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黄泉戻師(よみし)  作者: 星歩人
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プロローグ

■登場人物のご紹介

木村健児きむら けんじ

 本編の主人公、バカでえっちだが正義感や友情に熱く、自然と動物が好きな健康的な高校二年生の男子で四月一日生まれの十七才。高校では男子剣道部の部長だが、女子と統合しており副部長なのだがサボり癖が抜けない。だが、大会では小学校から負け知らずである。

 実家は父親が定食屋と柔道の道場を経営、祖父が剣道場を経営し、家族全員武道に秀でる格闘一家の次男坊。

 実は古の不思議な力を持つ一族の末裔である。


早瀬真由美はやせ まゆみ

 健児の小学校低学年時代からの幼なじみで、親友。典型的な体育会系女子で健児なみの熱血漢。ボーイッシュな容姿から女子の人気も高い。女子剣道部の部長で統合剣道部の部長、陸上部も臨時部員として席をおいている。高校二年生の女子で三月三日生まれの十六歳。

 母親は名女優だったが一般人である夫の転職(脱サラで農業)を期とした転居で女優業を引退する。子供時代は、ヒーロー戦隊ものや国営放送の朝ドラなどで名演を残した子役だった。

 小学校の時、健児に剣道で勝負を挑み大敗する。健児はボーイッシュだった彼女を男と誤認し徹底的に叩きのめした。以降は、女とわかり手加減しているが彼女はそれがなによりも嫌いである。


比良坂黄泉ひらさか よみ

 古の不思議な力を持つ末裔の組織より派遣されて来た国家特務機関のエージェント。

 夕日を背に赤とんぼが飛んでいる。あれはあいつの魂がのっているのだろうか。俺は川原の芝生に寝そべって、一匹の赤とんぼが飛んでいるのをじっと眺めていた。


 今日は葬式だった。俺がよく知っているあいつの葬式だった。遺影のあいつはほがらかに笑っていた。使われていた写真は去年の文化祭のもので、【すばらしい笑顔百選】と題して、写真部が文化祭で撮った一枚だった。写真を見るだけで、あの時のことが鮮明に思い出される。

 ちょっとぽっちゃりしていて、男勝りで、勝気だったけど、とても繊細で、責任感も強くて、おせっかいで、本当にいいやつだった。

 なのに、あいつはもういない。あいつの死に顔はとても安らかだった。少し細くなってはいたけど、まるで眠っているようだった。鼻をつまんでやったら、「何すんだこのやろー、あたしを殺す気か!」とばかりに、金蹴りされてしまいそうなほどに頬も赤くて、艶があって綺麗だった。

 葬儀屋が気を配ってくれたんだろう。唇にはほのかに紅がさしてあった。まだ十六歳、まだこれからいろんな事があっただろうに。あいつは、逝ってしまった。


 あいつの死因は、心臓発作だった。心臓病があったわけでも、病気がちでもなかったハズなのに。陸上部では男子よりも早くて、高く飛べて、剣道部も掛け持ちしてて、男子も合わせた剣道部の部長も兼ねていた。そして、男よりも強くて、どの男どもよりもナイスガイだった。

 そんなあいつだから言い寄ってくる男どもは多かった。後輩の女生徒たちにも大モテだった。だが、あいつは、俺のあいつは、ちゃらい男どもになびくようなタマでは無かった。当然、俺の事も『男』とは思ってくれてなかったんだろう。舎弟かよくて弟どまりということだったかもしれない。あるいは、ダチくらいには思ってくれてたんだろうか?

 守手もりて高校一の人気者、『早瀬真由美はやせ まゆみ』。通称『ハマミ』。時折、重装甲車ばりの馬力で突進してくるところから『ハマー』と言われることもあったっけ。

 死ぬ数ヵ月前のあいつは、結構、細面の美人に変貌していた。もともとぽっちゃりしてたとはいえ、彼女のお姉さんは、ファッション雑誌のモデルをやっているし、お母さんは元女優というサラブレッド一家だった。それが痩せれば当然、美人になる図式である。でも、俺は、痩せたあいつよりぽっちゃりしていた頃のあいつの方が好きだった。

 あいつはもういない。目の前の景色が涙で歪みっぱなしだ。枯れたと思ったのに、思い出すたびに涙が溢れ出てしまう。


「おい!」

 あいつが俺を怒鳴る声が聞こえるなんて、傷心な状態を自覚しているとは言っても実際どうかしてる。

「おい! 健児! おい!」

 だがその声は恐ろしいまでにリアルだった。幻聴もここまで来ると、気持ちいい。マユ、俺をもっとなじってくれ! 今日は徹底的に! と、俺はその心の声に身を委ねたい気持ちになった。

「おいったら、おい! 健児、貴様、聞こえてるんだろう!」

 その声が幻聴などではないと気づいたのはその時だった。なぜかと言えば、背後に人の気配を感じたからだ。いくら馬鹿に様がつけられる程の俺でも人の気配はわかる。これでも剣道二段なのだ。俺はおそるおそる声がする方を見上げると、そこにはあいつがいた。しかも、上手に立っているから制服のスカートの中のパンツが丸見えだった。結構細かい刺繍が入って小さなフリルもついていて、かなりおしゃれな勝負パンツだった。いや、俺は勝負パンツ履いてくる女子と関係なんか持ったことはないので、あくまでもこれは俺の想像でしかないのだが。そこに勇ましいまでの表情で、竹刀を片手にその剣先を肩に当てて、凄みさえ感じる形相で睨み付けていた。

「ぐあ!!」

 突然襲ってきた眉間への強烈な突きの一撃とともに虹色の星が強制的に閉じられた瞳の中でまばたいた。そして、反射的に俺の手足は痙攣でも起こしたかのように真上に上がった。このジーンと生温かい痛みは本物だ。そして、この感じはまさにあいつ、マユだった。

 俺は激痛で思わず閉じた瞼をうっすらと開けた。白だと思っていたそれほど厚めではない布地は薄いピンクだった。シミなし、ハミ毛なし。生傷だらけのむっちりした素足、遙か上の方にはふたつの山脈が鎮座しその山の間から、大魔神の血走った目が俺を睨みつけていた。


「ご、ごめん、マユ。部活さぼって、今日はちょっと用事があったんだ。お、俺の大事な人の葬式でさ、クラスの女子の早瀬真由美で」とそこまで説明して、俺ははたと我に返った。反射的に土下座をして、慌てて説明してはみたものの、目の前に立っているのは、その早瀬真由美本人なのだ。

「マユ! 本当にお、おまえなのか?」

「誰が『おまえ』だ!」

 マユは竹刀の先でみぞおち付近を突いた。この迷いの無い的確な突き、腰も砕けそうな程の激痛、まさにそれはマユの突きだった。

「い、いや、ちょっとまてよ。まってくれよ。俺はさっき、おまえの葬儀に出て、おまえの骨を拾って、骨壷におさめたんだよ。クラスのみんなも、部の後輩たちも来てて、みんな号泣してた。おまえのお母さんなんか気も狂わんばかりに、泣きじゃくっていたんだよ。

 あ、でも、おまえ。いつものマユだなあ。全然痩せてねえ、顔も田舎の子供みたいにピンク色でぽっちゃりしてる。なんでだ。これは夢なのか」

「誰が、田舎の子供だ!」

 またも容赦ない突きが来た。今度は的確にみぞおちに入れられた。これは流石に痛すぎた。いくらなんでも、洒落にならない。このまま無防備に急所を打たれ続ければ、俺のほうが仏になってしまう。しかも驚くことにあの葬式が夢だったという事実を突きつけられたのだ。それもついさっき火葬され骨を拾ったというのに、その本人が俺の目の前にいるのだ。あれが夢なぞありはしないのだ。男女を越えた親友の葬式だぞ。いくら寝ぼけていたって正気に戻る衝撃だぞ。だが、ここにいるマユは本物だ。それだけは断言できる。

「あん、あたしの葬式だあ。おまえ、何寝ぼけてんだ。健児! 部活サボった上に妄想かあ?弛んでるぞ! 都大会まで一週間しかないんだぞ!気合入れろ! 今から兎飛びで、学校に戻んぞ! 更にグランド三十周だ!」

 びっしっと、しなりのきいたマユの竹刀の振りが俺の尻にヒットした。熱く激しい痛みがケツの肉を伝わって来る。

「や、やります、やります」

 俺は両手を後ろに回して組むと、うさぎ跳びを始めた。


「くう、あははははははは・・・・」


マユは突然に大声で笑い出した。だが、振り返ると、いつの間にかマユは居なくなっていた。そして、マユの代わりに見知らぬ女子がいた。黒装束を身にまとい、まるで魔道士のような姿をした黒髪の少女がそこに立っていた。


「木村健児くん、はじめまして!」


 少女は真顔で僕を見つめた。目が隠れる程の長い黒い髪の間からは血のように赤黒い瞳が凛々と輝き、俺をじっと見つめていた。


 時に陛静二十五年(征暦二〇一五年)、五月三十一日のことだった――――

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