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文芸部はとくに大会などはないため、三年生の引退時期はそれぞれの判断になる。
一週間に一度しか部活はないので受験勉強の合間の気分転換に、と参加する生徒もいれば、まったく顔を見せないものもいる。
とりあえず秋の文化祭が一区切りと言われて、部長の交代もその辺りになる。
現部長の片岡春人は熱心に部活に参加するタイプだった。情熱的と言ってもいいかもしれない。
きみが記憶している限り、一度も部活は休んだことがない。本に対する熱量はきみを上回っており、知識量もかなりものだ。
片岡春人は優秀な学生でもあり、志望している大学にはほぼ受かることは間違いないらしい。彼にとっての心配は進路ではなく、この文芸部の将来だった。
「五、四、三。これはこの文芸部の上から数えた人数だ。三年が五人、二年が四人、一年が三人。年々部員が減っていることになる」
部活が始まってすぐひとり立つ片岡春人が、椅子に座る下級生を前にしてそう述べた。三年で部活に参加しているのは彼ひとりだった。
「これは由々しき事態だ。このままでは文芸部がいずれ消滅してじうかもしれない。橘くん、きみもそう思うだろう?」
「いえ、とくには、文芸部のわりに、結構部員はいると思いますから」
文芸部は地味な部活で、むしろ十人以上も部員が揃うことは珍しいかもしれない。
きみたちの通う中学の文芸部は確かに有名で、それはなぜかと言えば有名な作家を排出したことがあると言われているからだ。この片岡春人もその人物のファンで、だからこそ強く文芸部の存続を願っていた。
「きみは来栖先生のファンではなかったのか」
来栖カナタはミステリー作家だった。性別年齢不詳の素性が隠された作家で、実際にこの中学出身なのかもわからない。
ただそういう噂は広がっており、それはどうやら以前この文芸部が廃部の危機に瀕したときに来栖カナタが後輩たちに激励のメッセージを送ったということが発端となっているようだ。
「嫌いな作家ではないです。ただライトミステリーがメインなので、ぼくの趣味とはちょっと違うというか」
「ミステリー好きなら、ミステリー業界に貢献している人をむやみに否定するべきではないと思うが」
「否定しているわけでは」
「それに来栖先生は最近、子供の虐待や貧困といった問題を取り扱った社会派ミステリーにも進出している。ライトミステリーという先入観だけで語るのは間違いではないかと思うのだが」
「すいません。勉強不足でした」
きみは来栖カナタの本は読んだことがあるが、新刊までは把握していなかった。
「とにかく、文芸部の認知度をあげるための方策を考えなくてはいけないとぼくは思っている。せっかく来栖先生が存続の道を開いてくれた文芸部。なんとしてもぼくが現役のうちに盛り上げたい」
きみも文芸部が発展することは望ましいと考えているので、とくに否定するつもりはなかったが、めぼしいアイデアは浮かんではこなかった。
「どうやって盛り上げるんですか?さすがに来栖カナタに頼むことはできないですよね」
「もちろん、そんな下品な真似はしない。まあ、有名人にお願いするということは同じではあるが」
「有名人?片岡先輩は作家の知り合いとかいるんですか?」
「作家ではない。本好きな有名人のインタビューを部誌にのせ、それを一般人も入る文化祭で配ろうかと考えている」
影響力のあるような存在が、中学の文芸部のインタビューを受けるとは思えなかったが、片岡春人には何かしらのあてがあるようだった。
「誰ですか、その有名人というのは」
片岡春人の視線がきみの隣に向けられる。隣には芹沢優愛が座っている。
「まさか」
「芹沢くんの父親はこの辺りではもっとも全国に名の知れた人だ。起業家としての注目度も高いが、マスコミ嫌いであまりカメラの前では話したがらない。その人物のインタビューを部誌にのせることができれば、この上ないインパクトになると思うが、どうだろうか」
その問いかけは部員全体に向けられたものだ。片岡春人の発言は、すでに芹沢優愛とその父親の了解は取り付けてあることを匂わせている。それでもきみは確認せずにはいられなかった。
「忙しい社長がわざわざインタビューに応じてくれるんですか?」
「安心したまえ。すでに芹沢社長とは話がついている。快くインタビューに応じてくれるそうだ」
これは片岡春人の発案ではないのかもしれない、ときみは思う。芹沢優愛から提案されたものである可能性が高い。
きみは芹沢優愛の自宅への誘いを断っていた。それに業を煮やした芹沢優愛の父親が部活という口実を使ってきみを自宅に呼ぼうとしたのではないのか。少なくとも、一部員の片岡春人が提案して受け入れられるものではないように思う。
「どうやら、反対意見はないようだね。では向こうのスケジュールに合わせて、夏休みに芹沢家を訪問するとしよう」




