一章③
『本当に、俺を選んでいいのかい? ……ふぅん。後悔しても、もう逃してあげられないよ』
攻略キャラ選択時のCVと専用BGM、もはや裏しかない妖艶な微笑みを浮かべた美麗スチルが脳内で完全再生される中ーー私は、すぐ目の前にあるサルファードの美貌を震えながら凝視した。
さっきから感じていた恐怖の正体は、これだったのだ。
棺桶の中で目覚めたとき、初めて見た彼の顔に見覚えがあったのも気のせいではない。すぐに気づかなかったのは、その目と髪の色が大きく違っていたからだ。
『銀髪蒼眼バージョン』の彼が実装されたのは、つい最近のこと。
本来の彼は、どちらも闇よりも深い漆黒をしている。
(ラスボスヴィラン、サルファード……! ファンの間の愛称は『義兄様』。表向きは魔力に秀でた、四大属性魔法を自在に操る完璧超人の公爵子息ーーしかし、その正体は、公爵家が極秘に管轄する国家暗殺部隊の隊長。つまり、超一流の暗殺者だ……!!)
通常は、敵国の将や間者をはじめ、海賊や盗賊、国家を脅かす反乱分子の暗殺を任務としている彼だが、ゲームではヒロインのルーナを懐柔するとともに、彼女が公爵家の敵となる場合、速やかに始末するよう命を受けている。
それだけでも充分に恐ろしいのに、シナリオの最後では闇堕ちして魔王と化し、最強のラスボスヴィランになってしまう。
日常的に死を恐れてきた私にとって、ヒロインや攻略キャラ達に死と破滅をもたらすサルファードは、最大の地雷キャラなのだ。
「寛容なご判断、感謝いたします。では、私はこれで」
王子が宣言したおかげで、暴徒化していた参列者達はすっかり静まっていた。あまりの事実に蒼白になった私を抱いたまま、サルファードは優雅に一礼し、彼等の間を悠然と進んでいく。
聖堂の出口の前には溜め塗りの馬車が控えており、彼が私を運び込むなり、行き先も告げていないのに走り出した。
その手際の良さに、ますます震え上がる。
(ど、どどどどどうしよう……っ!! これ、絶対に助けられる展開じゃないよね!? 王子にはしかるべき検査をするって言ってたけど、人気のない所に連れて行って、こ、殺すつもりなんじゃ……!)
そもそも、あのサルファードが義妹の死に涙していたこと自体がおかしい。
二人は幼い頃に義兄妹になったが、その仲は険悪そのもの。男児を持たない公爵家に養子として迎えられたサルファードを、プリマヴェラは彼の出生の秘密を理由に嫌厭してきた。
そのため、義兄妹仲は極寒の冷戦状態。互いに避け合っていたためか、ゲームでは二人が顔を合わせるシーンすらなかった。
そんな義妹の死を悲しみ、ましてや窮地を助けるなんて、なにか裏があるに決まっている……!!
ガタガタと、馬車による振動以上に恐怖で身体が震えてしまう。座席に張られた漆黒のベルベットの上で竦み上がっていると、隣に座ったラスボスヴィランの蒼い瞳が、キロリとこちらを向いた。
「……ふぅん。気丈なお前がそこまで怯えるなんてね。そんなに馬車が怖いのかい? ーーそれとも、まさか、俺のことを恐がっているんじゃないだろうね?」
「え……っ!?」
ゲームで聞いた覚えのある問いに、心臓が飛び跳ねた。
ーー罠だ、これは。
サルファードは自身の出生を知る者に、怖がられたり忌み嫌われることをなによりも嫌っている。故に、ゲームでは「はい」と答えた時点で失敗エンドが確定し、次の瞬間、首を跳ね飛ばされていた。
シナリオ終盤の彼との会話では、誤答即瞬殺が当たり前。その鬼畜仕様のせいで、何度リロードを強いられたことか……!
「い、いいえ……っ! こ、怖くなんてありませんっ!」
(お、おちおちち落ち着いて……っ! 私は正しい選択肢を知っているんだから、うっかり誤答してザックリ殺されることはないはず……っ!)
祈るような気持ちで首を振ると、サルファードはじっと私を見つめたまま、無表情に尋ねてきた。
「……ふぅん。本当に?」
「は、はい! 本当です……っ!」
ーー怖い。
抑揚のない声や凍てついた表情からは、感情の類が全く読み取れない。それに、なんだか変だ。彼はいわゆる『にっこり腹黒キャラ』で、こんなに無表情ではなかったはずなのに。
(な、なんで……? 王子に対してはゲーム通りの口調で話してたし、笑ってたくせに。なんでこんなに無表情なの……!?)
ただでさえ作り物めいた美貌が、表情が無いせいで人形そのものに見える。会話選択肢を間違えたかと泣きそうになっていると、唐突に、白磁のようなサルファードの手が、ズ……ッ! と私の首に向かって伸びてきた。
「キャアアーーーーッ!?」
「――はい、嘘つき。知ってると思うけど、俺に嘘は通用しないよ? 呼吸、表情、話し方、魔力の乱れ。他にも色々判断材料はあるけど、そういうもので全部わかってしまうからね」
「まぁ、今のお前にそんなものは必要ないけど」と呟きながら、サルファードは伸ばした手で、私の顎をクイと持ち上げた。精巧な美術品のような美貌に至近距離から見つめられて、あまりの迫力に息を飲む。
蒼い双眸が、研ぎ澄まされたナイフの刃のように底光りしている。その凶暴な眼差しを突きつけたまま、彼は再び尋ねてきた。
「ねぇ、プリマヴェラ。お前とまともに話しをするのは久しぶりだけど。一度死んで生き返ったからといって、そこまで嘘が下手になるものかな? その口調も、自信なさげな居振る舞いも、死ぬ前の傍若無人なお前とは大違いだよ。まるで、別人になったみたいだ」
「そ……っ、そんなことないですよ! 確かに、目が覚めたら自分のお葬式で、生き返ったと騒がれたり、殺されかけたりして混乱してますけどーー」
(う、疑われてる……っ!! そ、それはそうだよね。死人が生き返ったなんて信じるより、変装した他人が死体とすり替わったって考える方が、よっぽど現実的だ。ど、どうしよう……! 文化祭で木の役すらやったことない私が、国家最強の暗殺者であるサルファードを相手に、傲慢不遜な悪役令嬢をバレないように演じ切るなんて絶対無理……っ!!)
それこそ、「〜ですわ!」と語尾を真似た瞬間、首を跳ね飛ばされてしまうだろう。
だが、だからといって、貴方の義妹の身体に別の世界で死んだ人間の魂が入ってますなんてことを明かした日には、なにに利用されるかわからない。
サルファードにだけは、私の正体を知られるわけにはいかない。
(嘘をついても、絶対に見抜かれる……! ーーええい! だったらもう、真実のみでゴリ押すしか……!!)
「そ、そう! おかしいのは、きっと混乱しているせいですよ! 私は、間違いなくプリマヴェラです! 別人なんかじゃありません……!!」
「ふぅん……」
バクバクと悲鳴を上げる心臓を抱えながら、いちかばちかで言い切る私。サルファードは微塵も信じていないであろう極寒の視線で刺し貫いていたが、やがて身を引き、ゆっくりと馬車の背もたれに身体を預けた。
揶揄うように顎をなぞっていた指先も、あっさりと離れていく。
「ーーまあ、しらばっくれたいならそれでいいよ。公爵邸に、王宮専属の魔法医師達を手配する。お前が本物のプリマヴェラか否か。本物なら、死人がどうやって息を吹き返したのか、わかるまで調べさせるつもりだ」
「魔法医師……えっと、つまり、身体検査ってことですか? なんだ、しかるべき検査ってそういう意味ですか。それくらいなら、大丈夫です」
「そう? ちなみに偽物である場合や、闇の魔力を使用した禁忌の魔法で蘇生されていたり、操られているとわかった場合は即座に殺すからね」
「えっ!?」
「当然だろう? まあ、お前が本物のプリマヴェラなら、なにも問題ない話だよ」
「そうだろう?」と、サルファードは嘲笑うように双眸を眇めてみせる。凍てつくような蒼い双眸の中に、怯え切った私の顔が閉じ込められていく。
その、断頭台の刃にも似た無機質で絶対的な殺気を前に、鳥肌さえも凍りついた。
(…………サ、サルファードのサはサディストのサ――ッ!! 私が本物だなんて、絶対に信じてないくせに……っ! ああもうっ! わかってはいたけど、助けてくれるつもりなんてこれっぽっちもないんじゃないのーーっ!!)
ゲームでも現実でも、やっぱりサルファードは私の大大大地雷キャラだ……!!
そうですね、と引き攣った笑顔を浮かべながら、内心で絶叫する。
そんな私を乗せて、馬車は無情にも公爵邸に到着してしまった。
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