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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Rapunzel

Rapunzel Ⅳ

作者: 智郷樹華

これまでのRapunzelとは少し時間がずれます。

全くの別物としても、また前作たちと重ねてでも、楽しんでいただければ幸いです。

自分に、人を愛せないと思ったのは、意外と幼い頃のことだった。


友達を、誰かと取り合いしたことはありますか?

特定の子と一緒にいたいと、強く思ったことはありますか?

人を、欲しいと思ったことはありますか?

その人のために、生きていたいと思ったことはありますか?

哀しいとき、辛いときに、特定の人に側にいて欲しいと願ったことはありますか?

側にいる人の、価値を見出すことは出来ますか?

過去も今も未来も、人に幸せを捧げることを願えますか?

自分に、人を愛せると思いますか?


全ての問いかけを、彼女は一笑した。

ひとしきり笑って、彼女は私を抱き締めた。


望むことだけなら愛じゃない。


いつの間にか涙が溢れていた。

ただ彼女の笑顔がとても綺麗で、私は思った。

彼女になりたい。


***


私はこれまで、自分を愛せる人間を探してきた。

家族―――これは駄目だ。私だけを愛してはくれない。無理な要求だと私にも解る。

友人―――これも駄目。彼らには深い、強い要求は無理だ。すれば関係が変わる。

教師―――論外。彼らは大衆を愛すべき人種だ。博愛主義者でなければ勤まらない。

恋人―――無理だった。全てにおいて“相互”の問題が生じる。この関係は私には難しい。

愛人―――これだ・・・。


タイトル:愛人契約  本文:私を愛してください】


一人目は、一般に“中間管理職”と呼ばれる職業に就いた人間だった。

太ってはいなかったけど、神経性脱毛症、といえば聞こえは良い?―――疲労感の滲み出た体を気遣わない、その姿は見ていて気分の良いものではない。

それに、その人には家庭があった。パートに出ている妻と、子供がふたり。つまり、世間一般に認識されている“愛人”に成るということだった。結論を言うと、これは駄目。

“性欲処理の相手”な気がしたし、逆に“愛する”立場に置かされるから。二日で別れた。

二人目は、羽振りの良い商社勤めの男性だった。

スーツは身体に合った上質の物。時計も車も所謂“上流階級者”の物だった。

立ち居振る舞いも良好。年齢的にもまだ若い。腕も中々。外見も中の上。インテリ感も一種の魅力に見えた。

だけどその人には、恋人が居た。

つまり、単なる“遊び相手”に過ぎなかったのだ。

それでは話にもならない。一月で別れた。

三人目は、何と言えば良いものか……強いて言葉を当てるなら、“青年実業家”だ。

年齢は二人目の人とそう変わらないけれど、動かすお金の桁が違う。

外車にオーダーメイドのスーツ。ブランド物のシャツに指輪。時計は言うまでも無い。

しかしそれは自分のものではなく、親のものだった。つまり、“二世”さんの社会勉強に付き合わされたに過ぎない。

いずれ相手となる御令嬢のための練習台なんて、まっぴらだ。一月半で別れた。

四人目は、学生だった。

頭の回転が速くて、話題が絶えない。次から次へと湧き出す泉のように、その口からは幾つもの話を聞いた。“今時流”の遊びに誘ってくれたが、どこが楽しいのか解らなかった。

多くの同じ年頃の子を“友人”として紹介された。

だけど誰とも連絡を取ることは無い。その必要性が、理解できなかった。

結局詰まらなくなって、三ヶ月もせずに別れた。

五人目は、お医者様。私の担当医でもあった先生。

独身だけど、とても落ち着いた雰囲気を持つ人だった。連れて行ってくれた食事の場所も、レストランより料亭が多かった。お仕事の話はあまりしない人で、私の話をよく聞いてくれた。

耳に響く低音で、ゆったりと相槌を打つ。すごく、穏やかな人のようで、考えの読めない人だった。

とても穏やかなのに、妙な棘の絡まる時間だった。

でも確かに心地良かったあの空気は、今も忘れていない。

そしてその医師から紹介されたのが、六人目。その人もまた、医師だった。

年齢は、五人目の先生よりも年下、私よりも年上。でも、幼い顔立ちをしていた。中性的で、なごやかな人。

「先生」と呼ぶ度、少しはにかんで振り返った。とても柔らかく、微笑む人だった。

白衣がよく似合って、眩しいくらいに、汚れの無い人のように思えた。

過去のことでも、面白いほど鮮明に思い浮かぶ。繋いだ指先から感じた、その人の体温も。

だけどその人は、あっけないほど、いとも簡単に私を捨てた。

暫くして、再び五人目のお医者様が来た。

会わせたい人がいる、と言った眼は、六人目を紹介した時よりもどこか悲哀を含んでいた。

それが、自分に向けられた同情であったと知ったのは、随分と経ってからのことだ。



「お久し振りです、先生」

行きつけのコーヒーショップに入り、窓際の席にその姿を見つけて声を掛ける。

テーブルには、まだ湯気の昇るコーヒーが在った。

向かい側の席を勧められて、自分の分のカップを置き、腰を下ろす。

「元気でしたか?」

「はい。先生の方はいかがですか?」

「相変わらずですよ」

カップに乗ったクリームを掬い取りながら、微笑んで見せる。

涼やかな顔に、穏やかそうな笑みを浮かべて返された。

以前、よく見た表情だと思う。

まだこんなにも鮮やかな記憶。

だけど胸は痛まない。そういう記憶。

晶規しき君とは、いかがですか?」

二口ほどコーヒーを飲んだところで、先生が切り出した。

私は素直に微笑む。

「順調です。晶規さんは、私に羽をくださるもの」

「それは良かった」

「はい。先生のお蔭です」

本当にすんなりと、笑うことができた。

「ふふ。やっぱり、先生も不思議な方ですよね」

つい調子に乗って、私は思ったことを口にしていた。

何が、とは口に出さず、先生は細めた視線で先を促す。

「ご自分から、この契約に乗ってくださった時も驚きましたけど、前の先生といい、今回の晶規さんといい。まさか後任を紹介されるなんて、思ってもいませんでした」

野篠院のじょういん君の件では、君が興味を持っているように見受けられたからですよ」

「お見通しだったんですね。確かに、気にはなっていました。あの教会で歌っていたところを何度か見られていて……」

「そう言えば、晶規君も君の歌声を聞きたいと話していましたよ」

「え、晶規さんに話したんですか?」

「はい。女神の歌声に、とても興味を持っていましたよ」

知っているくせに、意地悪なことを言う。

ぎこちない笑みになってしまったと、自分でも分かる。


私はもう、歌わない。

だって、彼女がいないもの。


何て答えようかと考えていると、携帯が鳴った。―――晶規さんからだ。

窺うように目を上げると、「どうぞ」と促される。

見透かされている通りだったけれど、私の口許は自然と綻んだ。



晶規さんは、七人目の契約者。

年は少し上で、やさしいお姉さんという感じだ。

お仕事は不明。ただ、時折外国語で電話をしていることがある。それも英語と中国語だけでなく、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロシア語と幅広い。

不思議に思って聞いた時、晶規さんが困ったように言葉を濁したから、私は聞かないことにした。

そんな些細なことはどうでも良いから。

私に必要なのは、愛してくれるその気持ちだけ。

仕事を追及しないことで、その場所が得られるなら安いものだ。

それに晶規さんは、私が会いたいと言えば直ぐに会いに来てくれるし、側にいたいと言えば、ずっと抱き締めていてくれる。

綺麗な洋服や着物、装飾品に至るまでを用意して、私を着飾らせては連れ出してくれるところも好き。

だってこれは、私が聞いていた【彼女】そのものだったから。

「今度、見たいと言っていた歌舞伎を観に行きましょ?」

この話し方も好き。

ハスキーボイスで少し強引な、でも心地良く響く声。

あの頃よく聞いた声音にそっくりで、私の耳によく馴染む。

私はにっこりと微笑んで、楽しみだと答えた。

そして気の赴くまま、腕を絡めて身を寄せる。

軽く息を吐くような笑い声と、私を包む胸。

そこから香り立つ、清らかな石鹸の匂いも安心する。

私はこういう時、どうしても先生に感謝したくなる。

今の幸せが、先生によってもたらされたものだと知っているから。

一度だけ、嬉し過ぎて声に出していたことがある。

そう、あれは晶規さんから部屋の合鍵をプレゼントされた時だった。


「…嬉しい…。先生に感謝しなくちゃ」


私の言葉に、晶規さんは目を丸くしていたけれど、私はにっこり笑って理由を伝えた。

「だって、先生に紹介されなければ晶規さんと出会えていなかったもの。この幸せも知らずにいたわ」

本心だった。当然のことだと思っていた。

晶規さんはその時、ほんの少しだけ複雑そうな顔を見せたけれど、ゆっくりと微笑んでくれた。

「そうね。あなたに会えたことは、先生のお蔭だものね」

運命や偶然ではない、確かな現実。

それを受け止めている価値観が、私の心を沸き立たせた。

なんてステキな人なのだろうと、胸が騒ぐことを抑えられなかったくらい。

あまりの嬉しさに、私はお気に入りの指輪を外して鍵に付けた。

銀の蔦でアメジストの雫を支えるその指輪は、私が契約を始めた時に買ったもの。

リングに通すと、これが最後だと、胸のどこかが言った気がした。



晶規さんとの約束の日、それはいつもと同じ様にやって来た。

美容室に予約を入れて、用意された振袖を着る。

着付けと仕度をしてくれた美容師さんが、「とても似合っている」と言ってくれて、私は有頂天だった。

今にも空を飛べるような、そんな心地がしていた。

でもそれは急に訪れて、私は気付くと病院の一室にいた。

側にいたのは看護師さんではなく、先生。

どうやら倒れる直前に、先生に電話していたらしい。

診断結果は貧血。

咎める視線は見慣れたもので、私はおとなしく頭を下げた。

気合を入れていただけに、崩れてしまった髪や帯は残念に思っていると、年配の看護師さんが診察室に入ってきた。

こういう手回しが、流石だと思う。

私は整えてくれた看護師さんにお礼を言い、先生にもお礼を言った。

相変わらず薄い微笑みがその顔には浮かんでいる。

「あ……」

ふと、気付いたことがあった。

向きを変えて、正面から見つめる。

おもむろに左手を薄い笑みを浮かべている顔に伸ばすと、少し驚きを含んだ表情が浮かんだ。

「先生の瞳って、素敵な色をしていたのですね……」

言いながら微笑み、右手も添えようとするが先生の左手がそれを制した。

目を細めて自分を見つめてくる瞳は、深いブルーグレー。

普段は眼鏡のレンズで気付かず、その奥にこんなにも魅力的な色が隠されていたなんて知らなかった。

【吸い込まれそう】とか、【澄んだ】とかの形容では表現できないくらい、その瞳は綺麗で、幼い頃にビー玉を初めて見た時の気分に似ている。

両手を掴み離されて、ふいっと顔を背けられても、その気持ちは変わらない。

「先生……?」

「もう直ぐ時間ですよ。晶規君と約束しているのでしょう?」

「……………」

「遅れるとその後に響くのではありませんか?」

「……はい」

仕方なくこの場は引き下がった。

一歩下がって先生から離れる。

テーブルに置いた鞄を取り、もう一度先生に振り向く。

「先生、今日はありがとうございました。では、失礼致します」

お辞儀をして、扉を開く。

時計を見ると待ち合わせ時間の15分前だった。



病院に居た旨を晶規さんに連絡すると、途中まで車を走らせ、迎えに来てくれた。

黒のBMWが側で停まって、後部座席の窓から晶規さんが顔を出した。今夜は晶規さんも和装。運転席を見ると、見知らぬ初老の男性が居る。帽子に白手袋。所謂“運転手さん”だろう。これがハイヤーなるものかと思いながら晶規さんの隣に座ると、車は静かに走り出し、劇場へ向かった。

「身体、どうかしたの?」

途中で晶規さんが口を開いた。

「大したことは無いのだけど、念のためにって先生が仰られて……」

「先生と一緒だったの?」

「はい、途中から」

――途中?

明らかに訝しげな表情を浮かべた晶規さんに、微笑を返しながら続けた。

「軽い貧血だそうです。血圧だけ診て頂きました」

「そう……。でも、気分が悪かったら言って。また別の日に替える事だって出来るんだから」

「ありがとうございます。帯が少しキツかっただけですから、気になさらないで下さい。私、今夜の御芝居楽しみなんです」

「なら良いんだけど……。本当に、気兼ねなく言ってね」

「はい。ありがとうございます」

心配そうに顔を覗き込んでくる晶規さんに、私は笑んでお礼を口にした。



私と晶規さんの関係は、順調に進んでいた。

少なくとも私は、本気でそう思っていた。

だけどそう、彼女が言っていた。

 幸せと不幸は隣り合わせ。

 絶景の見える場所と、薄紙一枚の境の向こう側は、切り立った崖と同じ。

私は、忘れてはいけなかった。


「――私は、彼女が…――」

先生を訪ねたその日、研究室の中から聞こえたのは晶規さんの声だった。

不思議に思ったけれど、気持ちは直ぐに切り替わる。

先生にこの前のお礼を届けたら、一緒に帰ろうと伝えよう。

何もない日だって、晶規さんと居られれば特別な日になる。

私はドアノブに手を掛けて、途端に動けなくなった。

「私は、もうこれ以上彼女を騙したくないんです」

騙す? 誰が、誰を?

「いくら愛人の産んだ子だからといっても、彼女は彼に会ったことさえ忘れているんですよ。

それに、彼女はあの時の記憶さえ持っていない。たった一度、本宅で面会したというそれだけで、彼女が彼らに会おうなんて思う筈はなかった。それに、あの人たちが言うように彼女は人を踏み台にしようなんて思っていない。例の彼女に会って、私にだってわかりましたよ。

これ以上の報復劇なんて、必要ないでしょう。先生、本家に連絡して下さい。私からでは話も聞いてもらえない状態なんです」

矢継ぎ早に流れてくる晶規さんの話しに、私は滝に打たれた気分だった。

ああ、そういうことなのね。

「――それじゃあまるで、『禁色』だわ」

思わず口を付いて出た言葉が室内に響き、ふたりが振り返る。

驚きを禁じ得ない晶規さんの後ろで、先生はほんの少し眉を上げただけだった。

「ごめんなさい。聞くつもりは無かったのだけど、丁度耳に付いたものですから」

「まさか、全部……?」

「さぁ。どこからお話しが始まったのか知らないから、何とも答えようがありません」

晶規さんは私に向き直り、強張った表情を見せた。

うん。これだけで十分。話の内容は簡単に解る。

一歩踏み出して、微笑を作る。

「こちら、お忘れになっていらしたので、届けに参りました」

そう言って手の甲を上に、右手を差し出す。

受け手で伸ばされた晶規さんの右手に、カチリと音を立ててそれは落ちた。

鉄色の鍵。

キーホルダー代わりの指輪が、蛍光灯の光を反射して煌く。

雫型の紫水晶とシルバーの蔦は、微かに揺れていた。



「待って――」

呼び止める声と同時に、腕を掴まれた。

引かれるままに身体を反転させ、晶規さんと向き合う。口許には、いつも通りの笑みを浮かべて視線だけを上げる。

「どうかしましたか?」

「あなたに聞きたいことがある。だから待って」

「聞きたいこと?」

「ええ。それに、あなたも聞きたいことがあるでしょう?」

「いいえ、私には何もございません」

少しだけ、きちんと微笑んでいるのか不安だった。

これ以上口を開くと、言いたくないことまで言ってしまいそう。

掻き乱さないで欲しいのに、晶規さんは捕まえたまま放してくれない。

「シドウ リョウという名を憶えている?」

頬の筋肉が強張るのが分かった。

それだけで晶規さんには十分だったようだ。

「彼女――伶さんに先日会ったの。それで、少し話をした」

晶規さんが、言葉を選ぶように話し始めた。

でもそんなこと、どうでもいい。

何か話した気もするけれど、頭の中はいろんなものが絡まり、混ざっていて、ぐちゃぐちゃだ。

ただ分かったのは、変わらないということ。

結局、あなたも同じ。


「――私は、伶とは違います」


口を突いたのは、自分でも驚く言葉だった。

自分で言って、心が抉られた気分だ。

呼吸がままならない。ちゃんと、立っているんだろうか。

早くここから立ち去りたい。

その一心で、私は何も見えない眼に晶規さんを映す。

「さようなら」



帰る場所なんて、無い。

欲しいと、心の底から思ったものは全て壊された。

誰に? 自分に。

これが、選んだ道の辿り着いた場所。

涙か雨なのか、もう分からない。

この身を洗って溶かしてくれたなら、どんなに良かっただろう。

抱き締めた体は、冷たい。

それよりも一層―――胸が、痛い。


哀しさ。寂しさ。切なさ。

喜び。嬉しさ。満足感。

怒り。憎しみ。嫌悪感。

憂い。空しさ。孤独感。

願い。信頼。幸福。

涙。

全てを今、剥がされた。

むしりとられた背中が、寒くて痛い。

だけど、それでもこころは―――



――羽ばたけなくても、あなたのくれたぬくもりは、捨てられない――

前書きにも記させていただきましたが、今回のRapunzelはいかがでしたでしょうか。

原作等よりもドリーム性が少なくてすみません。


※Rapunzel Ⅳ' として、後日譚があります。

「私」が出した答えを、どうか見守ってあげて下さい。


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