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{夜に触れた、その扉}

_φ(・_・ロマーノ院長)

夜の帳が降りる頃、シェアルンタ孤児院は静けさに包まれていた。


窓の外、霧の向こうにぼんやりと浮かぶ首都レクタの灯りが、遠く滲んでいる。

この街は国家の境界線に近く、政の庇護も薄い辺境にある。

それでも、この場所――シェアルンタだけは、子供たちにとって確かな“帰る場所”だった。


二階の書斎にて、ロマーノ・ドンチは静かに筆を走らせていた。


魔導灯の揺らめく光の下、机に並ぶ帳簿と報告書。

肩まで伸びた白髪を後ろで束ね、眼鏡の奥から覗く視線は鋭い。

年老いた身体に刻まれた魔術の気配は、彼がかつて戦場を渡ってきた者である証だった。


〈蒼銀の誓環〉――かつて王国の防衛魔術科に籍を置き、砦の防衛線を一人で維持したと語られる部隊。

その最前線にいた男が、今では十数人の孤児たちの面倒を見る院長を務めている。


「まったく、じゃがいもがこの値段とはな……今年の冬は工夫が要るぞ」


独り言のようにこぼしながら、仕入れ帳に印をつける。

書斎の隅には、教会の支部から送られてきた処分予定の古文書が山積みになっていた。

捨てるには惜しいが、読む者がいるとも思えない。

それでも彼は処分に踏み切れず、こうして手元に残し続けている。


ロマーノはふと、ペンを置いた。


背筋を、何かが撫でた。


音でも風でもない。気配とも、魔力とも違う。

けれど、確かに感じた。戦場で幾度となく命の境界に立たされた者だけが持つ、“勘”のようなもの。


――何かが、外れた。


それはほんの一瞬だった。

だが、彼の内側に残る感覚は静かに警鐘を鳴らし続けていた。


“夜の空気に、何か異物が混じり始めている”。


ロマーノ・ドンチは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

階段を下り、廊下を渡って、ロマーノ・ドンチは子供たちの寝室の前で立ち止まった。

扉の向こうからは、布団の擦れる音と、規則正しい寝息がかすかに漏れ聞こえてくる。


この静けさこそが、彼の守るべきものだ。

戦場から退いたあの日、心に誓ったのは――誰かの未来を燃やす業火の中で生きるのではなく、灯火のような日常を支えることだった。


その中で、アギスという少年は、やはり特別だった。


保護されたのは二年前。

どこかの医療機関を経由し、警察の紹介で、この孤児院にやってきた。

事故現場近くでひとり、誰にも気づかれず、静かに座っていたという。

外傷は一切なし。言葉も少なく、名乗ったのはただひとつ――「アギス」という名前だけだった。


以来、彼は孤児院で静かに暮らしてきた。

だが、その静けさの奥には、常に“なにか”が潜んでいた。


ある日、アギスは古びた魔導書を手にしていた。

曰く、裏通りのゴミの山に混ざっていたものだという。


それは明らかに通常の教本ではなかった。

装丁は崩れ、ページの縁には焦げ跡のような痕があり、文字は古語。

専門家ですら判読に苦しむような構文が記されていた。


それをアギスは、難なく目で追い、指先でなぞり、まるで“思い出すように”頁を捲っていた。


教えた覚えはない。

魔術の訓練を受けたこともなければ、才能を示したこともなかった。


それでも――ロマーノの目には、彼が“理解している”ようにしか映らなかった。


(魔術が、彼の内側に最初から刻まれているような……)


どこか異様で、だからこそ目を逸らした。

だが同時に、恐れていたのかもしれない。

“あの夜”のように、彼の手の届かぬ場所で、また誰かを喪う未来を。


(だが、アギスは――)


あの目は、なにかを探していた。

名前を取り戻すためか、世界に確かに“在る”と証明するためか。

それとも、もっと深く、もっと決して触れてはならぬ“何か”に、指をかけようとしていたのか――


ロマーノは、寝室の扉に触れようとして、やめた。


この夜だけは、そっとしておくべきだ。

だが、その選択がすでに遅すぎたのだと、この時の彼はまだ知らない。

廊下の空気が変わった。


まるで、目には見えない“膜”が破れたかのように、何かが建物の奥から滲み出してくる。

風はないのに、空気の密度だけが一段階、重くなる。


ロマーノ・ドンチは階段を下りながら、眉をひそめた。


魔素――それも、ただの術式の残り香ではない。

熱を孕みながら冷たく、重いのに指の隙間をすり抜けていく。

本来の魔術とは逆行する、異質の“波動”。


それはまるで、精霊の理を否定し、この空間の内側に異なる法則を流し込もうとするような――

そんな、禁忌に足を踏み入れた気配だった。


(まさか……いや、あり得ない)


だが直感が告げていた。

これは偶然ではない。意図がある。意志がある。


――そして、誰かがそれを“呼び出した”のだ。


ロマーノは、自然と足を速めていた。

地下への短い通路を抜け、いつものように冷たい石壁に囲まれた空間に出る。


そして、視界の先に見えた扉――

古びた木製のその扉が、わずかに開いていた。


「……なぜ、開いている」


思わず呟いた声が、地下の静けさに溶ける。


この扉には鍵をかけていない。

だがそれは、「ここは入ってはならない場所だ」と子供たちが知っているという前提があったからだ。

誰も近づかない。それが暗黙の了解だった。


だが今、その約束が破られている。


ロマーノの脳裏に、ただ一人の顔が浮かぶ。


――アギス。


魔術の基礎も知らぬはずの少年が、もしこの先で――


言葉にする前に、手が動いていた。


扉の取っ手に触れる。

冷たく、鈍い金属の感触が、掌にじんわりと重くのしかかる。


ごくり、と喉が鳴る。


この先にあるものを、知るのが怖い。

けれど、知らずに後悔することだけは――もう、二度と繰り返さない。


(あの時のようにはさせない)


小さく息を吐き、視線を前に向ける。


「……アギス。まさか、お前……」


ロマーノ・ドンチは、静かに――そして決然と、扉を押し開けた。

(バ=リーアス:……おい、作者。またお前か。どうして毎回、俺ばっかりこんな目に遭うんだ?)


作者「仕方ないでしょ?これも“契約”だからね」


(バ=リーアス:契約って便利な言い訳だな……まったく)


作者「というわけで、次回もトラブル続きの二人(+α)を、どうぞゆる~く見守ってください!」


(バ=リーアス:次こそ平穏な日常を頼むぞ。……無理だろうけど)


作者「……それは契約外です」


それではまた暇な時にでわでわ!

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