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5.騎馬崎 駆馬・5



 じゃばじゃばと水が流れる音が聞こえる。

 すりガラス越しに見える人影は、スレンダーな肢体を惜しげも無く見せつけ、堂々たる声を風呂場から発した。


「お湯、イイ感じだよ~」

「あ……、はい。うっす」


 きぃ……と、風呂場のドアを開ける。

 そこには見慣れた、決して広くない一人用の浴室とバスタブと。


 ――――色のついたタオルで身体を包んだ、一人の女子がいた。


 一人の女子というか、カルマさんだった。

 うん。そんなこと、分かり切っている。


「こっちだよ」

「……っ」


 はだがしろい。

 浴室のライトに照らされているからか、それともこれまでに見たこと無い部位まで見えているからか。普段目にしている肌の色とは、全然違って見えた。


「というか……、どうして、タオルを上下に……?」

「ん、コレ? バスタオル一枚巻くよりも、二枚のほうが自由に動けると思ってね!」


 頭良いでしょーと笑う彼女。

 頭の良い女子は、思春期男子の前でタオルのみで居ないと思うのだが。


 普通(?)なら大きなバスタオル一枚を、身体前面に巻き付けるところだが。

 現在の彼女は、通常のタオルをまるでビキニタイプの水着のように、胸と腰に巻き付けるスタイルをとっていた。

 透けさせないための、せめてもの配慮なのだろう。タオルは流石に色付きだった。深い青色なので、これなら水がかかっても大丈夫だと思われる。

 が、それとはまた別の問題として――――


「こ、」

「こ?」

「い、いや……」


 隠れている部位では無く、出ている部位のハナシ。

 腰のくびれがエグすぎる。

 あまりの細さに声が出そうになった。

 細身だとは思っていたが……、こんなに引き締まり、そして艶めかしいラインだとは……!

 というかカルマさん、思った以上に着痩せタイプだ。

 強く縛っているからという理由もあるだろうが、胸元にはしっかりと谷間が出来ている。


「おぉ……」

「ん? どうかした?」

「あっ! し、しまっ……! す、す、すみません……!」


 ついぞ興味本位と意外性で、じろじろと谷間を見ていることに気づいてしまう。

 イレギュラーなことが続きすぎて、脳が入ってくる情報を処理出来ていない。


「最近ようやくちょっと大きくなったんだよ! でぃー……おぉっと……! な、何でも無いよ!」

「でぃっ……!」


 そ、それってどれくらいだ……⁉

 基準が分からんが、柔らかそうなことだけは確かだ。


「というか、足も……!」


 そう。

 上半身のインパクトは、ある意味半分である。

 いや、女子の柔肌を目の当たりにしたのは初めてだから、相当の衝撃もあったんだけど。

 しかしカルマさんは元々、冒険者姿のときにも薄着だった。だから上半身の肌感(・・)は、俺の想像の中にはあったのである。


 しかし足部分は、完全な未体験ゾーンだった。

 銀の鎧に覆われていた、太腿及び脹脛の箇所が、外気に晒されている。


 白く、滑らかな肌だった。

 鍛え上げられた筋肉と、しなやかさを持つ柔肌が、バランスよく存在している。

 上半身部分とは、また違った意味で目を惹かれる。

 直接的なアダルトさではなく、芸術品の中に時折混ざってくるエロスというか――――


「あー、タマ……」

「は、はいっ⁉」

「さ、さすがに……、見すぎ……かも」

「あっ⁉ い、いや、すみません!」

「いやいや、いいよ大丈夫!

 恥じるべき箇所ではないし、恥ずべき箇所は、こうして隠してるからね!」


 あはははは! と、元のテンションに戻りつつ、腰に手を当て笑う。

 いくら見えないようにしているからと言って、足を開いて立たないでいただきたい。滑って転びでもしたら、色んな意味で大ケガだ。


「しっかり結んでるから心配ないさ!」

「そうじゃなくて、俺側の事情を考えてくださいって言ってるんです!」

「キミのじじょう? えー……、ん……。む……おぉ…………わ、わ、」

「?」


 彼女の視線は俺の顔から、下のほうに移って行く。

 大きな瞳が、僅かに更に大きくなった。その視線の意味を理解した後、俺は慌てて股を手で覆った。

 カルマさんはまるで、これから強敵に挑むかのような目つきになる。……代わりに、さっきまでの笑顔は消えていた。


「な……、なかなかだと思う……よ?」

「そ、そうじゃねぇ……!」


 好戦的な表情に反して、珍しく言葉はやや揺らいでいた。


「いやコレはその、アレがそういう感情では無いと言いますか! やましい事ではないと言っておくべき事案でございまして――――ぐぉっ⁉」


 わたわたと内股で狼狽する俺を、しかし彼女は無理やり右手だけで押さえつける。

 小柄な身体のどこにそんな力があるのか。

 もしくは、今の俺にはどうやっても力が入らないからか。


「いいから座ろう、タマ」

「……………………ハイ」


 色んな意味で、身動きが取れなかった。

 さて。

 怒涛の、風呂回が幕を開ける。







 右手。左手。

 右足。左足と。

 意外にも彼女は丁寧に洗っていく。

 俺はずっと股を押さえている体勢だったのだが、様々な部位がどんどんと綺麗になっていくから不思議だ。


「よーっし……。こんなモンじゃないかな?」


 言って彼女は、仕上げとばかりに俺の背中にシャワーの湯をかけた。

 一日の汚れが綺麗に洗い流されていく。


「あ、お〇ん〇んは自分で洗ってね!」

「何のためらいも無くその単語を⁉」


 騎馬崎 駆馬、十九歳。

 彼女の言葉(いきざま)は、思った以上にもパンクだった。


「というか、無理やり洗われるのかとひやひやしてました……」

「さすがにボクも、異性のお〇ん〇んは触ったりしないよ~」

「良かった……! そこだけは分かっていてくれて本当に良かった……!」


 あははと彼女は面白そうに笑う。

 そして。

 俺の後ろにすとんと座った音がして。


「さてと。ボクも洗おうかな」

「おいおいおいおいおいおいおいおい」


 背中越しに不穏な言葉が聞こえましたが。


「ん? どうしたの?」

「いやいやいやいやいやいやいやいや!」

「壊れたラジオみたい。もしくは、本当に壊れちゃった?」

「壊れたくもなります」


 言っている間にも、カルマさんは完全に上下のタオルを外し終えたようだった。

 先ほどのボディーラインから逆算し、彼女の全裸が脳内に再生されそうになってしまう。

 俺は慌てて頭を振って、彼女に注意を施すことにした。勿論声だけを、背中越しに飛ばしてだ。振り返るような愚策は決して行わない。


「あなたこの状況で、本気で身体を洗おうとしてるんですか?」

「お風呂だからね」

「そうだけど……」

「あ、大丈夫だよ! 後でボディソープ代とかは支払うし! パーセンテージでいい?」

「そういうことではないです!」


 だめだ。めっちゃ単純な単語しか浮かんでこない。

 元より。一度こうと決めたこの人への説得など、試みるだけ無駄なのだ。ダンジョン三階層分だが、理解できている。


「…………」


 しゅこしゅこと、タオルと泡が肌を滑る音がする。

 先ほど俺へ行われた洗浄を、彼女は今、自分の体へと行っているのだ――――


「…………はぁ」

「ん?」

「いや……。諦めました」

「なぁにそれ?」


 ため息をつきつつ、俺は彼女に言葉を投げる。


「これから先、あなたとパーティを組んで行くにあたって。こんな突拍子もないことが起こるのかなと思うと、慣れておかないとなぁと思いまして」

「よく分かんないけど、ありがとう……でいいのかな?」

「まぁ……、イイんじゃないですかね?」

「…………」

「…………」


 再び、タオルが滑る音が響く。

 背中合わせの二人。

 互いに全く性格が違うのに、こうして裸になって、やることは同じだから不思議だ。


「えへへ……。ありがとね、タマ」

「こちらこそです」


 何がとは、言及しなかった。

 パーティを組んだことに関しては、最終的に俺が決めたことだし。

 破天荒に付き合って受け入れたのも、納得済みのことだし。

 彼女のパーソナリティと付き合っていくと割り切ったのも、感謝される謂われはない。


 だから俺の返事も、的を射ていないのかもしれない。

 それでも、一先ずはこのコミュニケーションで、いい。

 俺とカルマさんは、こういうので良いと思ったのだ。


「あ、ところでタマ?」

「何ですカルマさん?」

「これ……、身体拭くときどうしようか?」

「どうして考えなしに行動するかな……」


 一瞬の沈黙の後。

 先に口を開いたのはカルマさんだった。


「が……、」

「が……?」

「頑張るね!」

「くそう……!」


 その後彼女は、赤面しながらも、決して目を逸らすことは無かった。

 両手が不自由でどうしようもない俺は。

 ただただ、赤子のように。


 ――――拭いてもらったのだった。


「……そこは、目を逸らしてもいいところなんですよっ!」

「で、でもほら、ボクが頑張るしか、ない……、……ごくり」

「生唾を飲み込まないでくださいよ生々しい……」


 そんな俺は顔を覆うしか無くて。

 こうして。

 俺たちのファーストインプレッションは、終わったのだった。





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