四皿目 ソルベ
「絆さん……。もう大丈夫です。皆もいます」
底の抜けるような真っ白な四角い病棟に救急で絆さんが運ばれた。「助けます。望みを持ちましょう」と力強い医師らに託したが、「ギリギリ、ここ数日です」とのことだ。
「絆――! ああ、絆!」
「落ち着いてください。お義母様(予定)。ほら、綺麗なお顔していますわ」
個室をお願いした。絆さんの傍らに三人おり、寂しくならないようにしている。
ピチ、チョーン……。
静寂の中では点滴の小さな音が反響する。
「絆さんは誰も置いていきません」
お義母様(予定)のハンカチが落ちると水へ波紋を広げるように感じた。一つ二つ三つ、ハンカチがスローモーションに見える。全ての野々川が沈んではいけない。水の中に溶け込んだ群青はしゅりっと尾を引いた。
「お許し願えますか? お義母様(予定)……。本日より、私の産みの親である百瀬友重(父を振った実母)とは縁を遠ざける次第であります」
胃が痛いのか、腹部に手を当てて捻り出すような声を出された。
「白神の家はどうされる」
「勿論、私はお義母様の養子にしていただきたいと切に願っておりますわ」
「初めてだね。初めて、家に入る決断をしてくれたね! 聞いたかい、絆。お前の名前を人との結びつきを大切にするキズナにしてよかったよ」
ベッドで青い顔をしている絆さんに、育んできた母の雫が海のように流れ込んだ。
「絆さんに代われる者でもありませんが、一生支える気概です。お義母様、よろしくお願い申し上げます」
義母となった野々川千代子様の手を両手でしっかと包み込み、「絆さんが復調したら新野々川を立ち上げるべく、最重要要人のVVIP専門護衛会社を前面に打ち出しましょう」
痛々しい姿でも生きて手術室から出てきてくれた最愛の彼に誓う。
「先程倒れた皆様の復調にも手厚い援助をしますわ。回復までのご家族へも配慮して。人的資本の云々ではなく、ちいさな生き物へも心を配る絆さんならそうしますよね」
はめ殺しの窓から、ちらちらと光が零れてきた。四角い印象の個室に夏の暮れが絆さんのベッドの上に茜を咲かせる。野々川を守ろうとして、西家から血飛沫を浴びせられたようだ。
「絆さん、新しい会社の名前はどうしたいかしら」
話しかけていればきっと目を覚ます。
「絆さん……」
失いそうになって、人となりをしみじみと感じた。
「絆は頼んだよ。野々川も開けっ放しできたから、あたしは先に帰る。鈴木氏、送っておくれ」
「は。本家姐さん」
「こちらは残敵とされて狙われているかも知れない。鈴木さん、お義母様を守ってください」
「へい、二代目姐さん」
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四皿目【口直し】
<スモモのソルベ>
さっぱりとした冷菓はお口直しのためにあるようなものだ。二代目姐となることを決意したこれから先はきっと新しい人生で輝ける。