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4月 環境委員会

――side: 深川シズカ


 わたしと同じく外部から入学してきた女の子、春風ミユウさんはその名の雰囲気の通り、春の化身のような美しい女の子だった。ぱっちりとしたキャラメル色の両目、柔らかそうな頬、ピンクの髪――この季節をぎゅっと凝縮してできた女の子だと言われても信じられそうな気がした。この子だ、と一目でわかった。ヒロインはこの子だと。

 わたしが買ったゲームなのになぜかわたしでない人がプレイしているといったおかしみを感じたけれど、そのことに不満を抱きはしなかった。現実に恋愛できるような性質だったならわたしは乙女ゲームで疑似恋愛してみようとは思わなかった。虚構が現実になると困ってしまう。しかも結局買っただけでプレイした覚えはない。うまくやれる自信なんて全然ないから、むしろ春風さんがヒロインをやってくれて本当によかったと思っている。


 情けないことに、そのヒロインの存在に気づいたのは入学式の翌日になってからだった。

「深川さん、何か委員会に入るの?」

 福田さんが1限目に予定されているロングホームルームの話を振ってきた。

「そういうことは考えてないけど……福田さんはもう決めてるの?」

 考えていないというか、初耳だった。たぶん、昨日わたしがぼんやりしているあいだに、明日決めるというアナウンスがあったのだろう。

「ねえ、何の話?」

 明るい声とともにぽんと肩を叩かれて、見ると、春風ミユウさんが可愛い笑顔を浮かべていた。

「春風さん」

「あ、ミユウって呼んで。わたしもユウコ、シズカって呼んでいい?」

「え、ええ……」

「うん」

 ミユウはにっこりして、よろしくね、と言った。

(こんなに可愛いのに、すごく気さくな人なんだ)

 わたしはこのときに、ミユウがヒロインなのだ、とすとんと納得した。

「1限目のロングホームルームで、何か委員に立候補するかっていう話をしてたんだ」

「福田さんはどうするのって訊いてたところなの」

「どうするの?」

 ミユウが身を乗り出すと、ふわっといいにおいがした。

「わたし? たぶん学級委員になるよ。毎年のことだから」

(福田さんは優秀なんだなあ)

 学級委員を毎年務めるということは、先生からの信頼がそれだけ厚いということだ。

「深川さんもミユウもこの学校に慣れるために何かやったらいいよ。委員会は面倒くさいけど、この学校の仕組みがよくわかると思うよ」

 わたしはそう言う福田さんのアドバイスに従うことにした。きっとゲームの学校だから普通の学校とはいろいろと勝手が違うのだろうと思う。こういうのもプレイヤーに円滑になじんでもらうためのこの世界の仕組みとして設定されているのかもしれない。




――side: 春風ミユウ


 この子たちだ、とすぐに気づいた。このゲームの情報提供及びわたしの引き立て役キャラは。それぞれ席次は4番と5番で、3番のわたしには及ばないけどそれなりに頭が良さそうだったから友だちづきあいも吝かではない。顔もわたしには全然及ばないけど可愛いほうだから、この子たちと連れ立っていればわたしももっと目立つだろうと思った。

 それで声をかけてみれば、ユウコのほうは学級委員になるって言うから、これは間違いないと確信できた。

 さっそく委員会のことについて聞けたけど、ユウコの何か入ったら、という勧めは遠慮することにした。

(だって、たぶんわたし、生徒会に誘われるし)

 委員会に入っても何かルートがあるんだろうけど、どうせなら王道の生徒会ルートがいい。そこでより取り見取りの逆ハーレムを築きたい。


 ユウコの勧めに応じて環境委員になったシズカと一緒に、放課後、今年度第一回目の会議があるという旧校舎の2階に行った。ここでシズカが委員になったということは何かイベントがあってもおかしくないと思ったからだ。攻略対象キャラと会えるかもしれない。

 まだ早かったから全員が集まっているわけではなくて、おしゃべりをして笑い声を上げている男子生徒たちが目立つくらいだった。その中からひとり軟派そうな今どき風のイケメンを見つけて、窓を開けるふりをしながらもっと顔をよく見ようと彼らの後ろのほうへ歩いていったときだった。わたしは何かにつんのめったように急に体のバランスを崩して床に倒れこみそうになった。ちくしょうと思ったときにはぐっと別の方向に体が引っぱられ、次の瞬間、何かが割れて壊れるような大きな音がした。

 びっくりしてしばらく身動きできないでいると、軽い調子の男の声で、大丈夫?と聞こえた。とりあえずわたしは可憐に、大丈夫です、と答えた。顔を見ると目当ての軟派イケメンだった。

 きゃあ、と女の嫉妬の悲鳴が聞こえて、軟派イケメンと密着していた体を恥ずかしそうに離した。初心を装ってうつむくと、割れたガラスがそこかしこに散らばっていて、やっぱりこれはイベントだったんだ、と嬉しくなった。

「これだね~」

 軟派イケメンがかがんで立ちあがると、その手にはこぶし大の石が握られていた。

「え?」

「この石が投げ込まれたんだよ」

 軟派イケメンがへらっと笑って言ったその言葉はヘリウムくらい軽かった。そんなことよりヒロインのわたしに優しい言葉をかければいいのに、と思ったけど、まだ好意もそんなにないだろうから我慢した。ちょっとくらい冷たいほうが落としたとき楽しいものだ。

(石ね)

 窓から石が飛び込んでくるなんてけっこう過激な脚本なんだなと思ったけど、所詮ゲームだから大事に至るわけがなくて、これで軟派イケメンがわたしを気にかけてくれる流れなんだろうなとわかった。

「怖い」

 思ってもなかったけど、わたしは一応か弱い女の子だから言っておいた。

「そうだね」

 皮肉っぽい相槌を聞いて、ばれたかなとひやっとした。身じろぎすると、足の裏でガラスがパリッと割れた。そのときまだお礼を言っていなかったことを思い出して、それで不機嫌になっているのかもしれないと気づいた。

「あの、ありがとうございました」

「何が?」

「わたしを助けてくださって……。危うく正面からガラスを浴びるところでした。わたし、春風ミユウです。お名前を訊いてもいいですか?」

「……ふーん。ま、それならそれで別にいいけど。黒羽アツシだよ」

 軟派イケメンは案外シャイなのか、わかったようなわからなかったような返事をして名乗った。

(黒! てことは、いきなり隠しキャラ見~っけ! きっとシズカの委員会について行ったら発生するイベントで、このキャラも攻略対象になったんだ!)

 自分の慧眼が恐ろしいくらい素晴らしい。




――side: 黒羽アツシ


「どういうつもりなんだろうね~」

 椅子をぎこぎこ揺らしながら環境委員会の委員会室に投げ込まれた石をもてあそんでいると、後ろからうっとうしげに椅子を押さえられた。

「知るか」

「冷たいな~。オレ狙われたんだよ? もっと思いやってよ」

 振り仰ぐと、生徒会役員の黄葉コウタロウが眉を寄せて面倒くさそうな顔をした。

「どうせお前が何か調子に乗ったことやったんだろ」

「ちょっと調子に乗ったくらいで石ぶつけられるっていうわけ?」

「誰かの気遣いだよ。お前は頭をぶつけたほうが真人間になれるっていう」

「相変わらず口悪いよね~」

 また椅子をぎこぎこ。

 執行部の部屋に来るのはずいぶんと久しぶりのことだった。すべてこの石のせいだった。事件の当事者だったし、委員長にもなってしまったから、一応起きたことを報告しに生徒会執行部室まで足を運んだのだった。

 といっても報告できることなんかあまりなかった。起きたことといったら石を投げ込まれたこと、オレがしたことといったらその石を拾ったこと、それだけだったから。


 オレは去年に引き続き環境委員になった。

 放課後の会議が始まる前の時間、委員会室にいた見知った顔のやつらを集めて話をしていた。

「――いいぜ。オレは別に誰でもよかったし」

「黒羽先輩がそうおっしゃるんでしたら、僕も構いませんよ」

 無事に了解を取り付けて、礼を言うために立ち上がったときだった。急に引かれたオレの椅子に何かが引っかかったように感じてあわてて振り向いた。

(やべ)

 案の定女がいて、その女がオレのほうに倒れかかってきた。足を引っかけたんだと思ってなんとか抱きとめようとしたけど、腰を浮かしていたから体勢が崩れていて無理だった。いきなり、ガシャーンとガラスが割れる音がした。

 窓ガラスは見事に割れていたけど、ガラスが飛び散った方向とオレが押された方向は逆で、破片すらほとんど浴びずにすんだ。

 女に大丈夫か尋ねたら、大丈夫ですとしっかりした声で返された。

(やっぱりこれ、オレが助けられたんだよねえ?)

 凍りついていた委員会室でようやく誰かの悲鳴らしきものが上がって、我に返った何人かが窓をのぞきこんだり先生を呼びに行ったりし始めた。

 女はそんなことを気にも留めない風に床に視線を落としていた。

(あ~、投げ込まれたものを探してるんだ)

 オレも床を探すと、机の脚の陰にそれらしい石を見つけた。

「これだね~」

「え?」

「この石が投げ込まれたんだよ」

 拾った石を見せたけど、女は眉ひとつ動かさなかった。それから、

「怖い」

 と言っていたけど、それにしては余裕を感じた。

「そうだね」

 どうにも意図を測りかねた。

 女は、事は終わったとばかりに身をひるがえそうとして、何か思いついたように止まって、言った。

「あの、ありがとうございました」

「何が?」

「わたしを助けてくださって……。危うく正面からガラスを浴びるところでした。わたし、春風ミユウです。お名前を訊いてもいいですか?」

 そういうことにしてほしい、ということだろうか?

「……ふーん。ま、それならそれで別にいいけど。黒羽アツシだよ」


 執行部には彼女の意を汲んだ報告をした。石を投げ込まれたこと自体に比べたら瑣末なことだったし、オレにとってもそのほうが都合がよかったから。


「人徳がないから石を投げられたりするんだ。オレなんか持ち前の人間性のお陰でそんな目にあわずにすんでいる」

「石までがオレの人徳を慕ってくるんだよ~」

「石にしか理解できない人徳って何だ?」

「石をも動かす人徳なんだよ~」

 馬鹿馬鹿しい、とばかりに黄葉は息をついた。

「恨まれた覚えは?」

「さっぱり」

「そう言うと思ったよ。まあ、この時期なら生徒会の役員選挙関係だろうな。黒羽、お前、今年もまた票集めやってんのか?」

 まーね~、とへらっと笑うと、黄葉はしかめっ面をした。

「そのせいだろ。明け透けにやりすぎるんだよ。馬鹿かお前は」

「何が悪かったんだろーね?」

「目に余ったんだろ。馬鹿を刺激してどうすんだよ」

 冷めた声と目つきで指摘されたけど、オレには改めるつもりはまったくない。黄葉もそれがわかるから結局いつもオレを突き放す。

「えー、目に余ったって言われても、オレもう環境委員長になっちゃったんだけど~。今度は何を投げ込まれちゃうのかな~?」

「環境委員会は人手不足もはなはだしいようだな」

「みんながオレにやれって言うんだよね。黄葉にはわかんないだろうけど、これも人徳ってやつか~」

「もう人徳の話はいいから。まあ、次は砲丸が飛んでくるな。今度は死ぬかもな」

 2年生で委員長をやるやつはほとんどいない。普通は3年生が務める。オレが2年で選ばれたのは、もちろん自薦したからだけど、『六葉一花』に近い家柄だったからだ。オレとこいつ、黄葉コウタロウは、従弟同士なのだ。黄葉は、昔はあっちゃんあっちゃんと言ってくっついてきていたのに最近はこんな可愛げのないことしか言わない。

「コウタ。女の子が巻き添えで怪我しかかったんだよ」

 真顔になって言えば、黄葉はチッと舌打ちした。

「……わかってるよ。生徒には強く言っておくし、問題行動を起こさないように監視しておく」

 根がまともな黄葉なら、言葉通り、この件を軽率には扱わないだろう。そうでなければわざわざ中立のこいつに話した意味がない。

 赤葉キョウスケと橙花チトセ。5月の生徒会役員選挙でどちらが会長として選任されるか。両者は今鍔迫り合いの真っ最中なのだった。オレは赤葉先輩を支持している。去年から次期生徒会長になる人だと目星をつけていた。先輩にはいろいろ協力して、きっちり尻尾も振ってきた。ここが正念場なのだ。手を抜くわけにはいかない。

 そういうわけで、アピールのために表立って行動するオレは対立する橙花先輩側から見れば格好の標的だったのだろう。オレを萎縮させて、その他の生徒の赤葉先輩支持を牽制するために狙われたのだ。

(この投石事件は利用できる)

 しっかり表ざたにするつもりだった。そうなれば橙花先輩は忌避され、赤葉先輩に同情票が集まるだろう。趨勢が決まるはずだ。そのためには無関係の女子生徒が巻き込まれそうになったという『事実』があったほうがいい。ついでに怪我があればもっとよかったけど、そこまで望めば人の道を外れている感じなのでこれで不満なしとする。


 黄葉と別れて、迎えの車が来るまでのあいだ、今日会った女について考えた。1年1組の春風ミユウ。1組ということはまあまあ優秀なんだろう。今までに聞いたことがない名前だったけど。

(ミユウちゃん、ミユウちゃんか~)

 彼女は不可解の一言に尽きた。

 まず、どうして襲撃のことを知ることができたのだろうか? 彼女は走り寄ってきたわけではない。もしそうだったらオレだって何事かと思っただろう。ゆっくり歩いてきて、それで異変に気がついたか、襲撃をあらかじめ知っていたかだ。何が投げ込まれたのかも知っていそうだった。

 もし無関係だったとしたらオレの恩人ということになる。それにしてはあまり驚いた様子はなかった。もし演技だったとしたら、何のためにそんなことをしたのかという疑問がある。オレに個人的な恩を売るため? それとも赤葉先輩に恩を売るため? 女らしい媚はあったからどの可能性もありそうだった。単に反橙花ということはないだろうか? 理由はどれか一つなのかもしれないし、いくつかあるのかもしれない。オレにはわからない理由がある場合もあるだろう。襲撃があることは知っていたけどまったくのコントロール外の出来事だったという可能性も十分ある。

(わっかんないな~)

 いずれにせよ今は利用するだけだ。

(ま、ミユウちゃんは可愛いし、遊んであげてもいいけど)

 楽しい年になりそうな予感。


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