【短編小説】星を引っ張る
「Tくん、移民計画は順調かね」
『はい、教授。予測では、あと5年もすれば、我々の計画が実行できると思われます』
「そうか、5年か。ここまで長かったな。白星は幾度となく危険にさらされてきた。いや、もしかしたら今も何かに狙われているかもしれない」
『恐ろしいこと言わないでくださいよ。教授の言葉はよくあたるのですから』
「はは。それでも白星は、何者の手によっても壊されることはなかった。先代の研究者たちが命をかけて守ってきたからだ。Tくん、どうかよろしく頼むよ。計画を成功させ、君たちが新しい星を引っ張っるのだ」
『はい。ところで教授、そろそろタバコはやめたほうが』
「こらこら。年寄りの楽しみをとるもんじゃぁないよ」
教授はそう言うと、手品のようにまあるい輪っかを空に浮かせてみせた。
教授の体の中にその煙とよく似た空洞影が見つかったのは、それから半年後のこと。移住計画を最後まで見届けることなく、教授は宇宙よりも遠いところへ行ってしまった。
白星が発見されたのは、今から50年前。
我々が住んでいる星の5分の1ほどしかない小さな星だった。発見したのは、彫りの深い青い瞳の宇宙飛行士だった。彼が「その星は白かった」と名言を残したことから、白星と名付けられたそうだ。
これまで発見された惑星の中で、宇宙移民計画のひとつとして議論されているのが、この白星である。
我々研究チームは『TEAM HAKUSEI』と名付けられ、温度、水、食料の安定的供給や放射線問題などを調査してきた。もう30年にもなる。
私はこの研究チームで観測を担当している。
それは、いつものように宇宙観測している時だった。
「おい‥‥。あの光は何だ」
望遠鏡を覗いていた研究員が、謎の幽光を見つけた。
『どれだ』
「あれだ、あの光だ。まさか、探査機が落下しているのではあるまいな」
「おい!誰か今すぐ高性能望遠鏡で確認しろ」
私は慌てて隣の高性能望遠鏡を覗き、目を凝らした。
『あ、あれは、隕石じゃないか、、、』
私の言葉に、みな、顔面蒼白で固まった。すると、ひとりの研究員が保管庫へと走った。彼が持ってきたのは隕石墜落事件をまとめたファイルだった。
彼はそれを乱暴に床に広げると、ものすごい速さでページをめくり、隕石の軌道を調べ始めた。彼は無心で数式を連ねた。私たちは息をのんで待った。時間を刻む音と鉛筆の削れる音が部屋に響いた。
ひとつの答えに辿り着くと、彼の手はぴたりと止まり、そのまま動かなくなってしまった。
「‥‥おい!どうした!あの隕石はどこに堕ちる!!」
「‥‥どうしましょう‥‥。このままですと、白星に墜落します‥‥過去のデータと、私の計算が正しければ、48時間後には白星に墜落するでしょう」
それを聞いた研究員たちは、ただ立ち尽くした。私も同様に立ち尽くすしかなかった。
「‥‥‥そんな!!計算は間違ってないのか!もう一度やり直せ!」
「しました、3度‥‥。どうか違ってくれと祈りながら‥‥。でも辿り着くのは同じ答えなのです」
「‥‥なんてことだ‥‥。隕石がぶつかったら、白星はどうなる」
「‥‥あの大きさだと、白星は木っ端微塵だろうな‥‥」
「そんな‥‥。我々はこの星を20年もわたって守ってきたのに‥‥」
「悲観するのはまだ早い!なにか方法があるはずだ!!なにか方法が‥‥」
「そ、そうだ!!なにかあるはずだ!諦めるな!」
お互いを鼓舞することでなんとか保とうとしたが、その方法とやらを思いついている人間はひとりもいなかった。そんなものがあるのかと、みなが自らに問いかけていた。
私も考えた。しかしどうしても、白星が粉々になる未来しか見えなかった。こもった空気で頭がぼおっとし、鼻の奥から血の匂いがしてきた。なにか手はないのか。ここで白星を失うわけにはいかない。この星を引っ張っていくと、教授と誓盟したではないか!
その時であった。空からポトンと落とされたようにひとつの考えが浮かび、私は立ち上がった。
『‥‥なぁ、あの星を引っ張ってみるというのは、どうだろうか』
怒るしかない研究員も、おろおろと彷徨う研究員も、みな嘆きを止め、私に注目した。
「‥‥引っ張る‥‥どうやって」
『作戦はいたってシンプルだ』
私の作戦は、宇宙船に載せて輪っかのついたロープを運び、白星に引っ掛け、引っ張り、落下してくる隕石を避けるというものだった。
『白星の直径は2,000km。この長さなら不可能ではない!ロープ手配班と宇宙船操縦班に分かれよう!』
座り込んでいた研究員たちはヨロヨロと立ち上がり、強く拳を握った。誰ひとりとして私の拙案を笑うものはいなかった。ここにいる全員の瞳が、落下する隕石を恨むように睨みつけた。意思は同じ方を向いていた。
「やってやりましょう!!」
「そうだそうだ、現実的かどうかなんて考えている暇はない!なんでもいいからやってみよう!」
「しかし惑星を動かすということは、これまでの研究の結果が、全て水の泡になるぞ」
「白星が木っ端微塵になるよりは幾分ましさ!」
真面目な研究員たちが協力すれば、それはより大きな力になった。数時間後には、直径2,000kmの輪っかがついたロープが完成し、宇宙船の燃料も満タンになった。
『いざ、出陣だ!』
飛び立った宇宙船は、徐々にそのスピードを上げていった。光線が空虚な闇を切り裂いていく。間もなくして、遠くに浮かぶ白い惑星が見つかったと、無線が入った。
「レーダー反応あり!目標発見!」
『よし!チャンスは一度きりだ。目標に焦点を当て、ロケット発射だ』
「はい!レーダー確認!まもなく目標に向けて発射します」
無線機の向こうでは、ピピピと無機質な機械音が鳴っている。
ピピピピ、ピー。
「発射します!」
白星に向けてロケットが発射された。
無線機は沈黙したまま、少しの時間がたった。地上に残った我々は、無線機を囲い、祈りながら連絡を待った。
「‥‥こちら宇宙船‥‥。作戦、成功です‥‥!!」
みなの協力のおかげで、白星はこうして危機を免れた。我々の功績は広く世に伝えられた。
新聞の表題には"この星を引っ張る新世代の英雄たち"と書かれていた。ありがたいことではあるが、こんな危機にさらされるのは、もう二度とごめんである。
『まさか‥‥。教授の予感はいつも当たっていたが、本当に星を引っ張ることになるなんて、思ってもみなかったな』