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一章⑥



 低い声音から漂う壮絶な色香に、カァッと頬が熱くなる。


 長い指に揶揄うように顎を持ち上げられ、眩暈のするような白皙の美貌に、息のかかりそうな距離から覗き込まれたとき。


 蒼い瞳に、深い闇色の影が落ちた。


「あ……っ!?」


 瞳の色だけではない。銀糸の髪がざわめいて、色を失いながら伸びていく。スルリ、と肩からこぼれた襟足の一房が、黒い蛇のように私の頬に滑り落ちる。


 闇よりも暗い漆黒の瞳。


 艶やかな夜天色の髪。


 ーー間違いない。


 今、目の前にいる闇の化身のような姿こそが、攻略キャラクターとして新規実装される前の彼ーーサルファードの真の姿だ。


「おや、驚いているみたいだね。この姿の俺を見るのは、初めてじゃないはずだけど?」


「お、驚いてなんか……! そ、そうじゃなくて、やっぱり、こんなことダメですよ……っ! 私達は、仮にも兄と妹なのに……!」 


「そんなことを気にしてるの? 大丈夫。父上も了承済みだ。お前はなにも心配せずに、俺に身を任せていればいい」


「ーーーーっ!?」


(公爵様めぇぇ……! あんな厳格そうな顔をして、なんてことを許すの……っ!?)


 絶句する私をよそに、それまで顎を摘んでいたサルファードの指先が、ゆっくりと喉の線を伝い下りていく。


 くすぐったいような、恥ずかしいような未知の感覚に、ゾクゾクと身体が震える。だが、指先が鎖骨に辿り着いたとき、それらが急に冷たい感覚に変わった。


 見上げたサルファードの瞳。映り込んでいる私の首に、漆黒の暗器(ダガー)がピッタリと押し当てられている。それを見た瞬間、全身から血の気が引いた。

 

「…………あ、あれ? あの、なんで私、こんな物騒なモノを突きつけられているんでしょうか……?」


「なんでって、刺殺(こっち)の方が楽だからだよ。絞殺(こうさつ)扼殺(やくさつ)は力がいるから疲れるし、死ぬ方も死ぬまで死ぬほど苦しくて、泡吹いて暴れ回って大変だよ。死に顔も綺麗とは言い難いしさ。だから、ザックリ()っちゃった方がいいと思うんだよね。絶対」


 「ーーさて。じゃあ、そろそろ本当に殺してもいいかな?」と、梟のようにくりっと真顔を傾げるサルファードに対し、


(いいわけあるかあああああーーーーっっ!!)


 ーーと、渾身のツッコミを絶叫する心の中の私である。


 危ない。


 ブレない。


 やっぱり、サルファードはどこまでいってもラスボスヴィラン(サルファード)だ。ほんの数秒前まで、義兄と義妹のめくるめく禁断のなにがしを想像してしまっていた自分を引っ叩いてやりたい。


「こ、殺すって、どうしてですか!? 私は偽物じゃないって、証明されたばかりなのに……!」


「父上が、処分を任せたと仰っただろう? 真偽に関わらず、お前はもう公爵家にとって無用なんだ。殺して始末するか、生かして利用するか。お前の生殺与奪権は、俺に一任されたんだよ。ーーで、厄介者を押し付けられるのも面倒だから、殺そうと思って」


「そんな……!」


「大丈夫。たとえ相手がお前であろうと、無駄に苦しめるような真似はしないよ。訪れそれに、ここで俺に殺された方が、下手に生きるより楽だろう?」


 真っ青になる私の反応を愉しむように眺めながら、淡々と彼は続ける。


「事故現場を調べたところ、馬車の残骸に魔法による攻撃の痕跡があった。攻撃に驚いた馬が谷底に転落したのなら、ただの事故ではなく暗殺だったことになる。同行者は全員死亡しているから、目撃証言はないけれどね」


「あ、暗殺……!? 私は誰かに殺されたってことですか? そんなの、一体誰が……!」


「さあね。お前は恨みを買った相手が多すぎるから。ーーでも、暗殺者にとって契約は絶対だ。生き返ったと知られたら、再度命を狙いに来るだろう。つまり、お前はこの先、死の恐怖に怯えながら生きていくことになる」


「…………っ!」


「それに、忘れているようだけど。お前はモーヴハルト王子に婚約を破棄されて、国外追放に処された身だ。刑の執行を取り仕切っていたのは王子だから、事故の責任を追求すれば、免罪を勝ち取ることは容易だろうけど、周りからの風当たりは相当厳しいはずだよ。これまでのような横暴は許されない。学園や社交場は勿論、どこへ行っても、なにをしても、お前の味方になる者は誰もいない。――ほら、傲慢なお前に、そんな屈辱や孤独に耐えながら生きていく覚悟なんてないだろう? だから、このまま俺に殺された方が、ずっと楽だよ」


(なんで……そんなことを平気で言えるの……?)


 サルファードに冗談を言っている様子はなく、口調は恐ろしいほどに冷静だった。だからこそ、胸の底から嫌悪感が込み上げる。


 ーーやっぱり、私はサルファードが大嫌いだ。


 『死は救いである』。


 私が彼を大地雷キャラとする最大の理由は、彼のこの考え方にある。


 公爵家に命じられるままに標的(ターゲット)を葬る彼は、人を殺すことに罪悪感を抱いていない。幼少の頃から積み重ねたその類稀なる実力と技量に絶対の自信を抱いており、痛みも苦しみも、死の間際の恐怖すら与えない完璧な終焉をもたらすことに、誇りすら持っているのだ。


 そして、罪を重ねて苦しみ生きるよりも、一流の暗殺者である自分に殺された方がいいと、本気で信じている。


 自分は、罪深い人間達を完璧な死に導くことで、救いを与えているのだと。


 だから、たとえそれが義理の妹であれ、平気で手にかけることができる。


 ーー実の、弟だとしても。

 

(絶対に、こんなところで殺されちゃダメだ……!! サルファードの闇堕ちエンドを回避して推しを助けることができるのは、この世界の運命(シナリオ)を知っている私だけなんだから……!!)


 震えが止まらない唇を、ギュッと噛み締めて。


 目の前に迫る漆黒の死神の顔を精一杯の虚勢を込めて睨みつけた。


「…………だ、さいよ……っ!」


「――なに?」


「死ぬ方が楽だなんて、そんなこと……いっぺん死んでから言ってくださいよっ!! 死ぬことがどれだけ怖いが、どんなに苦しくて、寂しくて、どれほど悔しいものなのか、知りもしないくせに……!!」


 大嫌いだ。


 サルファードなんて、大嫌いだ。


 そんな理由で殺されるなんて、冗談じゃない。


 ーー死にたくない。


 もっと生きたい。


 たとえ世界が変わっても、プリマヴェラとして生き返っても。心の底から湧き上がるこの想いは、少しだって変わっていない。


 本当は、元の世界でも、私はもっともっと、たくさん生きてみたかった。


 私にとってなにが楽しくて、なにが幸せなことなのかを知りたかった。生まれたときから何度も死にかけて、毎日毎日、いつ死ぬかもわからない恐怖に晒されてーーそんな、辛くて苦しいことだけが私の人生だなんて、認めたくなかった。


 でも、残念ながら、元の世界の私は、やりたかったことをやり遂げる前に死んでしまった。


 だから、今度こそは。


「義兄様は、自分に殺されれば救われると思っていらっしゃるかもしれませんけど、私にとっては救いなんかじゃない……! こんなの、ただの人殺しです!!」


「ーーーーッ!?」


 ーー必ず、生き抜いてみせる。


 今の私に残された武器。


 王子推し考察厨として鍛え上げた考察力と、ゲームの知識を駆使して……!





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