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4月 オリエンテーション・キャンプ(2)

――side: 春風ミユウ


 オリエンテーションキャンプ。それは新たなイベントの起こる学校行事であることには間違いないだろう、そう思って行きのバスではかねてより目をつけていた紫葉マサタカのとなりの席を確保して積極的に話しかけた。

「ねえ、紫葉くん、研修楽しみだね!」

「……そう……?」

「そうだよ! わたし、できるだけたくさんの人とお話しして仲良くなりたい。入学したばっかりだからまだ友だち少ないんだ。紫葉くんとも仲良くしたいって思ってるんだよ」

「………………」

「紫葉くんも園生学園は高校からだよね?」

「……そう」

「もう慣れた?」

「まあまあ」

「……わたし、バスの中で寝ちゃうかも。どんなことするんだろうって、楽しみであんまり夜寝られなかったの。もし寝ちゃったら起こしてね」

「いいけど……することは研修のしおりに書いてある」

「……まあ、そうなんだけど。でも予定はわかっても起こることはわからないでしょ?」

「あ、猫……」

「………………」

(こいつ……!)

 この男と会話を成立させるのは困難だとすぐにわかった。その後も何度か挑戦してみたけど、どれも似たような結果に終わった。こいつがいつもひとりでいる理由がなんとなくわかった。基本的に人と仲良くしたいとは思ってないし、人にどう思われても構わないと思っているし、そんなやつに近寄る人間はいないからだ。顔はかっこいいのに表情がぼやっとしていてもったいない。

 わたしみたいな美少女が可愛らしく話しかけているんだから喜べばいいのに、そうしないのはこの白痴美が特殊な美的感覚を持っているか白痴美らしく何も考えていないかのどちらかだからだろう。それでも『六葉一花』なのだから攻略する道はあるはずだ。態度には苛々するけど顔はかっこいいのだから頑張れる。でもちょっとわたしの心が荒れたから、後半は美少年で癒すことにした。


 就寝時間になったからといって素直に寝るようなやつは高校生ではない、お子様だ。そういうわけでわたしの部屋でもガールズトークと称したしょぼい恋愛体験談を語るというようなことが行われている。

(馬っ鹿じゃないの?)

 恋愛は体験して楽しむものであって語るものではない。もちろんわたしはそんな場になんかいない。彼女たちがお互いの限りなくどうでもいい恋愛話をしているあいだに行動する。そこが彼女たち普通の女ともてる女であるわたしとの違いだ。わたしは素晴らしく可愛いけど頭も悪くないのだ。少なくとも種をまかず収穫を期待するような馬鹿ではない。


 きっと夜中に誰かイケメンが喧騒を離れひとりで出てきて物思いに沈むようなことがあるだろう、という予測のもとに男子に割り当てられた部屋の近辺や自販機コーナーをうろうろしていたけど、けっこう人通りがあったしこんなところを女子に見られたら男漁りをしていると醜い嫉妬で中傷されそうだったから、もっと人気のない外の日本庭園まで出た。

 夜だから暗いし寒くて、一瞬、何やってるんだろう、と我に返りそうだったけど意地で帰らなかった。


「そこで何やってるの?」

(イエス! さすがわたし! 天才美少女!)

 わたしの努力が報われた瞬間だった。この一声でわかった。青葉ミズキの声だった。

「……誰?」

 すかさず怯えたような、警戒しているようなそぶりをする。

「青葉ミズキ。僕だよ」

「どこ?」

 暗いせいで美少年の顔が見えなくて探していたら、いきなり腕をつかまれて顔を至近距離まで寄せられていた。くりくりした目、さくらんぼみたいな唇。女顔でかつ童顔の可愛らしい顔に近くでにっこり微笑まれて、わたしはうっかり赤面してしまった。

「あ、そこにいたんだ……」

「うん。春風さんはどうしてこんなところにいるのかな?」

「ちょっと、にぎやかなところから離れたくなったの。青葉くんはどうして?」

「僕も春風さんと同じだよ」

(やっぱりね!)

 美少年はそういうタイプだと思っていた。優等生でリーダー的存在で友人も多くユーモアのセンスもあるこの美少年は、実は疲れていて孤独で自分の立場から逃避したがっている、というキャラ設定。そういう鬱になりやすそうなタイプ。

「……あのさ、青葉くん、無理して笑わなくていいよ」

「それはどういう――」

「疲れるでしょ?」

 こういうタイプには、そのままのあなたを受け入れますよ、という身振りが大切なのだ。そうして、本当の自分をわかってくれるのはミユウしかいない、本当の自分でいられるのはミユウのそばだけだ、と考えてくれるように誘導するのが攻略のポイントだ。

 案の定、美少年の表情が歪んだ。

「――僕、そんなにわかりやすいかなあ?」

「見てたからわかるよ」

「そう、そっか……」

「だからね――」

「いつから見てたの?」

 美少年の声色が、冷たく威圧的なものに変わって、わたしの言葉を遮った。そんなことをされたらいつもなら、どういう教育受けてんの!?と苛々するけど、今のわたしは寛容だった。

(よーしよしよし、いい兆候)

 わたしを試しているのだと、わたしにはバレバレだった。これは一種の試し行動なのだ。わたしがどこまで自分を受けとめることができるのか、その許容の限度を知ろうとしてあえて怒らせたり困らせたり怯ませたりうんざりさせたりしようとする。そうとわかっていているのだから、わたしは許して受け入れるという選択肢をとり続ければいいだけの話だった。

「最初からだよ。入学してきた最初から、青葉くんのことは気になってたの」

「最初から……? 僕、うまく本性は隠せてると思ってたんだけどな」

「隠せてると思うよ。でも青葉くん、みんなと一緒にいてもときどき冷めた目してるよ」

 美少年のことはガン見していたから間違いない。

「……何が望みなのかな」

 美少年には人間不信属性もあったらしい。人間関係はすべて打算とでも思っていそうな言いように聞こえたけど、これも試し行動だ。

(笑顔、笑顔)

「青葉くんと仲良くしたいな」

「ふうん。それで春風さんにはどんなメリットがあるんだよ?」

「メリットとか、そういうのじゃないよ」

「はあ? 言う気ないってこと?」

「わからないなら、今は青葉くんと仲良くできることがメリットだって思ってくれればいいよ」

 仲良くしたいってだけの言葉にここまで絡んでこられても困る。もちろんわたしのハーレムに加えたいという下心はあるけど、それを言うわけにもいかないし。

「これからは名前で呼ぼうよ。よろしくね、ミズキ」




――side: 青葉ミズキ


 オリエンテーションキャンプの夜、僕は部屋から抜け出して、人気がなくてほどほどに目隠しもある日本庭園に来ていた。飛び石が打ってある小道から少し外れた、松の下。ツツジが垣となってうまく姿を隠してくれるところが密会の場所だった。

「やあマサタカ。待たせた?」

「……別に」

 座って背中を松に寄り掛からせていた紫葉マサタカは、僕が現れても首をちょっと動かしただけだった。

「部屋に見回りが来る前にさくさく終わらそう」

「………………」

「生徒会選挙の告示があっただろ。ちゃんと見たか?」

「見た」

「それならいいんだけどさ。……それにしても信任投票とはね。橙花先輩、日和ったな。最初の計画は破棄な。でも基本方針は変わらないから」

「ミズキがやりすぎたんじゃないのか」

「違うって。予定外のことが起きたんだよ。言っただろ」

 あそこで春風ミユウさえいなければ。

「そういえばマサタカ、今日バスで春風ミユウのとなりに座ってたよな。どんな話してたんだ?」

「普通」

「答える気ある、お前?」

「………………」

「いいんだけどさ」

 ここで初めてマサタカから口を開いた。

「黒羽アツシが点を稼いだ。どうなる?」

「ん? うん、しばらくは赤葉先輩優勢で安定だろうな。黒羽先輩は……どうだろうなー。2年は黄葉先輩も藍葉兄弟もいるからな。あの人たちの下で満足するような人じゃないから、まだ動くだろうけど」

「赤葉キョウスケのほうにつかなくてよかったのか?」

 今になってようやく僕と自分が勝ち組についていないことに不安を覚えたのだろうか? マサタカは超然としているように見えて、案外ちゃんと自分が将来の紫葉家を背負って立つ人間だということを自覚している。それは結構だが、どうにもこういう裏工作の適性が低いところが不安要素だった。

「いいんだよ。今さらついたっておいしくない。僕あの人嫌いだし。

 橙花先輩もだけどさ、とくに赤葉先輩は他人が自分に迎合するのが当たり前だと思ってるんだ。そんな人を支持したって、向こうからしてみれば当然のことなんだよ。いつもそうだったんだから。勝ち馬の尻に乗ろうとしていると思われるだけ。味方がいなくなって崖っぷちに立って初めて他人のありがたさってのがわかるんだ。自分を売り込むならそのタイミングだろ。黒羽先輩はここのところがわかってない。だから赤葉先輩にいいように利用されるんだよ」

「橙花チトセはまだ高値をつけそうにないか?」

「まだだね。まだ余裕こいてる。橙花先輩にはもっと落ちてもらわないと――」

 マサタカは突然腕を振って話を遮り、押し殺した鋭い注意を投げた。

「人がいる」

 視線をたどっていくと、旅館から漏れる光にぼんやりシルエットが浮かび上がっているのが見えた。

「あれは……春風? なんでこんなところに」

 マサタカが、どうする、と向けてくる顔に手を振った。

「マサタカは部屋に帰れ。僕が行って適当にあしらってくるから」

 そうするよりほかなさそうだった。

(面倒なことになったな)

 どうごまかそうかと何パターンも考えながら近寄った。まずは聞かれていたのか見られていたのか、そうだとするとどこまでか探らなくてはならない。

「そこで何やってるの?」

「……誰?」

「青葉ミズキ。僕だよ」

「どこ?」

 暗くてわからないのかとぼけているのか。逃げられないように腕をつかんで、表情を見逃さないように顔を寄せた。威嚇をこめた笑顔を作ると、春風は何かやましいことが見つかったとでも思ったのか赤面した。

「あ、そこにいたんだ……」

「うん。春風さんはどうしてこんなところにいるのかな?」

「ちょっと、にぎやかなところから離れたくなったの。青葉くんはどうして?」

「僕も春風さんと同じだよ」

 ごまかせるか、と思って、いつもの優等生的笑顔をつくったときだった。春風は薄笑いを浮かべ、確信的な口ぶりでこう言ったのだった。

「……あのさ、青葉くん、無理して笑わなくていいよ」

 これにはさすがにぎょっとした。

「それはどういう――」

「疲れるでしょ?」

 本性なんてわかっているんだから演技をするだけ無駄だよ、と言外に言われたのだった。

「――僕、そんなにわかりやすいかなあ?」

「見てたからわかるよ」

「そう、そっか……」

「だからね――」

「どこから見てたの?」

 見ていたからわかる――投石事件のことだろうか、それとも先ほどのマサタカとの密会のことだろうか? 春風ミユウは投石の犯人を見ている可能性がある。マサタカは見られていないと思うと言っていたが、怪しいものだ。先ほどの話を聞かれていなかったとしてもマサタカの姿を見られていれば、投石事件と僕とを関連付けて考えられるだろう。

(こんな初っ端からつまずくなんて冗談じゃないぞ)

「最初からだよ。入学してきた最初から、青葉くんのことは気になってたの」

「最初から……? 僕、うまく本性は隠せてると思ってたんだけどな」

 どうやら僕の擬態はあっさり見破られていて、疑いを持たれていたらしい。

(ふん、なるほどね。僕はつけられていたのか)

 それでこんな時間のこんな場所に春風ミユウが現れたというわけか。

「隠せてると思うよ。でも青葉くん、みんなと一緒にいてもときどき冷めた目してるよ」

 僕はくちびるをかんだ。確かにときどきふと我に返って、しらけた気持ちで周りの笑っている友だちを見てしまうことがあった。

「……何が望みなのかな」

 僕とわざわざ接触を持ってこういう話をしてくる目的がわからない。

 春風はにんまりと笑った。

「青葉くんと仲良くしたいな」

「ふうん。それで春風さんにはどんなメリットがあるんだよ?」

「メリットとか、そういうのじゃないよ」

「はあ? 言う気ないってこと?」

「わからないなら、今は青葉くんと仲良くできることがメリットだって思ってくれればいいよ」

(僕と仲良くできることがメリット……?)

 将来の生徒会長となることを嘱望されている僕と協調関係を築きたいということだろうか? それとも対外的にそう見えるようにアピールしたいということだろうか? だとしたらどういう理由で?

 春風がどういう目的を持っているのかを探らなくてはならない。僕に選択肢はなさそうだった。

「これからは名前で呼ぼうよ。よろしくね、ミズキ」

 そう言って可愛らしく微笑む春風ミユウの顔が、初めてひどくあくどいものに見えた。


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