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一章① 悪役令嬢は死亡エンドを許さない!

 



 ――誰かが、泣いている。


 込み上げる嗚咽を必死で噛み殺す声に、それまで深い眠りの底にあった私の意識はゆっくりと浮上した。


(誰だろう……? 艶があって綺麗な……男の人の声? 家族の声じゃないから、新しい医師(せんせい)か、看護師さんかもしれないな)


 どちらにしろ、人に悲しまれるのは苦手だな……。


 重たい瞼を持ち上げられないまま、起き抜けの頭でぼんやりと考える。


 私は生まれつき心臓が悪い。それでも現代医療の力に頼りながら、なんとか闘病生活を続けてきた。十六歳になる今でも、ろくに高校にすら通えない身体だけど、これが私の日常だ。


 他人から見たら不幸な身の上だろう。でも、私にとっては普通のことだし、外に出れないながらも楽しみだってある。だから、他人に悲しまれたり憐れまれたりすると、どうしていいかわからなくなるのだ。


(どうしよう……万年病室引きこもりで、ただでさえ知らない人は苦手なのに。起きて目が合っても気まずいし、このまま狸寝入りしてようかな?)


 目を閉じたまま悩んでいると、ポツリと雨のようなものが頬に降り落ちてきた。温かな雫だ。


 まさかこの人は、ろくに面識もない私のために、涙までこぼしてくれているのだろうか? もしそうなら、狸寝入りでやり過ごそうなんて、いくらなんでも失礼すぎる。


 悩んだ末に、恐る恐る目を開くと、予想外に眩い光が差し込んだ。


「ーーーーっ、眩し……!?」


 キラキラと輝く七色の光。まるで、ステンドグラスのように鮮やかに煌めく光彩だった。病室にステンドグラスなんてあるわけがない。なにがどうなっているのかと、目を丸くするーーそんな私の顔を、誰かが覗き込んでいた。


「……あの、な、泣かないで……? どうか、泣かないで……ください……」 


 起き抜けの声は、自分のものとは思えないほど掠れていた。安心して欲しくて微笑むと、光の中にいるその人が、ハッと息を飲むのがわかった。


 目が慣れるにつれて、ぼやけていた姿が鮮明になっていくーー同時に、今度は私が息を飲んだ。


「え……っ?」


(…………なんだ、このイケメンは)


 それも、ちょっとやそっとのレベルではない。漆黒の騎士服を冷然と纏った、信じられないほど完璧な美の化身がそこにいた。


 冷たく輝くアイスブルーの瞳。サラサラと額にこぼれ落ちる、月の光にも似た銀色の髪。目鼻立ちのはっきりとした白皙の美貌は、宗教画から飛び出してきた女神のような麗しさだ。


 この眩さはステンドグラスのせいではなく、彼の美貌から直接光が放たれているのではないかーーそんなことを信じてしまいそうなくらいの美青年が、こぼれる涙を拭いもせず、私の顔を覗き込んでいたのである。


(ゆ、夢……っ!? いや、絶対にそうだよね!? 日本の片田舎の病院に、こんな王子様みたいな人がいるわけないしっ!! ――あれ? でも、この人の顔、どこかで見たことがあるような……?)


 思い出そうとした途端、ゾクッ! と、とんでもない悪寒が背筋を這い上った。


 何故だろう。まるで、触れてはいけないものに触れようとしているような嫌な予感だ。でも、そもそも病院の外に出歩けない私に、危険人物との接点なんてあるはずがない。怪訝に思いながら、それにしてもリアルな夢だなと、彼の頬を伝う雫にそっと手を伸ばしてみた。


「ーーあっ!」


 だが、腕を持ち上げた瞬間、青年の手に手首を掴み上げられていた。いつその手が動いたのかわからない。まさに目にも止まらない早業だ。


 呆気に取られる私に構わず、彼は立てとばかりに掴んだ腕を引き上げる。


(い、痛い……っ!? な、なんで……? 夢なのに、なんでこんなに感覚がはっきりしてるの……??)


 掴まれた腕から伝わる力の強さに困惑しつつ、ヨロヨロと立ち上がる。そんな私に、青年は溢れる涙を拭いもせず、蒼い瞳をいっぱいに張り詰めた。戦慄く薄い唇から、やっとというように言葉が絞り出される。


「ーープリマ、ヴェラ……お前、本当に……生きているのか……?」


「え……?」


 ――プリマヴェラ。


 艶のある美声にその名を呼ばれたとき。私は、彼の瞳に映る自分の姿に初めて気がついた。


 煌びやかな宝石が散りばめられた、美しい深紫のドレス。腰まで波打つ銀紫の髪。気高い猫科の肉食獣を思わせる、紫水晶色(アメジスト)の瞳を持つ絶世の美少女。


 プリマヴェラ・アーベル・シーカリウス。


 それは、長い闘病生活の中でやり込んでいた乙女ゲーム、『ルミナス・テイルズ 〜月の乙女と運命の恋〜』に登場する悪役令嬢の立ち絵(すがた)そのものだった。


「はああ――っ!? な、ななななにこれっ!? 一体、なにがどうなってるの……っ!?」


 口から飛び出した声の可憐さに、ますます困惑する。こんな人気Vチューバ―のような美少女が私であってたまるものか。おそらく、『見た目は乙女ゲームの悪役令嬢、頭脳は私』的な状況になっているのだろうが、どうにも信じられない。


 嘘だ……病院の消灯時間を過ぎてもなお、推しキャラの特別シナリオ解放条件達成のためにゲーム画面に齧り付いていた私の身体はどこへ行ってしまったのか。


 パニックの末、恐る恐る、掴まれていない方の手でムニッとほっぺたを摘んでみる。


(や、やっぱり痛い……っ! ゆ、夢じゃないんだ……この展開、漫画や小説で流行ってる、悪役令嬢に転生しました〜〜ってやつなんじゃないのお……っ!?)


 だがしかし、それにしてはシチュエーションがおかしい。こういう場合、揺籠か寝台の中で目覚めるのが鉄板だろうが、私が目覚めたその場所は、そのどちらでもなかった。


 ――棺桶である。


 純白の百合の花が敷き詰められた黒い箱は、どこからどう見ても棺桶であった。周囲はステンドグラスの硝子天井が煌めく白亜の大聖堂。そこに高々と設けられた祭壇の上で、私は自分の棺桶に両足を突っ込んで立っていたのだ。


 そして、そんな私を凝視する美青年の向こうには、大勢の喪服姿の参列者達が長椅子に座し、真っ青な顔で硬直していた。


(棺桶に、聖堂、おまけに喪服の参列者……ということは、これってプリマヴェラのお葬式!? でも、ゲームにはそんなイベント、なかったはずなのに……?)


 この乙女ゲームは特にやり込んでいたから、はっきりと覚えている。悪役令嬢プリマヴェラが死亡するルートは多々あれど、お葬式のイベントなんてなかったはずだ。


 だけど、もし、ここが現実の世界だとしたら。


(そ、そうか……! プリマヴェラはこのルミナリス王国の公爵令嬢。彼女が亡くなれば、盛大な葬儀が開かれて当たり前……たぶん、今は、その真っ最中だってことだよね? 誰かのルートで悲惨な死を遂げたプリマヴェラの身体に、日本の病院で心臓発作を起こした私の魂が乗り移った……? ――待って!? なら、元の世界の私はどうなったの!? 魂だけしかないってことは、ししし、死んだってこと……っ!?)


 そう気がついた瞬間。それまで記憶の片隅に追いやられていた、地獄のような心臓発作の苦しみがはっきりと思い出された。


 ーーそうだ、おそらく私は死んだのだ。


 数日前から体調が悪かったし、急な発作を何度も起こした。いつなにが起きてもおかしくない状況だったからこそ、私は消灯時間を無視してまで、新たに追加された新キャラクターの全エンディングを回収しようとしていたのだ。


 だが、その最中。突然、激しい発作が起き、脈拍が正常に戻らないまま、呼吸さえも出来なくなってーーそこで、記憶が途切れている。


 ……無念である。


 身に起きたことを理解しつつ、ギュッと拳を握りしめる。


 死ぬ前に、エンディング全回収によって解放される最推しキャラの特別シナリオを、なんとしてでもこの目に納めたかった。


 でないと……!!


(死んでも死にきれなかったのにいいい――っ!! あれ? でも、もしかして、その無念のせいでプリマヴェラとして生き返っちゃったのかな? はは……ま、まさかね……?)


 別の世界で死んだ私の魂が、ゲームの世界で死んだプリマヴェラの身体に入って、生き返ってしまっただなんて。ぶっ飛んだ現実を目の当たりにすると、混乱を飛び越えて茫然と受け入れるしかないのだなあと、乾いた笑いがこぼれ落ちた。


 そのときーー


「プリマヴェラッ!! これは一体、どういうことですかっ!?」


(ーーーーっ!? こ、この声は……!)


 まさに、死んでも忘れられないあの(キャラ)の、凛とした声音が響き渡った。






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