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一章⑦



「人殺し……?」


 ピクリ、と。


 私を見つめるサルファードの鉄壁の無表情ーーその柳眉が、ほんの僅かに持ち上がる。


 僅かだが、彼の心の動揺を示すような確かな反応に、よしっ! と(内心で)拳を握りしめた。


(やっぱり……! 闇堕ちして、私欲のままに惨殺しまくってるサルファードの印象が強すぎて忘れそうになってたけど、本来の彼は、国家最強の暗殺者であることに高い矜持を持っているはず……! それに、公式ファンブックにも書いてあった。彼が率いる暗殺部隊には鉄の掟がある。それはーー『任務以外での殺人禁止』!!)


「人殺しって……この俺を、そんなアマチュア連中と一緒にしないでくれる? 確かに、人を殺す者という定義は同じかもしれないけれど、技量のレベルが天と地ほどの差だよ。殺害後の死体の鮮度だって全然違うのに」


「せ、鮮度の問題じゃありません……っ!! これは任務ではないですよね!? お父様は、『処分は任せる』と仰ったんです。殺せと命令されたわけではありません!」


「…………ッ!」


 私の言葉に、闇色の瞳が大きく戦慄(わなな)いた。


 間違いなく動揺している。これまで、鉄壁の無表情を貫いていたサルファードの、無敵の要塞が崩れた気がした。これはきっとチャンスだ。説得するなら、彼の心が揺らいでいる今しかない。


「殺さなくてもいい人を殺すなんて、そんなのプロの暗殺者失格です! ここで私を殺したら、お義兄様はただの人殺しですよ!? 暗殺者の風下にも置けない、アマチュアワナビ の犯罪者ですっ!!」


「…………言ってくれるね。ワナビ がなにかは知らないけれど、馬鹿にされていることだけはわかるよ」


 ワナワナと震えていた闇色の双眸が、確かな怒りに底光りした瞬間。首筋に押し当てられていた暗器の刃に、グ、とこれまで以上に力が込められた。幸い、まだザックリとはいっていないようだが、刀身に気道を圧迫されるせいで息が苦しい。


「く……っ!?」


(し、しまった……! 私を殺さないでくださいって説得しなきゃいけないのに、鉄壁の無表情が崩れたのが嬉しくて、つい煽るようなことを……っ!)


 気がつけば、大きな墓穴を掘っている私である。どうやら、サルファードの暗殺者としてのプライドは、公式ファンブックの情報以上に高いらしい。


 どうしよう。逆上して、このままブッスリやられてしまうのではと震え上がる私に、彼は形の良い唇を歪めて、「……チッ」と舌打ちを漏らした。


「ーープリマヴェラ。絶対に偽物だと思っていたけれど、お前が本物だと信じる気になってきたよ。お前は俺のことを、公爵家の命令通りに動く殺人人形だと馬鹿にしていたね。一度死んでも、その考えは変わっていないみたいだ」


「…………っ、ば、馬鹿になんか、してません……っ!」


「嘘つき。その目を見ればわかるよ。今のお前は、殺し屋の俺を蔑む目をしている」


「違いますよ……っ!!」


 叫んだ拍子に、ピリッと首筋に痛みが走った。鼻をつく血の匂い。生温い液体が、肌を伝っていく感覚がする。皮膚が切れたのだとわかったが、構わずに、闇色の双眸を真っ向から見返した。


 ーー怖い。


 怖いけれど、今、口籠もってしまったら、サルファードの言葉を肯定することになってしまう。


「本当に、蔑んでなんかいません! 義兄様の任務は、王国に仇なす者を秘密裏に闇に葬ることでしょう? 暗殺という手段を取る以上、戦場の英雄のように讃えられることはありませんが、義兄様や暗部の方々が危険を冒してくださっているおかげで、たくさんの命が守られて、救われているのだと理解しています! だから、少なくとも今の私は、義兄様のことを蔑んでなんかいません……っ!!」


「…………そう。でも、だったらどうして、そんな目で俺を見るのかな? 生き返ったときは混乱していたようだけれど、俺がサルファードだと認識してからは、ずっと俺を恐れて、毛嫌いしているよね?」


「そ、それは、義兄様が大地らーーじゃなくて、に、義兄様に、偽物だと疑われていたからですよ。検査で本物と証明できるかどうかもわかりませんでしたし、恐れていたのは、検査の結果に対してです。毛嫌いしているというのも、その……か、勘違いだと思うんですけど……」


「…………」


「と、とにかく! 私を殺すことは、どうか考え直してください……! 面倒だとか、厄介者だからとか、そういう理由で私を殺してしまったら、義兄様は本当にただの人殺しです。ーーお願いします。絶対に、ご厄介にはならないと約束しますから、私の命を助けてくださいませんか……?」


「…………」


 私が何故、プリマヴェラとして生き返ったのかはわからない。でも、せっかく健康な身体で、もう一度生きるチャンスを得たのだから、今度こそ、自分のやりたいことをやり抜きたい。


 いつだって、私は他人(ヒロイン)の人生に憧れて、画面越しに眺めているだけだった。


 人よりも弱い心臓のせいで、やりたいことを全部我慢して、諦めてーー自分の人生を自由に生きられないまま、病院で治療と療養を繰り返すだけの、誰かに生かされるだけの人生を送るんじゃなくて。


 今度こそ、自分の意思で生きてみたい。

 

 そして、大切な人の命をこの手で救いたいのだ。


 ーーだから。


(お願いだから殺さないでぇぇ……っ!! 第二の人生が始まって早々、死亡エンドとか絶対に嫌だから……! くそうっ! こんなことなら、地雷だって食わず嫌いせずに、サルファードの二次本を書いておくべきだった! この程度の考察じゃ、闇深いサルファードを理解するにはあまりにも手ぬるい……っ!! それに、こんな、なんの交渉にもなってない命乞いが、プロの暗殺者相手に通用するわけーー)


「わかった。いいよ」


「ほら、やっぱりダ……、――――っ!? い、いい!? いいんですかっ!?」


「うん。確かにお前の言う通り、どちらでもいいなら、殺す必要はないのかなって。それに、生き返ったお前をあれだけの人数が目撃している以上、殺した後の弁解や後始末も大変だろうし」


 至極あっさりと頷く彼を、信じられない気持ちで凝視した。しかし、どうやら冗談ではないらしく、サルファードはあんぐりと口を開けた私の拘束をさっさと解いて、寝台から降りていった。


 片手に握った漆黒の暗器を、スッと袖口に仕舞い入れる。


 その刃が血で汚れている様子はない。首筋に手をやると、傷どころか僅かな痛みすらなかった。


「あ、あれ……? さっき、確かに切れたと思ったのに……」


「傷口なら、魔法で塞いでおいたよ。無駄に動くから、無駄に怪我をするんだ。ああいうときは動かず冷静に。相手の出方を伺いながら会話をし、反撃の機会を作り出すことーーって、お前は才能がないから、この家の暗殺教育は受けていないんだったね」


「なんですか、その物騒な教育は……! で、でも、とにかく、殺さないでくれて、ありがとうございます! 義兄様!」


「どういたしまして。ーーでも、まだ大きな問題が残っているよ。お前を狙いに来る暗殺者は、どう対処するつもりだい?」


「あ……っ!?」


 そうだ。サルファードを説得することで頭がいっぱいで、失念していた。たとえ、彼が私を見逃しても、他の暗殺者に殺されたら意味がないじゃないか。


 「どうしましょう……っ!!」と真っ青になる私に、サルファードはスゥッと闇色の双眸を眇めた。


「ふぅん……命を狙われてるくせに、呑気だね。一体誰が、どんな暗殺者を雇ったかは知らないけれど。公爵家やお前本人に、殺したいほどの恨みを持っていることは間違いない。そういう依頼主は、殺し方にも注文をつけてくることが多いんだよ。死ぬまで拷問して欲しいとか、水も食料も与えずに餓死させて欲しいとか、四肢を切断して変態どもに売り飛ばして腹上死するまで××××ーーとか、酷く残酷な殺し方を望むから、面倒臭いんだよね。ちなみに、うちの暗部はそんな注文、一切受け付けないけど」


「こここ怖いこと言わないでくださいっ!! だからなんですか!? 義兄様の暗部に殺された方が苦しまないから、オススメだとでも言うんですかっ!?」

 

「いや? 命を助けるついでに、俺が守ってあげようかって言おうとしたんだけど」


「へ……?」


 ポカン、とする私に、サルファードはくりっと首を傾げてみせる。


「お前が言った通り、明確に命令されたわけじゃないから、お前は殺さない。ーーでも、それを他の暗殺者に殺されたら、悔しくないかな?」


「そういうものですかっ!?」


「そういうものだよ。ダイエット中だからって我慢したケーキを、他の奴に食べられたら誰だって悔しいだろう?」


「…………ケーキ?」


 私の、たった一つしかないかけがえのない命を、ダイエット中のケーキと一緒にしないでいただきたい。


 でも、まあ……なんとなく、言わんとしていることはわかる気がしないような気がしないでもない。


 要は、自分の獲物を横取りされたくないのだろう。つまり、私にとってはこの上なく好都合ということだ。


「そうか! 自分が我慢したのに他の暗殺者に殺されたくないから、義兄様が守ってくださるということですね!? ぜひ、お願いしますっ!!」


「わかった。ーーただし、これは正式な契約だ。これから先、お前の命を守るかわりに、俺の下僕になってもらうけど、いいよね?」


「わかりました。義兄様の下――っげ、げぼく!? 下僕って、下僕ですかっ!?」


「そう。下僕として、俺に絶対服従の上、言われた仕事を従順にこなしてもらう。そうすれば、俺も自分の所有物を保持するという名目で、父上に余計な口出しをされることなく、お前を守ることができる。それが嫌なら、やっぱり今殺すことになるけど、どうする?」


 尋ねながら、再び、袖口から物騒な暗器を取り出しかけたサルファードを、大慌てで制止した。


 とにかく、今はこの瞬間を生き抜くことだけを考えるしかない……!


「わ、わかりましたからっ!! 下僕にでも、なんでもなります! だから、私の命を守ってください……っ!!」


「よし。なら、契約成立だね」


 どこか満足気なサルファードの美貌をじっとりと睨みつつ。


 目の前に差し伸べられた手を、しっかりと握り締めた。



(蛇の道は蛇、毒には毒を……! こうなったら、下僕でもなんでもいい。王国最強の暗殺者、サルファードの力を借りて暗殺者を退けてーーそして必ず、闇堕ちルートを回避してみせる……っ!!)


 心の中で固く誓ったとき。


 長い睫毛の下、冷たく底光りする闇色の双眸が、スゥッと柔らかく細められた気がした。


 それは、まるで微笑むかのように。


 ーーかくして、悪役令嬢プリマヴェラとして生き返った私と、ラスボスヴィラン、サルファードとの契約生活が始まってしまったのである。







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