プロローグ 私が死んだ日
「――さて。そろそろ……シてもいいかな?」
ドサッと仰向けになる身体。
ギシリと軋む寝台。
彼が低く呟いた瞬間。私は豪奢な絹の寝台の上に、易々と押し倒されていた。
「え……っ? あ、あの、義兄様。してもいいって、なにをですか?」
わけがわからず混乱する私を無視して、彼は私の身体に馬乗りになる。
いつの間にか、両手は左手に拘束され、枕の上に縫い止められてしまっていた。強い力で押さえ込まれて、指一本動かせない。
(――怖い)
人形めいた美貌は、眉一つ微動だにしない。
シャンデリアに輝く銀糸の髪の下、爛々と底光りする蒼い双眸が、獲物に襲いかかろうとしている肉食獣のようだ。
(気がついたら人払いされてるし、こんな寝室に二人きりなんて――い、一体、なにをしようとしてるの……?)
恐怖と不安で、心臓が痛いほど脈打っている。動揺する私に構わず、彼は先ほどの問いの答えだと言うように、空いた右手で夜着の胸元をはだけ始めた。
「あ……っ!?」
シュル、とリボンを解かれると、鎖骨のあたりまで露わになってしまう。夜着の下着は薄く、心ともない。他人の目に素肌を晒されるあまりの恥ずかしさに息を詰まらせると、白い喉が楽しげに揺れた。
「ふぅん……思っていたよりも楽しいな。俺はずっと、お前とこうすることを待ち望んでいたのかもしれないね?」
長い指が、クイ、と揶揄うように私の顎を持ち上げる。黒い龍の紋章があしらわれた、漆黒の騎士服。至近距離から覗き込んでくる完璧な容姿は、男性であるにも関わらず、女神のように美しい。
しかし、思わず見惚れそうになった瞬間。銀の睫毛に縁取られた瞳に、スウッと暗い影が落ちた。冴え冴えとした冬空のような蒼い双眸も。艶やかに輝く銀糸の髪も。彼の美貌を彩る色彩のすべてが、深い闇の底に飲み込まれていく。
(し、漆黒の髪と、闇色の瞳……⁉ ――や、やっぱり、間違いないんだ! この人こそが、あの……‼)
サルファード・カイン・シーカリウス。
ルミナリス王国の公爵家嫡男にして、暗殺部隊の長を勤める国家最強の暗殺者。
そしてーーこの乙女ゲーム『ルミナス・テイルズ』に死と破滅をもたらす、ラスボスヴィランだ……‼
(――で、私はその義妹の悪役令嬢として生き返っちゃったんじゃないの⁉ サルファードとの義兄妹仲は最低最悪のはずなのに、なんで寝台に押し倒されてるの……っ⁉)
こんな事態は解釈違だ。しかも、サルファードは私の推しどころか、『怖い・嫌い・危険』の三拍子が揃った、大大大大大地雷キャラなのに。
「ーーおや、驚いているみたいだね。この姿の俺を見るのは、初めてじゃないはずだけど?」
「そ、そっちに驚いてるわけじゃないです! こんなことダメですよ、義兄様……っ! か、仮にも兄と妹なのに……!」
「そんなことを気にしてるのかい? 大丈夫。父上も了承済みだ。お前はなにも心配せずに、俺に身を任せていればいい」
「身を……っ⁉」
公爵様め、あんな厳格な顔をしておきながら、なんてことを了承してくれたのだ。
真っ赤になる私を見つめ、サルファードは薄い唇の端からペロリと赤い舌を覗かせる。爪の先まで形の良い指に、顎から喉の線をゆっくりとなぞられて、感じたことのない感覚にゾクゾクと甘い震えが走った。
悔しい。地雷のくせに、諸事情により顔だけは好みなのだ。耳障りの良い艶やかな声。二十一歳という大人の身体が醸し出壮絶な色気に目が眩みそうになる。
ーーそのとき。
(……ん?)
なにやら、ヒヤリと冷たいものが首筋に触れた。
なんだこれはと、我に返った私を見つめるサルファードの瞳――その闇色の中に、頸動脈に暗器の刃を押し当てられた私の姿が映り込んでいた。
「…………あれ? あの、なんで私、こんな物騒なモノを突きつけられているんですか?」
「なんでって、刺殺の方が楽だからだよ。絞殺や扼殺は力がいるから疲れるし、殺される方も泡吹いて暴れ回って大変だよ。死に顔も綺麗とは言い難いしさ。だから、ザックリ殺っちゃった方がいいと思うんだよね。絶対」
「俺のオススメ」と冗談めかして本気で刃に力を込めようとする気配に、全身から血の気が引いた。蒼白になって震える私に向かい、サルファードはくりっと真顔を傾げてみせる。
「――さて。じゃあ、そろそろ本当に殺してもいいかな?」
「……い」
(いいわけあるかあああああ――――っっ‼)
内心で渾身のツッコミを叫んだとき。頭の中に、今日私の身に起きた、信じられないような不幸がありありと蘇った。ああ、きっとこれが走馬灯というやつなのだろう。
時は、かれこれ数時間前に遡るーー
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