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夏休みに入ったこともあって、きみは比較的自由に双子と会うことができるようになった。
あの日以降、きみは芹沢優愛には会ってはいなかった。あの日というのは芹沢家を訪れてから、ということだ。すでに夏休みも序盤が過ぎ、八月に突入していた。
少し落ち着きたかった。もし芹沢冬馬が犯人なら、今後の展開を考えなくてはならない。きみは何かしらの作戦を持っていたわけではなく、芹沢家を訪れたのも向こうからの誘いだった。
きみは弟の行方を探している。探しているが、それ以上に重視しているのは、犯人がなぜ弟を連れ去ったのかということだった。その動機を知りたい、知らなくてはいけないと思っている。
芹沢優愛からは何度かデートの誘いを受けてはいた。それを断るたび、きみの胸は痛んだ。
芹沢優愛はなにか悩みを抱えているようで、それできみに相談に乗ってもらいたがっていた。本来であれば彼氏としての役目を果たしたいところだが、いまのきみにはそんな余裕はない。
そういう意味で、楠姉妹はきみに癒しを与えるような存在だった。無邪気な優花と優希のふたりと過ごしていると、きみは辛い過去も一時的に忘れられる。
二人の特別な力、エッジリンクは確実に精度を上げていた。不安定さがなくなり、長時間使用することができるようになっていた。
動物とのやりとりも進化していた。きみはその力を直接確認することはできなかったが、それでも明らかな変化は感じられた。優花がたくさんの猫と交流したせいか、エッジリンクをしていないときでも向こうから猫が寄ってくるようになったのだ。
おかげで情報は得やすくなり、犯人は女性らしいことがわかった。ただ猫には人間の年齢を判断することはできないらしく、何歳くらいかまでは特定できないといい、容姿についても曖昧という点で同じだという。
「もっと猫と仲良くなれば、犯人を特定できると思う」
もし、この力を使えば、芹沢家で飼っているあの犬になにかを聞けるかもしれない、ときみは考えている。そうすれば、弟が連れ去られたあの日のことを聞けるのかもしれない。よこしまな考えだし、動物の証言など誰にでも否定できてしまうものだが、きみにとってはとりあえず真相に近づければそれで良かった。
この日、きみはいつものようにあの公園へと向かった。二人と初めてあったあの公園だ。二人の家が近くにあるので、とりあえずの待ち合わせ場所として利用していて、ここから今日の目的地へと向かうことになっていた。
二人と合流すると、どこからともなく猫が現れた。その三毛猫はきみたちに一声鳴くと、誘うようにゆっくりと歩き出した。この界隈の猫たちの間では楠姉妹はもはや知られた存在なので、なにかを伝えようとしているらしい。
「ついていこう」
「うん、そうしよう」
猫はすぐに止まった。公園内の一画にある芝生エリアで、この街を代表するような樹木など植えられているところだ。進入禁止のロープが張ってあり、その向こうに猫の死体が置かれていた。
まだ小さなハチワレで、すでに死んでいるのは明らかだった。ピクリとも動かず、体には赤い血がこびりついている。だいぶ前に亡くなったのか、すでに血は固まっていた。
これまでに猫の死体は何度か見てきた。とはいえ簡単になれるものではない。とくに小学生の女の子なら。
「どうしてこんなことをするんだろう」
「警察の人が早く逮捕してくれればいいのに」
二人とも目に涙を浮かべている。猫と意思を交わせる二人なら、ショックもさらに大きいのだろう。
きみは猫の周囲を調べてみた。周囲に血痕らしきものはない。ということは、誰かがここに猫の死体を運んできたということになる。
猫を殺したはいいものの、隠し場所に困ったからここに放置をした?
十分にあり得るが、これまで何匹も猫を殺した犯人なら、計画的に事を進めるようにも思う。ここまで猫を運んでくること自体がリスクになりかねない。それともなにか意図があるのか。
気になることはもうひとつある。行為が過激化している。きみが知る限り、これまでの猫殺しでは刃物のようなものは使われてはいなかった。
首を絞められたような猫ばかりだった。把握していないだけかもしれないが、もし犯人が素手から刃物へと切り替えたのなら、人に危害が加えられる可能性も高くなっている。
「ねえ、お兄ちゃん、犯人はどうしてこんなことをするの?」
「ぼくにもわからないけと、一般的にいえばストレスかな」
「ストレス?」
「なにか嫌なことがあって、そのイライラを動物にぶつけているのかもしれない」
「……お母さんが犯人だったりしないよね」
優花のその発言がなにを意味しているのか、きみはすぐには理解ができなかった。
「それ、どういうこと?」
「お母さん、お仕事が大変なときにイライラすることがあるの。それでもしかしたらって」
「そんなこと誰にでもあるよ。きみたちのお母さんだけじゃない」
「そうなんだけど」
「お母さんは自宅で仕事をしているんだよね。だから余計に悪い部分も見えるんだよ。だいたい、猫を殺すような人はあまり感情を表には出さないかもしれない。胸にずっとためているようなタイプだと思う」
そう言いながらも、子供が親を疑うという行為にきみは剣呑ならぬものを感じた。子供は感覚が鋭い。親の本性を見抜いた上での発言かもしれない。
もっと詳しく聞いたほうがいいのだろうか。いや、さすがにそんな偶然はないだろう。この二人の親が猫殺しの犯人だなんて。
ただでさえ動揺している女の子を、これ以上惑わす必要もないだろう。いまは二人の悲しみを癒して上げるべきだ。
「それじゃこの子、埋めてあげようか」
きみが猫を抱き上げると、二人はうなずいた。