表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/29

一章②




『ーー可愛い人。どうか、悲しまないで。これからはこの私が、兄のように貴女を守り、支えとなると誓いますから』


 攻略キャラ選択時のCVと専用BGM、輝くような笑顔を浮かべた美麗スチルが脳内で完全再生される中ーー私は、眼下に並んだ参列席の最前列から立ち上がったその人物を凝視した。


 金髪碧眼の、典型的王子様なビジュアル。この距離からでも美形とわかる、精悍かつ端正な面立ち。しかも、ゲームで着ていた金と蒼をアクセントにした純白の騎士服ではなく、葬儀のために喪の色を纏う姿はあまりにもレアすぎて、息どころか心臓まで止まりそうになる。


 彼が、彼こそが……!!


(モーヴハルト王子ーーーーッ!! ううう嘘ぉっ!? 本物の王子が目の前にいるなんてっ! わ、私、本当に『ルミナス・テイルズ』の世界にいるんだ……っ!!)


 モーヴハルト・テンプルトン・ルミナリス。


 ルミナリス王国の唯一の王子であり、王太子。ファンの間で『王子』の愛称で親しまれている彼こそは、この乙女ゲームのメイン攻略対象にして、私の辛く苦しい闘病生活を支え続けてくれた、唯一無二の『最推しキャラ』だ!!


 文部両道、品行方正。強くて優しくて、どこまでも紳士的な王子様ーー普通、この手のキャラには腹黒属性やヤンデレ属性が付属するのがお約束だが、王子は違う。

 

 ゲーム冒頭、右も左もわからないヒロインの『ルーナ』に救いの手を差し伸べ、優しく守り導いてくれる彼は、そんなメイン攻略対象の鑑のような対応を、どのルートでも徹底的に貫いてくれるのだ。


 長い闘病中、山のような乙女ゲームをプレイしてきたからこそ、言えることがある。


 シンプルイズベスト……!!


 ギャップ萌えも、過ぎるとくどいだけだ。


 ヒーローたるもの、悲しいときにはそばにいて、困ったときには助けてくれる。


 そして、目が合うと、いつでも優しく微笑みかけてくれる。


 ーーだだ、それだけでいいのである。


(ああ、王子……ッ!! あまりにも王道すぎて、アンチには『テンプレモブ王子』なんて酷い渾名をつけられておりますが、裏の顔など断じて不要ッ! 偉い人にはそれがわからんのでありますッ!! くはあっ! でも、そういう衣装的なギャップ萌えはいいッ! ダークなお召し物が、太陽のごときご尊顔をいっそう(まばゆ)く引き立てていて尊いッ! 学校にすらろくに通えなかった私にとって、貴方と過ごした時間は青春そのもの! 貴方は私をルミナリス王立魔法学園という新たな世界に連れ出し、恋やときめき溢れる学園生活を与えたくれた、大切な人なんですううぅーーッッ!!)


 感極まって半泣きになりながら、彼の登場に心から安堵した。救いのヒーローである王子ならば、きっと今の私の力になってくれるはずだ。


 よし。まずは、私がプリマヴェラとして生き返ってしまった敬意を説明して……と、考えていた矢先、彼が取った行動に青ざめた。


 王子は祭壇の上にいる私と目を合わせると、優しく微笑みかけてくれるーーどころか、腰に携えていた剣を迷わず抜き放ったのだ。


「プリマヴェラッ!! わざとらしい嘘泣きはやめて、質問に答えなさい! 死んだはずの貴女が、何故生きているのですかっ!? まさか、死亡したフリをして私を騙し、ルーナを害した罪を逃れようとしたのではないでしょうね!?」


「だ、騙す……っ!? そそ、そんな、王子を騙すなんてめっそうもないっ! 私は、その、目が覚めたらここにいて、自分でも訳がわからない状況でーー」


「そんな言い訳が通用するとでも!? とにかく、そこを動くなっ! 正直に話す気がないのなら、この場で切り捨てるまで!!」


(き、切り捨てる……!?)


 解釈違いにもほどがある……!!


 たった今、推しの口から飛び出したあまりにもな言葉に、クラクラと眩暈がした。違う。私の推しは、こんなに話の通じないキャラじゃない!


 知的で、紳士的で、身分を問わず誰にでも優しい彼はどこへ行ってしまったのか。


 ショックのあまり、先ほどとは違う意味で涙が込み上げるーーそのとき、はたと豹変の原因に気がついた。


(そ、そうか……っ! 今の私は悪役令嬢のプリマヴェラだから……!!)


 傲慢不遜。


 狭量で高飛車で、野心家で嫉妬深い。そんなプリマヴェラのことを、婚約者のモーヴハルト王子は徹底的に嫌っていた。


 しかも、プリマヴェラが死亡した後ということは、どのシナリオであれゲームの終盤。乙女ゲーム名物、断罪イベントの直後である。これまでプリマヴェラは、悪役令嬢としてルーナに執拗な嫌がらせを続けてきた。そして、嫉妬の果てにルーナを害し、激怒した王子に婚約を破棄されてしまったはずである。


 そんな相手がなにを言っても、信じてもらえるわけがない。


(ど、どどど、どうしよう……っ!? 剣も抜いてるし、このままだと本当に殺されるかも! 推しに殺されるなんて、絶対に嫌だ……! な、なんとかして逃げなきゃ……っ!)


 だが、棺桶の中では退路がない。加えて、死んだはずの私が生き返ったことで、葬儀の場は大パニックに陥っていた。聖堂いっぱいの参列者達が悲鳴を上げて逃げまどい、中には王子に加勢しようと、剣を抜く人達までいる。


 気がつけば、私は殺意と敵意のこもった何百という視線に貫かれていた。


「死者が生き返るなど、あり得ない! きっと、禁忌の魔法が使われたのだ!」


「汚らわしい! 公爵家は闇の魔力に手を出してまで、あの悪女を生き返らせたかったのか!?」


「殺せッ! 月の女神を冒涜する異端者め! 吊るし上げて火炙りにしろ!」


「そうだ! 殺せッ!!」


(――怖い)


 死にかけたことは何度もある。


 物心がついたときから、いつ死ぬかもわからない恐怖と闘いながら生きて来た。


 現に、今の私は実際に死んでしまった後なのだろう。でも、こんな風に、誰かから殺意を向けられたことなんてない。


 人の殺意が、こんなにも恐ろしいものだったなんて。


 しかも、よりにもよって、大好きだった推しの手で殺されるなんて、そんなの絶対に嫌だ……!

 

(あんなの、私が知ってる王子じゃない……! だ、誰か、誰か、助けて……っ!)


 モーヴハルト王子が、祭壇の階段を駆け上がってくる。殺気に満ちた視線に貫かれて、恐怖のあまり身体が動かない。ドクドクと脈打つ心臓の音が、悲鳴のように鳴り響く。


「い……嫌……! た、たす、けて……っ!」


 戦慄き、怯え切った私を目掛けて、王子は鋭く光る抜き身の刃を無慈悲に振り下ろした。


 ――その、直前だった。


「捕まれ」


「え……っ? ――わあっ!?」


 短く、冷静な声とともに、ふわりと身体が浮き上がった。なにが起きたのかと目を見開けば、あの銀髪蒼眼の麗しい青年が、至近距離から私を見つめていた。


 そして、彼はそのまま、かなりの高さがある祭壇の上から、一切の躊躇なく飛び降りたのだ。


「――――ッ!?」


 悲鳴を上げる間もなく。トン、と軽やかに、彼の爪先は床の上に降り立つ。大した振動も衝撃もない、人間離れした身の軽さだった。


 びっくりしすぎて声も出ない私を尻目に、青年は祭壇の上で立ち惚けている王子を見上げ、落ち着いた口調で言った。


「――モーヴハルト殿下。権威ある大聖堂を、血で汚すことは避けたい。プリマヴェラも、今の状況に混乱しているようだ。ひとまず、この私に身柄を預けてはいただけませんか?」


「なんですって……!? し、しかし、それでは、あ……いえ、貴公に危険が及ぶ可能性があります!」


「問題ございません。邸にてしかるべき検査を行い、万が一、王国に害なす類のものであれば、私が責任をもって始末いたします」


 にっこりと優しげな微笑みを浮かべる青年に、何故か、ゾクリと背中に悪寒が走る。


(な、なんで……? なんで私、この人のことを怖いと思ってるんだろう……?)


 会話の内容から察するに、彼はこの場から私を助け出そうとしてくれているのだ。それなのに、その美しい笑顔を見つめていると、背筋が凍るように冷たくなっていく。


 まるで、すぐ目の前にある闇の奥に、猛獣が潜んでいるような恐怖感ーーそんな訳のわからない恐ろしさに、ガタガタと身体まで震え始めた。


「……わかりました。貴公にそこまで言われては、お任せする他ありませんね」


 王子は深く嘆息し剣を納めると、聖堂いっぱいに響き渡るよう声を張った。


 そして、その言葉が、私の恐怖の正体を暴いたのだった。


「皆、剣を納めよ! 此度の件は、サルファード・カイン・シーカリウス公爵子息に一任するものとする!!」


「…………え?」


(…………サ、サルファード? 今、サルファードって言った……!?)




読んでいただき、ありがとうございます!

これから毎日更新をできる限りがんばります。

更新の励みになりますので、「☆評価」「ブックマーク」「いいね」を是非お願いいたします!

ご感想、コメント、レビューをなによりも楽しみに投稿しております!

いただけると宝物にいたしますので、こちらも是非お願いいたします!!



【PR】

『貢がれ姫と冷厳の白狼王 獣人の万能薬になるのは嫌なので全力で逃亡します』 著:惺月いづみ

孤独な王×生け贄の姫が運命を打ち破る――異種族ラブファンタジー!

人知れず森で育てられた王女ニーナは、《贄姫》と呼ばれ獣人の国の白狼王ヴォルガに貢がれる。

万病を癒やし強大な力を与えると伝わる血肉を捧げよ――って冗談じゃない! だが何度逃亡してもヴォルガに捕まってしまう。

そんな時、冷酷と思っていた彼が贄姫を求める理由を知り、心動かされたニーナは自由を条件に協力を申し出るが……?

運命が交わる時、獣人と人間の未来が変わる!! 第20回KADOKAWAビーンズ小説大賞奨励賞受賞作! 好評発売中!!

※本作品はアニメ放送中の『魔導具師ダリアはうつむかない』の九巻以降のイラストレーターである駒田ハチ先生にイラスト・キャラクターデザインを担当していただきました! ニーナがとにかく可愛らしく、ヴォルガは最高のイケメン狼獣人に描いてくださっておりますので、是非ご覧になってください!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ