目指すは女性騎士
まだ幼かった頃、あるお姉さんに助けてもらったことがある。
森の中で友達とはぐれてしまい、足もひねって歩けなくなり、
大きな木を背にしてどうすればいいか分からず泣いていた時に、
革鎧を着たお姉さんが探し出して家まで連れて帰ってくれた。
お姉さんはわたしを背負いながら、近付いた熊を魔術で追い払い、
「大丈夫だからね」と家までずっと声をかけ続けてくれていた。
後からそのお姉さんが、王国の女性騎士だったという事を知った。
わたしはそれを大人から聞いて、いつかお姉さんの様になりたい、
と自分も女性騎士を目指すと両親へ伝えたが、二人とも、
「なりたいのなら、もっと家の手伝いとか頑張らないとな」
と言ったので、それを信じてわたしは一生懸命家の手伝いをした。
この王国で騎士になる為には、王立中央学院を卒業せねばならない。
事実を知ったのは、入学までギリギリの八歳。学費なんてない。
両親は子供の戯言だと考え、わたしを騎士にさせる気などなかった。
わたしは両親を少し恨みつつ、必死で勉強して特待生をもぎ取った。
特待生になれば学費と食費、入寮費や制服代などは保証される。
女の子が、まして平民が騎士を目指すなんて無理に決まっている。
頭からそう決めつけて思いとどまらせようとした両親を振り切って、
わたしは王立中央学院の門をくぐる。
◆
入学してひと月、わたしは講義に必死に食らいついてきた。
王立中央学院はただ単に剣を振るっていればいい場所ではなく、
騎士となる為の教養として山ほどの座学が待ち構えていた。
だからと言って、実技のほうも楽な訳ではない。
騎士を目指す者は必修科目として、剣術、弓術、格闘術、魔術。
期が進めば更に馬術や生存術なども収めなければならない。
どれも服飾職人の実家では縁遠いものばかりで、なじみがない。
分からない事は教員を捕まえて聞いたり、午後に図書館で調べたり、
時々食堂の閉鎖時間すら忘れて夕食を摂れない程多忙となった。
何せ成績が落ちてしまえば特待生枠から外れ、学費が必要になる。
食費もタダではなくなり、何より学生寮から出なくてはならない。
貴族や準貴族を除いた成績優秀者三十名以内に入り続けなければ。
休日だって街に出て遊んでいる余裕なんかないのだ。
しかし、実家が貴族の方々はそういう訳でもないらしい。
いや、一部の貴族の方々と言うべきか。
同期には、わたしでも名前を聞いた事がある公爵家の令嬢もいる。
また正伯爵家、副伯爵家の子女の方々は軒並み勉強熱心だった。
あと、男爵家より下でも嫡子でない方々は真面目な人ばかりがいる。
この方々は自分の将来を真剣に考えられているのだろう。
そうでない人達、下級貴族の嫡子には、遊んでいる人達を見かける。
頑張らなくてもある程度将来は安泰だと高をくくっている気がする。
講義も真面目に受けているように見えない。結構寝ていたりする。
教員は気づいているのかいないのか、わざわざ注意したりしない。
淡々と板書をしながら講義を進めている。ふるい落としだろうか。
横目で見ながら、彼ら彼女らには関わるまい、そう思っていた。
◆
講義の雰囲気が変わってきたのは、二期目に入ってからだった。
同期の男の子が一代騎士を叙爵したのだ。しかも孤児院出身の子が。
黒髪黒目の彼はしょっちゅう図書館で見かけていた子だった。
詳しく知らないが、何か凄いものを作り上げ評価されたらしい。
下級貴族や準貴族は真っ二つに割れていた。讃える者と妬む者に。
だけど表立って嫌がらせは出来なかったらしい。
図書館で噂の彼と親しそうにしていた女の人が、実は大公令嬢で、
さすがに王国で二番目の貴族家に喧嘩を売る度胸はなかったようだ。
しかも実技で彼と一緒にいるのを見かけた女の子は、公爵家の令嬢。
上級貴族に上手い事取り入りやがって、とこそこそ陰口は叩けても、
あくまで遊んでいる仲間内だけで、大半の人達は相手にしなかった。
多分絡んでいっても手ひどく返り討ちに合っていただろう。
彼は座学だけでなく、剣術等の実技でも同率首席だったし。
彼と会話をする機会があったので、首席すごいね、と言ったら、
不思議そうに首を傾げた。自分が首席という自覚がなかったらしい。
学院長には「優秀者として名前が張り出されている事」を条件に、
特待生で居られると言われたため、順位は確認していなかったとか。
そんな話をしていたら、絡んできた人達がいた。
腕章を見たが、彼らは同期ではなく八期の人達のようだ。
お前が一代騎士になったという孤児院出の奴か、偉そうに、
分不相応なんだからさっさと学院から出て行けよ、等と喚きたてる。
彼は怒るでも泣くでもなく、じっと絡んできた相手を見ていたが、
「分不相応なのは、君達じゃないかなあ?」
の声が喚きたてている彼らの後ろから聞こえた。
「あ、ミエル先輩」
彼の言葉から、この凄い美人の女性が大公令嬢だと知った。
振り返って「何口出ししてんだよ」と言いかけた人達が固まる。
「仮にも一代騎士の相手に向かって、文句を言っているけども、
君達自身は爵位持ちかい?違うよね?
仮にも爵位持ちなら、わたしが君達知らないはずないからね。
無位無官の貴族や準貴族は、一代騎士より立場は下だけど、
学院にいてそれを知らないのは学生としても失格だね。
どうやら不満があるようだから聞いてあげようか。
君達の実家と爵位を言いなさい。
『一代騎士ロド・ドラゴネグロへの叙爵に異議あり』と、
家名と共に任命した国王陛下に奏上してあげるから。
さ、遠慮なくどうぞ」
絡んできた人達は言葉も出ない。多分顔色は見えないが悪かろう。
異議があるという事は当然、国王陛下に「間違っている」という事。
ただの下級貴族の誰がそんな事を言えるものか。
静まり返った時間はそう長くは続かず、教員達がやって来た。
さすがにこれだけ人だかりが出来ていれば気づくだろう。
◆
この後、大公のご令嬢と一代騎士の彼にはご縁が出来た。
あの時たまたま話しかけていただけだったけど、まあ縁は縁。
縁続きで公爵家のご令嬢も紹介して頂き、度々お世話になる事に。
彼の妹分達も紹介された。皆優秀な人達ばかりだ。
講義で分からないものや、実技の際にも色々教わることが出来、
以前よりは学生生活に余裕が生まれてきた。
特待生の条件は当面維持出来そうだ。
彼が妹分達や孤児院の子供達へ贈り物をする際、実家を訪れる。
うちでもかなりの高級な布地を大量に買って即金で払うのを見て、
両親は驚きながらもかなり喜んでいた。
こっそりと母親が「もしかして婿候補か」等と聞いてきたが、
大公家と公爵家が後ろにいる相手だと説明すると口をつぐんだ。
両親も彼に余計なちょっかいはもうかけてこないだろう。
ちょっかいと言えば、あの時絡んできた人達は謹慎を受けていた。
期間半年なので落第は確定、復学しても肩身は狭いに違いない。
もう絡むこともないだろう。次などないのだし。
幼い頃はただの憧れだったけど、女性騎士には近づいてきている。
今の幸運に感謝しつつ、いつかあの女性騎士のようになりたい。
彼女は別に「未来の奥さん」の一人ではありません。友人の一人。
件の助けてくれた女性騎士は現在まで未登場。
王国は男女とも武闘派揃いなので女性騎士は結構多かったりします。




