一章④
『ルミナス・テイルズ 〜月の乙女と運命の恋〜』。
このゲームは、ルミナリス王国の守護神、月の女神ルミナスにより、ヒロインの『月の乙女』が遣わされることから始まる。剣と魔法のファンタジー乙女ゲームだ。
『この地に封じられた魔王の封印が綻びしとき。王国の救世主たる月の乙女が遣わされ、清浄なる光の魔力によって国を救うであろう』
そう言い伝えられているルーナだが、なにしろ千年も前の伝承なので、誰にも信じてもらえない。
しかし、モーヴハルト王子が身柄を保護してくれたことで、光の魔力の使い手であることが明らかになると待遇は一変。王宮で暮らすことを許された彼女は、光の魔力を高めるために、王子とともにルミナリス王立魔法学園に通うことになる。
そして、個性豊かな攻略キャラクター達との交流や、魔王の封印の綻びとともに王国各地に現れた魔物との戦いの中で、自身に秘められた力と、生まれて初めての恋を開花させていくのだがーー
***
「誠に信じられない話ではございますが、この御方はプリマヴェラお嬢様御本人に間違いございません……!!」
王都の一等地に聳え立つ、漆黒の大豪邸。
公爵家の市邸に連れ帰られた私は、プリマヴェラの居室に待機していた魔法医師団に引き渡され、身体検査に魔力検査、血液検査や鑑定魔法による能力値の検査など、ありとあらゆる検査を受けた。
そして、夜更けまで続いた長い検査の末。白い髭の先まで汗だくになった魔法医師長の言葉に、安堵の息を吐いたのだった。
「良かった……! わかってもらえて嬉しいです!」
「……チッ! ――そう。ご苦労様」
(い、今、小さく舌打ちしなかった……!?)
ギョッとして見上げたサルファードの無表情が、心なしかつまらなさそうに見えるのは見間違いではないだろう。
検査のときも、それ自体は前の世界で慣れっこなのに、『結果次第では、即座に殺す』と脅されたせいで、生きた心地がしなかった。サルファードの言葉は脅しでなく事務的な死刑宣告であることを、ゲームで何度も彼に殺された私はよく知っている。
(とにかく、これで一安心だ。魂が別人だってことは魔法で調べてもわからないみたいだし、ついに、あのサルファードを騙し切ったぞーーっ!)
晴れて本物と判定されたおかげで、使用人達からの扱いも丁重になった。湯殿で磨かれ、温かく滋養のある食事を与えられて。簡易な検査着からプリマヴェラのイメージカラーである紫色のシルクの夜着に着替えさせられた私は、「とにかく安静に」と豪奢な絹張りの寝台に横たえられた。
芯までフカフカと柔らかいそれに身体を沈め、深く息を吐く。
(はぁ……気持ちいい。それにしても、流石は公爵家だな。執事さんにもメイドさんも『命じられたことにのみ従う』って感じだから、死んだはずの私を見ても葬儀のときみたいな騒ぎにはならなかった。誰かに殺されかけるなんて、二度とごめんだな……)
ふと、葬儀場で会ったモーヴハルト王子のことを思い出し、ズキリと胸が痛んだ。
ーーショックだった。
長年推してきた最推しに、あんなにも激しい怒りと殺意を向けられて、斬り殺されそうになるなんて。
(今の私は、あの心優しい王子に、あそこまで憎まれているんだな……。でも、たとえ、相手が悪役令嬢のプリマヴェラでも、わけもわからず狼狽えている相手に対して剣で切り掛かるなんて、やっぱり、王子らしくない気がする……)
ーーいや。単に、私が信じたくないだけかもしれない。
あの王子が。
優しくて聡明な、私の憧れの最推しが。
怒りと憎悪に駆られた眼差しを向け、私を殺そうとしたのだ。
これまでに受けたどんなに苛酷な手術も、生死の間を彷徨い続けるような酷い発作も。必死の思いで乗り越えられたのは、王子の優しい言葉と、温かな笑顔があったからなのにーー
「…………っ!」
思い出したら余計に悲しくなって、ジワリと熱い涙が込み上げる。眦に溜まったそれがこぼれ落ちそうになったとき、スッと、白い指先に拭い取られた。
「ーーどうしたの?」
気がつけば、寝台に掛かる天蓋の間から、サルファードの美貌が覗いていた。
「あ……」
私に触れるその指の、予想もしなかったほどの優しさに、質問に答えることも忘れて茫然としてしまう。
まさか、あの冷酷非道なサルファードが、私のことを心配してくれているとでもいうのだろうか?
私が偽物でなく、本物の義妹だとわかったから……?
「ねぇ。いきなり泣き出したから、原因を聞いてるんだけど。どこか痛むとか、苦しいとか、なにかあるんじゃないのかい?」
「え……っ? ええっと……! そ、そうじゃないんです。ただ、ちょっと、葬儀場でのことを思い出してしまって、誰かに殺されかけたのは初めてだったので、怖くて……」
「……そう」
天蓋の作る影の中で、サルファードは蒼い双眸をじっと張り詰め、静かに私を見つめている。馬車の中や検査のときに感じていた殺気はなく、まるで私の様子を見守るかのように穏やかだ。
その表情に、死んだ私を見つめていたときの泣き顔が重なって見えた。
(そういえば……まだ、聞いてなかったな。どうしてサルファードは、大嫌いな義妹のために涙まで流していたんだろう。今なら、教えてくれるかな……?)
「……あ、あの……、義兄様は、どうしてあのときーー」
「ーーーーっ!」
だが、尋ねようとした瞬間、涙を拭っていた指先がピクリと強張った。それまで心なしか柔らかだった表情も、俄かに凍りついていく。
なにか気に障ることを言っただろうかと蒼白になる私に、サルファードはこれまで見たどんな彼よりも、冷ややかな視線を向けて言った。
「……ふぅん? あれくらいの殺気に怖気付くなんてね。やっぱり、俺にはお前がプリマヴェラだなんて信じられないな。検査の結果に不備がないか、もう一度よく調べさせることにしよう」
「え゛……っ!?」
淡々と言いながら、それまで涙を拭ってくれていた指を、汚いものでも拭き取るかのようにハンカチで拭うサルファードである。
わかってはいたが、彼の行動心理に優しさなんてものは微塵もなかった。
(ぜ、前言撤回……っ!! やっぱり、サルファードはラスボスヴィランだった……! 一瞬でも優しいなと思った私の馬鹿馬鹿馬鹿……っ!!)
さっさと踵を返し、室内に待機している魔法医師長から検査結果の分厚い用紙を受け取る。そんなサルファードの背中に向けて、ありったけの罵詈雑言を(内心で)叫んだとき。
バンッ! と寝室のドアが開き、気品漂う壮年の男性が現れた。
「サルファード! 検査の結果が出たそうだな」
(この人は……確か、プリマヴェラの父親の、シーカリウス公爵だ)
オールバックの長い銀髪。冷厳な輝きを宿した蒼眼。彼も葬儀に出席していたためか、漆黒の喪服を着たままでいる。
シーカリウス公爵は、部屋に入るなり鋭い眼差しで私を睨みつけると、サルファードから検査結果の束を受け取った。無言で目を通した後、重々しく息を吐く。
「――なるほど。では、魔法医師長よ。貴殿は間者や魔物が扮した偽物でなく、本当に死んだプリマヴェラが生き返ったと言うのだな?」
「然様にございます。禁忌の魔法に使用される、闇の魔力も確認できませんでした。おそらくは、事故のショックで仮死状態になられていたのでしょう。いずれの検査結果にも異常はなく、お身体は健康そのもの。――ただ、一つだけ問題がございまして」
「なんだ?」
「はい……驚くべきことに、渓谷に転落された際の骨折や打撲箇所もすべて回復しておられました。しかし、それらに費やされたためか、魔力が枯渇しておられるのです。魔力回復薬を投与致しましたが効果はなく、自然回復を待つしかないかと……それまで、魔法の使用は難しいと存じます」
「なんだと……っ!? 王太子に婚約を破棄され、国外追放に処されたばかりか、貴族の証たる魔法まで使えなくなるとは! ――プリマヴェラッ! お前という娘は、どこまで公爵家の名に泥を塗れば気が済むのだ!」
「――――っ!? け、渓谷に、転落……したのですか……!?」
まさか、それが、この世界でのプリマヴェラの死因だというのか。
魔力が枯渇してしまったことよりも、自分の死因に絶句するーーそんな私を、公爵は訝しむように睨みつけた。
「なにを驚いている。まさか、自分がどうして死んだのか、覚えていないのか?」
「え……っ!? あ……は、はい。その、死んだときのショックのせいか、生前の記憶が曖昧でして……」
そうなのだ。検査の際に行われた問診で、自分が死んだときのことを尋ねられて気がついた。今の私が思い出せるのは前の世界のことと、ゲームで得た知識だけだ。
この世界でプリマヴェラが生きていたときの記憶は、一切覚えていない。
このことは、問診に同席していたサルファードにも知られている。そのときの彼はなにも言わなかったが、公爵は疑惑を深めるように、蒼い双眸を光らせた。
「生前の記憶が曖昧だと……? 記憶喪失ということか?」
「あっ、その、そこまで酷くはないんですよ。 大体のことは覚えているみたいなんですけど、生前の自分がどんな風だったのか、よく思い出せなくて」
「それでその妙な話し方か。それでは本人と証明するために王に謁見させようにも、余計な懐疑を与えてしまうではないか!」
「も、申し訳ありません!」
憤慨する公爵に平謝りしつつ、内心はそれどころではなかった。
『プリマヴェラが婚約破棄後に国外追放され、渓谷に転落して死亡する』。
この条件を満たすルートは、たった一つしかないのだ。
それは、私が死に際までクリアに挑んでいた、追加配信された最新キャラの攻略ルート――
(サ、サルファードルートだああ……ッッ!? よ、よりにもよって、この世界のヒロインはサルファードを攻略しようとしてるの……!? お願いだから、嘘だと言って――――っっ!!)
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