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ギャグ短編

九九無双~九九を高速詠唱しただけなのにクラスメイト全員から尊敬されてしまって困ってるんだが?~

作者: 頭いたお

「起立。礼。着席。……はじめィ!」


「「  一一が、一! 一二が、二! 一三が、三!  」」



 王立魔法学院。とある上級クラス。

 貴族の子息、令嬢が集うハイレベルな空間にて、上級魔法の詠唱が始まった。

 ――九九、である。



 魔術を学ぶ者たちにとっての、共通認識。

 「九九を制するものは世界を制する」。

 多くの魔術師達が、九九習得のために膨大な時を費やし、そして挫折してきた。

 彼らはその叡智を学ぶために集った、超優秀な若者達なのである。




「「  二一が、二! 二二が、四!  」」



 流石は上級クラスの生徒達。

 二の段の詠唱を、全員が無事終える。

 だがこの時点で、既に額に汗する者達がちらほら。



「三三が、九! 三四、十五……あっ!」



 三の段ともなると、脱落者が出始める。

 「三七、二十一」の時点で、半数以上が振り落とされた。

 四の段の序盤、中盤、終盤……。残る生徒は、最早わずか。



「ふふふ……! 五一が、五! 五二、十!」



 侯爵子息であるハイデルが、不適に笑った。

 己の強き魔力、そして技術をひけらかすように、大声で五の段を暗唱していく。



「くっ……! 五三、十五! 五四……っ」



 それに食らい付かんとするは、男爵令嬢リーゼ。

 クラスで増長する彼を止めるには、実力で上回らなければ。

 そう思っているものの、どうしても叶わない。五の段の中盤にて、脱落――。




「――それまで! ……やはりハイデル、君だけだな。六の段まで到達出来る者は……」


「ふふふ。こんなの、自慢する程のものでもありませんけれどね。……まあ、そこにすら到達できない無能で溢れているようですが」


「……っ!」



 今日もリーゼは敗北した。とてもじゃないが、ハイデルの技術には叶わない。

 これで今日も、私は――。

 リーゼの心は、暗い気持ちで塗り潰されていった。





* * * * *






「――きゃっ! な、なにをするんです!」


「おおっとすまない。ぶつかってしまったよ。……あまりに矮小な魔力なんで気付かなかった。ねえ、君もそう思わないか?」


「まったくそのとおりですわ! それよりハイデル様、こんな下賤な女にぶつかってはお召し物に汚れが……!」


「なあに構わないさこの程度。僕の精神が汚れる訳ではないからね」


「くうっ……!」



 ――またいつものが始まった。クラスメイトが目を伏せる。

 強き者が弱き者を虐げる。世の常である。

 取り巻き達のせせら笑いが、リーゼを襲った。



 ハイデルは、リーゼを目の敵にしている。

 それには理由があった。



「ところでリーゼ。例の話は考えてくれたか? ……将来、僕の妾になるって話だけど」


「だ、誰があなたなんかと……!」




 見目麗しき容姿。自然かつ優雅な立ち居振る舞い。

 爵位は低くとも、明らかに他者とは一線を画す美が、リーゼにはあった。

 それがハイデルの目に止まったのだった。



 しかし彼女は、女性を蔑むようなハイデルの言動に嫌悪を隠さなかった。

 その態度が、彼の嗜虐心に火をつけてしまったのである。



「ふんっ。そうかそうか。……六一が、六! 六二、十二……!」


「キャアーッ!」



 ――六の段の詠唱。

 途端、壁に叩きつけられるリーゼ(世界のルールだから)。

 力なく床に伏す彼女の髪の毛を、ハイデルが掴みあげる。



「いいかリーゼ。お前は弱者だ。弱者は強者のために全てを差し出すのが、この世の道理だろう? ……ふふふ」


「う、うう……っ」


「どれ、少し『教育』してやるか。この綺麗な髪の毛……真っ黒に染まったらさぞ面白いだろうなあ!」


「や、やめて……!」



 先日は、服を泥まみれにされた。

 先々日は、教科書を切り刻まれた。

 こんな毎日に、リーゼの精神は限界であった。


 多勢に無勢。

 抵抗むなしく、インクを持った手が、彼女の髪に近づく。


 誰か、助けて。

 強く願った。応えてくれる者など、いないことは分かっていた。

 それでも彼女は、願った。誰か。誰か――。





「――やめろよ、みっともない」


「……え?」





 一人の男子生徒が、立ちふさがった。





「……? 誰だ、こいつ? おい、こんな奴いたっけ?」


「あ! ハイデルさん、こいつ昨日きた転校生ッスよ!」


「転校生? ふーん、休んでたから知らなかったなあ。……おい君、名前は?」


「ニイジマ」



 ぱっとしない風貌に、低い爵位の出。ニイジマ。

 自己紹介を早々にすませた後は、黙々と授業を聞いていただけの男。

 そんな彼が、ハイデルとリーゼの間に割って入ってきたのだ。



「そうか。……で、ニイジマ。君は何をしようとしてるんだい? 何故僕の手を掴んでいる? 離したまえ」


「みっともないからやめろよ。虐めなんて」


「虐め? 虐めなんてしてないよなあみんな! ただの『教育』だってのに!」


「ニ、ニイジマさん。逃げて……!」



 心の中。必死に助けを求めていたリーゼであったが、今ではそれを後悔した。

 このままでは彼が標的にされ、嬲られてしまう――。



「おいてめぇ! ハイデルさんに楯突いてんじゃねえよ! 痛い目見せてやんぜ!?」



 リーゼの思い虚しく、取り巻きの一人がニイジマに食って掛かった。

 名をオリバー。ハイデルの腰巾着であったが、その才は本物。

 その能力は、五の段中盤まで達している実力者。

 既に臨戦態勢。九九による攻撃を、ニイジマに対し行おうとしている。



「ふふふ。オリバー、手加減してやれよ? 大切なクラスメイトなんだからな。はははは!」


「丁重におもてなししてやりますよ! ……いくぜ! 五一が、五! 五二、十!五三……」


「五一が五五二十五三十五五四二十五五二十五五六三十」


「グワアアアーッ!?」


「――え?」




 ――オリバーが、壁に叩きつけられた(世界のルールだから)。

 どよめく教室内。困惑する生徒達。




「!? なんだ今のは!?」


「ニ、ニイジマさん!? 今あなた、何を……!?」


「何って、九九の高速詠唱をしただけだが?」


「ッッ!」




 ――九九の高速詠唱。

 息継ぎをせず、段をまるごと詠唱してしまう高等技術。

 自在に操るウィザードは限られる。それは最早、賢者の域。


 それをこのニイジマは、涼しげな顔でやってのけたのだ。

 彼は一体、何者なのだ。たまらずリーゼが質問を投げかける。



「何者って、別に普通の人間だが?」


「ふ、普通じゃないですよ!? あんな技術が扱えるなんて、一体……」


「どけリーゼ。おいニイジマ。調子に乗ったな、お前」


「え?」



 ハイデルが、進み出た。

 嫌味ったらしい笑い顔は消え失せ、殺気を発している。

 ――絶対に、叩き潰す。逆らえないように、滅茶苦茶にしてやる。そんな表情。



「……六一が六六二十二六三十八六四二十四!」


「……六一が六六二十二六三十八六四二十四!」


「!!?」




 ――二人の高速詠唱。ハイレベルな応酬が、始まる。

 ハイデルも既にこの技術を会得していることに、全員が驚いた。

 しかし、それより驚いたのは……。



「……七一が七七二十四七三二十一七四二十八!」


「……七一が七七二十四七三二十一七四二十八!」


「な、七の段!!?」




 七の段。

 九九における壁のひとつ。ここを乗り越えられず、散っていった魔術師は数多い。

 そいつをこの二人は、高速詠唱でいとも簡単に。

 ……戦いは、止まらない。




「……八一が八八二十六八三二十四!」


「……八一が八八二十六八三二十四!」


「八の段まで……! す、すごすぎる……!」


「ど、どうなってるんだこいつら!?」


「まって! ハイデルさんの様子が……!」





「……八五四十八六四十八、八七五十六、八八、六十四……っ」


「八五四十八六四十八八七五十六八八六十四」


「ハ、ハイデルさんが押されている!」


「……は、八九七十二! ……は、はぁ、はぁ……っ!」


「……九一が九九二十八九三二十七」


「グ、グワアアアアーッ!!」


「!!!!!!!」



 ――ハイデルが、壁に叩きつけられた(世界のルールだから)。

 確かに全員が、聞いていた。間違いなかった。

 ニイジマ。彼は九の段をも、会得している――。



「な、なんて才能……! 九の段まで高速詠唱……!?」


「あ、ありえねえ……!」


「何者なんだ奴は……!?」


「だから普通の人間なんだが?」



 驚嘆。

 傑出した才能が今、ここに立っている。

 謎の転校生ニイジマ。誰もが彼に、釘付けであった。



「それより大丈夫か? ええっと……」


「リ、リーゼ。リーゼと、いいます……」


「災難だったな。立てるか? 怪我は――」


「――!」



 ニイジマが彼女を助け起こそうとした時。

 叩きつけられたはずのハイデルが、一瞬の隙をつきリーゼに飛びかかり、組み伏せる。

 その手には――短剣。



「きゃあーっ!?」


「てめェェェ、調子に乗ってんじゃねえぞダニカス共がァ……! この俺をォ、コケにしやがったなァァ。絶対に、許さねェ……!」


「……おい。決着はついたはずだぞ。彼女に何をする気だ」


「動くんじゃねえボケッ! ……リィーゼェェ。てめぇのその綺麗な顔、こいつでズタズタにしてやるぜ……! 今後、誰とも結婚できねぇ様になァ……!」


「!!? や、やめて! 嫌っ……。嫌ぁ……っ!」



 完全にキレて理性を失っているハイデル。

 ボロボロに粉砕されたプライド。それらが悪意の塊となって、リーゼに降りかからんとしている。



「……いい加減にしろお前。それ以上は冗談じゃすまないぞ」


「へひゃひゃひゃ! じゃあお前が助けてみろよニイジマァ! 高速詠唱で間に合うんならなァ! てめぇせいだ! てめェの半端な正義感が、こいつを傷付けるんだぜ! てめぇが、悪いんだァァァァァ!」




 きらめくナイフ。

 それが美しい相貌めがけて、襲いかかる。

 万事休す――。




「――九。十八。二十七。三十六。四十五」


「グ、グワアアアアーッ!!」


「え?」




 ――ナイフが彼女を傷付けんとする刹那。

 ハイデルが、壁に叩きつけられた(世界のルールだから)。



 生徒全員、理解ができなかった。

 彼は今、九九を詠唱していなかった。

 代わりに謎の数字を諳んじただけ。……何が起きた?




「全く……。女性を傷つけようとするなんて、最低のクズだな」


「ま、待って! ニ、ニイジマさん。あなた一体、今なにをしたの……!?」


「何って、ただの詠唱破棄だが?」


「!!?」



 ――九九の詠唱破棄。

 過程を無視し、その答えだけに到達する絶技。

 九九への深い理解がなければ、単なる数字の羅列にしか聞こえない。

 当然、クラスメイトの誰一人理解できなかった。しかし確かに、リーゼは助かっている。



「そ、そんなバカな……! 本当に詠唱破棄を……?」


「三。六。九。十二。十五」


「ア、アアーッ! さ、三の段……! これなら俺にもわかるぜ!」


「ほ、本当に詠唱破棄まで会得しているなんて……!」


「あ、あんた! マジで何者なんだ!?」


「だから普通の人間なんだが?」



 鼻にかける様子もなく、淡々と受け答えするニイジマ。

 矢継ぎ早の質問は止まらない。クラスは謎の転校生に熱狂していた。

 熱。……そう。それは彼女、リーゼも――。



「あ、ありがとうニイジマさん。ほ、本当に助かり――」


「――なんの騒ぎだね?」


「!!」




 教室に入ってきたるは、魔法学部主任教授ハインリヒ。

 本クラスを受け持つ担任であり、賢者と称されし天才魔道士。

 ――ハイデルの横暴を見て見ぬふりしてきた、張本人でもあった。


 見て見ぬふり? それどころではない。侯爵家の彼に取り入ることで、己が地位を盤石にしようと画策すらしていた。

 そのハイデルが、どこの馬の骨とも知らん転校生に叩き潰されている。

 ……眼鏡の奥から、悪意が光る。



「……ニイジマ。貴様、侯爵家の御子息を気絶させて……。どう責任をとるつもりだ、え?」


「ち、違うんです先生! ニイジマさんは、私を助けようと……」


「黙れリーゼ! こんな横暴が許される訳なかろう! 九九が得意なぐらいでつけあがりおって……。魔術の奥深さを何も知らん青二才が……!」


「……『九九を制する者は世界を制する』。……どんな問ですら解けるが?」


「ほう。言ったな? クク……。解けなければ、どうする?」


「その時は、なんだってしてやるが?」


「クッククク……! 九九の限界すら知らなんだとは、やはりまだ若い……」


「先生?」



 ――出る杭は、粉々にする。

 そう言わんばかりの、表情。

 紛うことなき、悪意。



「ではニイジマ。お前に問おう。これが解ければ、この騒ぎは不問としてやる」


「なんでしょう?」


「11×11は?」


「!!!!!!」




 九九の、限界。

 九九は、一桁と一桁の掛け算を可能とする。

 しかし――そこまでだ。そこまでなのだ。九の段を超えた先など……存在しないのだ。




「ま、まってください先生! そんなの、わかる訳……」


「口出しをするんじゃないリーゼ! ふふん、どうだ。分かる訳がなかろう? ……これが解けなければ貴様は退学だ!」


「そんな……! そんなのってあんまりです……!」



 十一十一の答えなど、人類には手が届かぬ夢。

 絶望するリーゼ。恩人が今、理不尽によって追放の憂き目にあおうとしている。

 私のせいで? 私の、私の――。



「ごめんなさい、ニイジマさん……! 私の、私のせいでこんな、こんな……!」



 ――ニイジマは、黙る他なかった。

 存在せぬものは、詠唱できぬ。口を閉ざした彼の、敗北――。



 ――否。

 彼は代わりに、足を動かした。

 進むは黒板の前。……そこである魔法陣を、記した。




* * * * * * * * * * *



       1 1

    ×) 1 1

   ―――――――

       1 1

      1 1

   ―――――――

     1 2 1



* * * * * * * * * * *





「――!!? こ、これは、まさか――ッ!」


「答えは……121!」


「グ、グワアアアーッ!!」



 ――ハインリヒが、壁に叩きつけられた(世界のルールだから)。

 ざわつく教室内。生徒達には、黒板に描かれた魔法陣が、分からない。

 1がいっぱい並んでいる? なんで2が一個だけあるの? どこから121が出てきたの?

 疑問は尽きない。尽きないが――賢者ハインリヒを吹き飛ばした事実だけは、確かなものであった。



「な、なにをしたのニイジマさん!?」


「何って……ひっ算をしただけだが?」


「ひっ算……?」


「九九を超えし技術――それが、ひっ算。全ての掛け算を可能とする、神技」


「そ、そんなの、この世の理から外れて……」


「こんなの全然難しくないんだが?」



 さらりと言ってのけたニイジマの横顔に、誰もが見惚れた。

 今や全員が、深く理解していた。

 自分たちは今、歴史そのものに遭遇しているという事を。

 世界を大きく動かしていく、大天才と同じ空間にいる事を――。



「ニ、ニイジマ! お、俺にも教えてくれ!」


「ぬ、抜け駆けは駄目ですわ! まずわたくしが……」


「やれやれ……。まずは九九を覚えてから出直すんだな。こいつをマスターしないことには、ひっ算なんて夢のまた夢さ」


「……っ」


「……ま。俺でよかったら、教えるけどさ」


「!!」




 強き力に、優しき心。大きな器。

 英雄の条件が、彼にはあった。



 暗く塗りつぶされていたリーゼの心も、既に晴れやかであった。

 いや、それだけではない。……初めて感じる、この暖かさ。

 そう、それは――。




「ニ、ニイジマさん。わ、私にも、九九を……!」


「やれやれ。忙しくなりそうだ……」




 不思議な天才魔術師ニイジマ。

 彼へ寄せる想いが、恋であること。

 それをリーゼが知るのは、もう少し先のお話――。





~おわり~


 保護者のみなさまへ。

 本作品は算数学習の楽しさを知ってもらう事を目的として制作されております。

 是非ともお子様と一緒に、九九の暗唱――否、「詠唱」を楽しんでください。



 文部科学省のみなさまへ。

 本作品は国定教科書への掲載を目的として制作されております。

 大至急ご連絡ください。

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― 新着の感想 ―
九九、で検索をしたら、ここに飛びました。(^^♪ これは……まさか呪文詠唱とするとは。 試みとしては面白いし、ほかに例はないと感じました。 私も魔法について考えているので、参考にもなりましたよ。
インドの方だと、二十×二十までを暗唱出来るとか出来ないとか。 さすがはゼロを生み出した国ですね。
九九の詠唱だと……!? あの魔法陣、効果はよくわかんないけど、世界のルールだから強いのかー。 教科書に採用されるといいですね!
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