄泉は意外な顔をして、そっぽを向き口笛を吹いてごまかそうとした。俺は、黄泉の口元をつかんだ。
「こっち、向け!」
「ふっ、バレてはしょうがないな」
黄泉はすっと俺の手を交わし、からめていた足もほどいてすっくと立ち上がると、ふところからふたつの書面を抜き取った。
「ジャジャーン!ここにふたつの吉報があります。
どちらも、キミ宛てだ。ひとつは久遠舞警察署からの感謝状。もうひとつは、うちの組織からの昇格通知だ。キミはどっちから聞きたい?」
どっちも身に覚えがなさ過ぎて、俺には何のことか分からなかった。
「やっぱ、こっちがいいよね。昇格通知だぞー!」
黄泉は、一通の封書を取り出しピラピラ見せて、めちゃくちゃ上機嫌だ。いつになく、戯けてやがる。
「前略 木村健児殿、貴殿はこのたび黄泉戻師現地補佐補助員から、黄泉戻師補佐役とし、階級を三尉とする・・・・・」
「はああ・・・・・? 何それ、何の冗談だ」
俺は訳がわからなかった。
「つまりだねー、あの不良どもとの戦いのデータからキミが黄泉戻師としての素質を持っていると認められたのだよ。昭ちゃんの目に狂いはなかったと言うことだね」
「俺、顔殴っただけで、そのあと吹っ飛ばされただけじゃねーか。昭ちゃん・・・、て、爺ちゃんのことかよ」
「いや、いや、キミの闘気は、不良の体を突き抜けて後方の、淀みに衝撃波を与えてさ、なんと結構、粉砕してたんだよ。だから、わたしも浄化しやすかったのさ。
わたしの危機を見て、力が覚醒するなんて、キミはやっぱりわたしの王子様だ」
黄泉は俺に抱きついて喜ぶが、俺はもう、黄泉が何言っているかさっぱりだった。
「次もいいニュースだ。札付きの不良学生達から女子高生を救ったキミへの警察署からの感謝状だ。
いいか、キミは守手高の才女、神平小夜を不良学生グループから捨て身で助けたんだ。
どうだ、キミは我が校のヒーローだぞ。立ちションの不名誉話なんか消し飛ぶぞ。どうだ、すごいだろう」
ああ、そっちは感謝したいかも。まあ、どっちにしても、俺の働きでマユを救えるなら、だまされたこともひっくるめて受け入れてやろう。
次はいったいどんな仕掛けをしてるんだい黄泉ちゃんよ。




