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駅の古い時計

掲載日:2026/02/08

小さな地方駅の待合室には、壁掛け時計がひとつしかなかった。

塗装は剥がれ、ガラスは曇り、秒針の刻む「チク、チク」という音だけが、静まり返った空間にやけに大きく響いていた。


人々はよくその時計に文句を言った。

「これのせいで電車に乗り遅れたんだ」

「完全に壊れてるだろ」


ラカは、決して文句を言わなかった。

彼は毎日その駅に来て、同じベンチに座り、小さな手帳に列車の発着時刻を書き留めていた。

壁の時計によれば、列車はいつも遅れていた。

公式の時刻表によれば、間違っているのは壁の時計だった。


ある日、駅員が彼に声をかけた。

「君、学生だろ? 腕時計かスマホを使いなさい。あれは古い時計だ、信用しちゃいけない」


ラカは黙ってうなずいただけだった。

それでも、記録はやめなかった。


日が経つにつれ、駅に来る人々は同じ確信を抱いていた。

公式ダイヤは常に正しい。

電車が遅れれば、天候や運転士、あるいはシステムのせいにした。


ある夕方、電車は――来なかった。


不安が一気に広がった。

スマートフォンは圏外になり、構内放送も流れない。

駅員たちは青ざめた顔で行ったり来たりしていた。


ラカは手帳を開いた。


壁の時計によれば、その列車は今日、最初から来る予定がなかった。


彼は立ち上がり、駅員のもとへ近づいた。

「七キロポスト付近の旧線です」彼は静かに言った。

「先週から亀裂が入っている。だから列車は、表に出ない形で迂回されています」


駅員は彼を見つめた。

「どうして、それを?」


ラカは壁の時計を指さした。

「この時計は、線路の運用が変わるたびに合わせ直されます。

 乗客のためじゃない。保線や技術担当のためのものです。

 公式ダイヤは、いつも対応が遅れる」


駅員は言葉を失った。

そして慌てて、指令所に電話をかけた。


数分後、構内放送が流れた。

列車は迂回中のため運休、乗客は代行バスへ案内される。

事故は起きていない。

けが人もいない。


人々は次第に落ち着きを取り戻した。


誰かが、疑わしそうに壁の時計を見上げた。

「じゃあ……あの時計が正しかったのか?」


ラカは手帳を閉じた。

「正しいか、間違っているかじゃない」

「何を信じるか、というだけです」


彼はそのまま立ち去った。

時計は再び刻み始める。

遅く、古く、そして――いつも通り、誰かを説得しようとはしなかった。

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