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優希が亡くなったあと、きみはしばらく部屋に閉じ籠っていた。外出するような気持ちにはならず、食欲もわかなかった。


優希を殺した犯人はいまだに捕まっていなかった。郊外にある廃工場で優希は何者かに首を絞められ殺された。きみたちがエッジリンクをしたあのときのことだ。


幸い、優花のほうは無事だった。意識を共有していたとはいえ、さすがに死ぬことはなかった。


警察はきみのことを当初は疑っていたのかもしれない。隣町に住む中学生が、わざわざ猫殺しの犯人を捕まえるために小学生の女の子に協力をしていた。しかもなぜか彼女が殺されたとき、一緒にはいなかった。


誰が見ても怪しいと感じることは否定できない。もちろん、いまはきみのことは容疑者からは外れている。犯行の際に犯人のDNAが採取されており、それはきみのものとは違っていた。捜査はいまも続いている。


「大丈夫、橘くん」


芹沢優愛が自宅まで訪ねてきたとき、きみはベッドに寝たままだった。誰にも会いたくはなかったが、母親がきみを心配して部屋まで彼女を案内した。


「夏休みももう終わるよ。学校にはこれるよね」

「……」


芹沢優愛からは何度も連絡が来ていた。きみはそれに応答はしなかった。ただでさえ警察の事情聴取でうんざりしているのに、その上恋人からしつこく追求されるのはさけたかった。


とはいえ、芹沢優愛の言うようにもうすぐ夏休みは終わってしまう。いずれ学校で会うことを考えればここで無視するのも得策とはいえない。むしろ誰かと話したほうが気持ちは楽になるのかもしれない。

きみは体を起こし、芹沢優愛に向き合った。


「ごめん、ずっと無視していて」

「ううん、そんなことない。橘くんも辛かったよね」

「芹沢さんもいろいろ聞きたいことはあると思うけど、いまはまだなにも言えないんだ」

「気にしなくていいよ。ショックな出来事だったよね」

「いつか話すよ、具体的になにがあったのか」


芹沢優愛はベッドに腰を下ろし、きみの手を握るようにした。


「すごくやつれてるけど、ちゃんとご飯は食べてる?」

「あまり、食べてない」

「体力が落ちれば、立ち上がる気力も出てこないよ」

「それは、わかってるけど」

「風邪とかひいてないよね」


芹沢優愛はきみの額に手を当てた。


「大丈夫そうだね。なら、少し外を散歩しない?太陽の光を浴びるだけでも、気持ちが前向きになったりするよ」

「いまはそんな気分じゃ」

「うちに遊びに来る?お父さんが気分転換に、どこかに連れていってあげてもいいって言ってたよ」

「芹沢社長が?」

「うん。夏休みもあと数日は残っているから、ちょっとした遠出もできるからって」


娘の恋人とはいえ、そこまでしてもらう義理はないようにきみは思う。一般的な父親なら、こういうタイミングで娘との交際を諦めさせるのが普通ではないのかときみは思う。


「なにか、話したいこともあるって言ってたけど」

「話したいこと」

「もしかしたら、自分の過去のことかも。お父さんは昔、荒れていた時期があるって言ってたよね。そのとき、大事な友達を亡くしたことがあるって言ってたから」


きみの気持ちもわかるということだろうか。そうだとしても、いまのきみにこの家から出るような気力はなかった。


「やめておくよ。あの子達に申し訳ないし」

「いつまでも悲しんでたらダメだよ。双子の女の子だってそんなの望んでないと思う」

「……いま、なんて?」

「え?」

「マスコミには姉妹としか出てないはずだけど、どうして双子だってわかったの?」

「それは、SNSかな。ほら、そういう情報も書いてあるでしょ」

「芹沢さんはSNSはやってないよね。ああいうのはあまり好きじゃないって言ってたし」

「橘くんが関係しているから、気になってチェックしたの」

「……どうして半袖じゃないの?」


芹沢優愛は長袖のブラウスを着ていた。夏の終わりが近づいているとはいえ、今日も暑い日だった。エアコンのきいた部屋にずっといたきみでもそのくらいはわかる。


「ちょっと風邪をひいていて」

「芹沢さんはさっき、ぼくの額に手を当てていた。それは風邪を引いている人間のする行為じゃないよ。そもそも、ぼくの体調を心配しているのなら、風邪を引いた状態ではやってこないと思う」


きみは芹沢優愛の袖をまくった。そこには予想した通りのものがあった。手首と肘の中間地点辺りに縦に走った赤い線。爪による引っ掻き傷だった。


「優希ちゃんは首を絞められて、殺された。そのときに手を外させようと犯人の腕に爪を立てた。これはそのときにできた傷だよね」

「なに言ってるの、橘くん、わたしがそんなことするわけないじゃない」

「もしかして芹沢さん、猫を殺した事件にも関わってるんじゃない?芹沢さんの手、よく見ると小さな傷がいくつもあるね。これって猫に噛まれたり、引っ掛かれた傷なんじゃないの」

「やめてよ、そんな言い掛り」


芹沢優愛は手を振り払うようにし、ベッドから立ち上がった。


「もし、そうなら、素直に言ってほしい。ぼくは芹沢さんの事情がまずは知りたいんだ。自首をすすめるかそういうんじゃなく」

「やめてって、言ってるでしょ!」


芹沢優愛は叫ぶように言って、部屋を飛び出していった。きみがその後を追って家を出たとき、すでにそこに芹沢優愛の姿はなかった。

どちらへと向かったのか、と視線をあちこちに流していると、どこからか急ブレーキ音とともにドンという激しい衝突音が聞こえた。


「芹沢さん」


夏休みだというのに、路上は閑散としていた。きみはそこにひとりだった。ひっそりとした道路に立つきみに、照りつけるような日差しがいつまでも降り注いでいた。

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