トンネルをくぐった先には…
おばさんと私 シリーズ第3弾です。
あら いらっしゃい。
久しぶりに顔が見れて嬉しいわ。
今日は此花淵まで行ってきたの?
今の時期に、よく行ったわね。
混んでたでしょう?
平気なの?若いっていいわね。
あそこは年々花見客が増えてきて。それにインバウンドとかで海外からの観光客も増えて。
花の季節に行くものじゃないわね。
おばさん、何年も行ってないわ。
あら、お土産にサン・マルコの焼き菓子とギモーヴを買ってきてくれたの?並んでたでしょう。どうしたって今の時期はねぇ。
あそこはパウンドケーキが有名だけど、おじさんがマドレーヌが好きなの覚えてくれていたのね。ありがとう。きっと喜ぶわ。あの人の大好物なのよ。持つべきものはできた姪ね。
まあ、えっへんなんて。ふふふ。
相変わらず楽しいわね。
さあ、お紅茶をどうぞ。
あなたも好きでしょ、マドレーヌ。だから多めに買ってあるのよね。
まあ、ギモーヴも買ってきてくれたの?嬉しいわ。
おばさんね、サン・マルコのギモーヴが大好きなのよ。素朴で、それでいて果汁が口の中に広がって。あ~、美味しい。ラズベリー味は苦手だけど、ここのは食べられるのよ。ありがとうね。嬉しいわ。
そうそう。おばさんが子どもの頃に行った時はね、紅華神社の桜ばかりが有名で、此花淵の桜はそれほど知られていなかったのよ。
満開でも割合とのんびり桜を楽しめたわ。
紅華神社はね。昔から人が多くて。境内で出店が沢山でていたものだからなおさらね。
今は出店が規制されてるの?標準木の周り以外はゆっくりできたの?
へえ。出店の代わりにおしゃれなカフェができたのね。
で、カフェはスタバより高いけど外国人ばかり入ってるの。まあ、今時よね。
此花淵のカフェに行列がねえ。あそこは昔は向かいにある紅華神社と違って桜の時期以外はがらがらだったのよ。昔、連れて行ったあげたでしょ?あら。小さかったから覚えていないですって。
まあ、中にあった牛のお人形を触っては喜んでいたのに。残念ね、子どもって。
そういえばね、おばさんが子どもの頃に母と母の友達と紅華神社まで花見に行ったのだけど。恐ろしく混んでいてね。まるで満員電車に乗っているようだったわ。
特に大鳥居の周りは横断歩道がなくて歩道橋でしか此花淵側の、駅のある向かい側に行けないものだからそれは混み合ってね。子ども心にいつになったら移動できるのだろうと思ったわ。
そうよ。田舎から遊びにきたから人混み自体も慣れていなかったからね。
そうしたらね。母の友人がトンネルを見つけたのよ。
歩道橋の階段の下、ちょうど大鳥居のすぐ側にある大灯籠の真下辺りになるかしらね。
そこにぽっかりとトンネルがあってね。トンネルを真っ直ぐ行けば此花淵と坂を下った所にある紅葉が淵の間に行けそうだったの。それでトンネルを使って此花淵まで行こうという話になったの。
母の友達と母と私。
暗いトンネルをくぐっていくのだけど思いの外、長かったのを覚えているわ。
トンネルを通るのは私達だけ。
あんなに沢山、花見客がいたのに誰も使っていない。どうして皆はこんなに便利なトンネルを使わないのだろうって思ったわ。
中は灯りもなくて、妙に湿っぽい。案の定、壁が洞窟の様にしっとりと濡れていたわ。遠くに見える出口の光りをたどっていくのだけどなかなか出口に行けなくて。まだかな、と焦れてきた所にパッと明るくなって。突然、外に出られたのよ。
で、気がついたらね。
此花淵の角にあたる堀の斜面の真ん中辺りに私達はいたの。
斜向かいから桜を見ていた花見客が斜面にいる私達を見て、ざわざわしてるし。
斜面がね。思ったより傾斜がきつかったのよ。今にも転がり落ちて深緑の水を湛えている堀に落っこちそうだったわ。
私達、必死で斜面を登って行ったの。靴も泥まみれになってね。本当に酷い目にあったわ。幸い、堀沿いに建っていた建物に水道があって靴は洗えたのよ。
でも。花見という気分じゃなくなってね。
私達、なんだか無口になって帰宅したの。そうそう、母が言ってたわ。
「この事は誰にも言わないように」
とね。まあ、何十年もたっているから時効よね。
しばらくしてから紅華神社の辺りに行く機会があったけど。歩道橋の下はネットで封鎖されていて通れなくなっていたわ。
おばさん、しばらくは何回もこの事を夢に見てね。トンネルをくぐった先は目の前に深緑色の水が迫っているの。水の中に引きずり込まれそうで、その度に目を覚ましたわ。
いつしか、あれは夢だったのかなと思うほどよ。
そう笑って叔母は桜色のギモーヴを少しだけ齧り、紅茶を飲んだ。
――私は、つい最近読んだ怪談の本に書いてあった話を思い出していた。
同じ、紅華神社の大灯籠の側で見つけたトンネルをくぐり叔母と同じように此花淵の堀の斜面に出た女子高生の話。
防空壕へ向かうトンネルだったのではないかと書かれていたが。それならば、何故人目につく此花淵の堀にでたのか。
たまたま、叔母達と女子高生はに此花淵の堀の斜面に戻ってこられたが。戻る場所が違っていたら。
私は、此花淵から下った先の紅葉が淵にみっしりと咲き乱れる蓮の花を思い浮かべる。
淵の底に沈む死体を糧にして咲き乱れる蓮の花。
そんなイメージが浮き上がってぞっとした。勿論、怖がりな叔母には話さずに帰ったのは言うまでもない。
数カ月後。珍しく義叔父から電話がかかってきた。
「あのニュースを見たかい?」
「ああ、紅葉が淵の底を浚ったら古い牛の骨と一緒に人骨が次々出たってニュース?」
「分かっていると思うが、あいつには言わないでくれよ。お前に昔の話をした日から緑の水に引きずり込まれそうになる夢を見ると言って寝不足気味なんだ」
義叔父は津波の一件で叔母が倒れて以来、叔母への過保護に拍車がかかっている。
「新聞やニュースで報道されてたけど、おばさんは見なかったの?」
「新聞は隠して配達されなかった事にしたし、休日だったから一日外出して気をそらしたよ」
おおう。おじさんグッジョブ!
「わかった。お母さんにも伝えておく。また今度遊びに行ってもよいかな、おじさん」
「お前がくると喜ぶから大歓迎だよ。今度は爛漫屋の練切と。そうだな、水羊羹がいいな」
義叔父との電話が終わり。
私はニュースを思い出していた。
紅葉が淵。名前の割には紅葉が植えられていない急峻な堀に柵が囲われているだけの殺風景な濠。元々は丑ヶ淵と呼ばれていたという。
昔、人語を話す牛が生まれて。祟りだと怖れた人々が丑三つ時にその牛を殺して淵に沈めたからその名がついたのではないかとSNSで紹介されていた。
牛の骨の周りに古い人骨が蓮の根に絡みつくように埋まっていたという。
それは、私が思い浮かべたイメージとそっくりで。私は思わず鳥肌が立つ二の腕をさすった。
怖い話を嫌がる叔母の気持ちが分かった気がした。そして幻視した津波が現実に起こった時に倒れた叔母の気持ちも。
こんな事が現実になっても嬉しくも何ともない。
最後までお読み頂きありがとうございます。