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第0話 [#4d4c61 - 褐色の世界で]
『これは洿汰 鷹久という男が“色”を取り戻すまでの物語である。』
今日は曇りだった。
煙草の煙が曇り空をさらに濁し、まるで見える世界が古びた写真のようだった。
時雨鷹久は、その景色をただ、ぼんやりと見つめていた。
呼吸はしている。心臓も動いている。でも、生きている実感はとうにどこかへ置いていってしまったみたいだ。
……
「あのさぁ、真面目にやってんの?」
「お前みたいなのが一番使えねぇんだよ」
「こんなんじゃやっていけないよ?笑」
「……で?どうすんの?やめても良いんだよ?」
「」「」「」「」……
『うるさいなぁ…』
耳の奥に残る声が、まだ現実感を曖昧にする。
忘れたいはずなのに、忘れられない。記憶という名の毒が、日常を褐色に染めていく。
気が付けば日は暮れ、灰皿には吸い殻が山をなしていた。
『……それでも、生きていたいんだな。俺。』
誰に向けた言葉でもなかった。
けれどその願いは静かに、そして確かに、
世界のどこかに届いていた。