3
きみは古本屋巡りが趣味だった。この街にはまだ多くの古本屋が残っており、新古書店と合わせれば簡単には回りきれない数にのぼる。
きみが住んでいる街は数百万人が暮らす大都市で、電車などの交通機関もしっかり張り巡らされているので、遠出をするのもそれほど困難ではない。
芹沢優愛と出会ってから、きみはミステリー以外にも趣味を広げようとしていた。
そうしたほうが彼女と話が合わせやすいからというのが理由だが、最近では好みの範囲が広がっていることも実感する。
ジャンルを広げてみると、当然知らない作家やタイトルが増え、それもまた古本屋に通う動機となっていた。
本屋を巡るときはひとりが多かった。そのほうが落ち着いて本をチェックすることができる。
休日だと時間が余っているので、芹沢優愛から自宅に誘われるかもしれないときみは警戒していた部分があるので、デートらしいデートはあまりしていなかった。
それがこの前の帰り道ではそのような誘いがあった。自宅に来るように言われたのだ。
あまりにも突然のことできみは戸惑っていたが、一年近くも付き合いがあれば当然の流れと感じる部分もあった。とりあえず誤魔化してはいたが、いつまでも曖昧にしておくことは難しい。
これからどのような判断を下すべきか、きみは考えながら歩いていた。電車を利用して事前にチェックしていた古本屋へと向かう途中のことだった。
「ん?」
きみは立ち止まり、ある方へと視線を向けた。住宅街のなかにそれなりの規模の公園があり、そこのベンチにひとりの女の子が座っている。
今日は休日なので、とくにおかしな光景ではないはずだが、きみはやけに気になり、公園内部へと足を踏み入れた。女の子に近づいてみると、なぜ心がざわついたのか理由がわかった。
ベンチに座る女の子は目を閉じていた。石像のように身じろぎもせず、静かに座っていた。背筋をすっと伸ばしているので、寝ているのとは違う。何かに集中しているようだった。
いったいこの女の子はなにをしているんだろう、ときみは疑問に思った。
その女の子はきみよりも少し年下くらいで、公園にある遊具で遊んでいるほうがよっぽど似合っている感じだった。
目を閉じ無表情でベンチに座っている姿は異様な感じがして、きみはすぐにその場を立ち去ることはできなかった。
「大丈夫?」
あまりにも動かないのできみがそう声をかけると、その女の子はパッと目を開いた。
「優花」
女の子が最初に発した言葉がそれだった。誰かの名前。きみはとっさに背後を確認した。そこに誰かいるのかと思ったが、人影はない。
ふたたび女の子に視線を戻すと、女の子と目が合う。女の子はしばらくきみを見つめたあと、
「誰?」
と言った。
「あ、ごめん。なんか全然動かないから、どうしたんだろうと思って」
「集中してたの、優花と繋がるため」
「優花?」
女の子が視線をずらし、きみの背後に目をやる。きみがそれを追うようにして振り向くと、今度はそこにひとり、女の子が立っていた。
きみは一瞬、幻でも見ているのかと目を疑った。公園の入り口からこちらへと歩いてくる女の子は、ベンチにいる女の子とそっくりだったからだ。
「優花」
「優希」
同じ顔をした女の子がベンチの前で向き合っている。双子か、ときみは納得した。双子を間近で見たのは生まれて初めてのことだったので、きみは新鮮な驚きを感じていた。
目の前にいる二人はじっくり観察しても見分けがつかないくらいに似ている。親でも簡単には判別できないかもしれない。
「優希、この人は?」
「通りすがりの人。わたしのことが心配になって声をかけてきたみたい」
とうやらベンチに座っていたのが優希、あとから来たのが優花という名前らしい。
本来であれば、双子とはいえ面識のない二人の前にとどまる必要はない。きみも一度は通りへと戻ろうとしたが、なぜか先程の優希の発言が気になった。
「その、繋がるってどういう意味なの?」
「優希、言ったの?」
後から来た優花が詰問するように言う。
「説明はしてないよ。目覚めたときに目の前にこの人がいたから、つい口走っただけ」
「気をつけないとダメだよ。悪い人に狙われるから」
「うん。でもこのお兄ちゃん、悪そうには見えないよ」
優花はきみのほうを向いた。まじまじと見つめる。
「あなたは誰ですか?」
そう聞かれ、きみは穏やかな口調で自己紹介をした。名前は橘海斗。隣町に住む中学二年生。趣味は読書。とくにミステリーが好き。
今日、こちらまでやってきたのは本屋巡りをするため。隣町といっても同じ市内で、電車で一駅のところに自宅はある。いまからちょうど古本屋へと向かうところで、その途中にきみたちと会ったのだと。
それに続いて双子も名乗る。楠優花と優希の姉妹で、やはり双子。年齢はきみよりも二つ年下で、小学六年生。
ここで何をしていたのかについては当初答えようとはしなかったが、一回り体の大きいきみが丁寧に話したことを好感したのか、ベンチに座っていた優希が優花の袖を引いてこう言った。
「ねぇ、このお兄ちゃんにあのことを話してみようよ。いつまでも二人だけの秘密だと、わたしも息苦しいから」
「会ったばかりの人だよ。信頼できるかどうかなんてわからないよ」
「でも、このままだと本当に悪い人が近づいてくるかもしれないよ。エッジリンクをしているときは無防備だから、近くに誰か男の人がいて守ってくれたほうが安心かもしれない」
「エッジリンク?」
聞き慣れない単語に、きみは敏感に反応した。自分でもよくわからないが、それが何かやけに知りたいと思った。
「優希の言うことは正しいかもしれない。このままだとわたしたちのほうが被害を受けるほうになるのかも」
「うん。それにミステリーが好きなら、わたしたちの活動に協力してくれるかもしれないよ」
「活動って、何かしてるの?」
「わたしたち、猫殺しの犯人を捕まえようとしているの」
これはきみも知っているあの事件のことだ。猫の被害は広範囲に及んでおり、隣町でも殺された猫が出ている。
どうやらこの双子は街を歩いて亡くなった猫がいないのか調べ、あわよくば犯人も見つけようとしているようだ。
しかし、そうなるとひとつの疑問が出てくる。双子のうちひとりはベンチに座っていたことだ。猫を探すというのなら、歩いていないとおかしい。
疲れて休んでいたようにも見えなかった。
そんな疑問をぶつけると、
「エッジリンクは二人とも歩きながらはできないからだよ」
優希のほうがそう答える。
「それってなんなの?」
「エッジリンクはわたしたち二人の特殊能力なの」