五皿目 ヴィヤンド・レギューム
殆んど眠れなかった。ときおり絆さんの顔色を見て、「どう? 亜美姐が付き添ってんだぞ。早く目を覚ましなさい」なんて、頬を突いたりした。
「テレビでもつけようか」と立ち上がったとき、私の手に冷たい感触がある。左手の薬指をくいっと引かれた。
「ご、ごめん。あ、あみ、亜美さ……」
目を醒ますのを望んでいたことなのに、びっくりして息をのんだ。
「絆さん――」
彼の頬に私の頬を重ねた。体温は高めのようだ。手を出したままにしていたから、すっかり冷えてしまって私も不注意だったな。
「お布団をかけるわね。ごめんなさい。寒かったわよね」
枕の上で軽く左右に首を振る。大丈夫と気を遣わせてしまった。
「僕と今すぐ結婚してほしい――!」
酸素マスクが曇り、眼から頬に雫が流れた。絆さんの強い気持ちが伝わってくる。私は表情を隠すのにうさちゃんのマスクを被りたいくらいだった。伝えようとすると、唇の震えがとまらない。
「本当なら中々啼かないうさちゃんと同じで、亜美さんは泣かないんだからね」
「僕達のところのうさちゃん達も祝福してくれるよ」
すうっと夢想の世界に入る。うさちゃん達が結婚式に可愛らしさを添えてくれるのを想像していた。色とりどりのもっふもふが笑顔を咲かせている。ウエディングドレスの隣には絆さん。見詰め合うと教会の鐘が鳴る。
「モカちゃんにブーケトスしようかな」
「さすがは二代目姐さんだね。僕の天然な所を受け継いでいるよ。渋くいかずに避暑地の教会がよさそうだね」
「神隠しか綿帽子がよかったかしら?」
新婦が着たいかもあるけれども、新郎の喜ぶものを選ぶのも新妻となる私に与えられた権利だ。
「いや、気持ちはいつでもぴったりだよ。僕は道化師じゃないけど、不思議なことができるんだよ。うさカフェでモカちゃんの首輪を確認してほしい。水曜日にプレゼントを託してきたんだ」
「まあ……!」
絆さんの洒落たウインクにトクッとした。
「私の推測だとガラスの結婚指輪かしら」
「的中率が高いなあ、はは」
力が入るはずもない絆さんが腕を動かそうとしていた。「私はここよ」とこちらから大きな手に潜り込む。白い指先にプラチナリングを与えてくれた。
「あると思って受け取ってくれ」
「とても綺麗で勿体ないくらいよ。無理しないでね」
窓からは檸檬色の朝が次第に青い空を描き出してくれた。絆さんと二人っきり。怪我をされて大変なのに、この時間が愛おしい。
「生涯、誓うわ。生きる道はいつも同じ草を踏み、後ずさりもせず追い越しもせず肩を並べていたいのよ」
お見合いなんて形ばかりだと思っていた。でも、恋や愛に道も形もない。あるのはお互いの真心だけだ。
「僕の一生を捧げたい。亜美さんには幾代にも繋がりをもとめたい」
「千代子お義母様のお名前みたいね。千代に八千代にと」
「友重お義母さんにだって、お名前に重ねるとあるよ」
「命名のときの願いを感じるわ」
喜ばれて産まれてきた。ちょっと逆らったりしても結局は自分達が結ばれるときに、いつかの育ててくれた人を思う。繰り返し繰り返し続く、絆の名は深くあたたかい海のようだ。
「僕は、乾坤一擲の大勝負とか、やり返したりしないよ。武力は武力に汲み敷くものだから」
「賢明だわ。私は絆さんが本格的に回復するまで野々川とうさちゃん達へ通いながらお見舞いにこさせてね」
コンと咳をして、また眠りについた。寝顔はいつまでも見飽きない。
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五皿目【肉料理】
<牛すね肉の赤ワイン煮込み>
立派な主役となる肉料理は贅を尽くしても構わない。赤ワインとの相性も抜群だ。飲み物はミネラルウォーターも合う。