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9.きみの影がみえたから


 かくして、戦闘は終わりを告げた。


『ぐぅぅぅ……! ワ、ワタクシ、がっ……! こんな……!』


 トゥトゥリアスは地に這いつくばり、苦痛に顔をゆがめている。


『がぁぁ……ッ、ぐぅ……‼』


 乱れたモニター映像のように、身体中のところどころが点滅し、消えかかっている。周囲のダンジョン壁も淡く光り始めていることから、力がほとんど残っていないのだと思われる。


「ダンジョン、クリアか……」

「そうみたいね」


 長かったようで短かった、プロBランクのダンジョン制覇。

 明らかにランク以上の場所だったことを、どう説明したものかと考えていた矢先だった。


「――――、」

「カルマさん……?」


 消えていくトゥトゥリアスへ。

 彼女はかつかつと鉄靴(サバトン)を鳴らし、歩み寄る。

 そして、近くまで行くと同時。


「はい」

『え――――』


 その、白銀に輝く鉄製の脛当て(グリーブ)鉄靴(サバトン)を脱いで。

 すっと、トゥトゥリアスの眼前へと差し出した。


『なに、を……、なさっている、の、です……?』


 今にも消えそうな身体で。薄らいでいく意識で。トゥトゥリアスはかろうじて声を出す。

 それに対してカルマさんは、しっかりとした声であっけらかんと、言い放った。


「乗り移りなよ、これに。出来るでしょ?」

『は……?』

「カルマさん?」


 ぽかんとしたのはトゥトゥリアスだけではない。俺たちもだ。

 退去に備えていたすめしとるいちゃんも振り返り、呆気に取られている。


「ねぇタマ。このダンジョンって、死者とか出てないよね?」

「は、はい……。クリア者が出て無かったってだけで。死者は、一応」

「良かった良かった。あぁでも、けが人は流石に出てるか」

「それは……まぁ、出てるでしょうね。でもそれは、職業が冒険者である以上、仕方ないというか、自己責任というか」

「えへへ! だよね!」


 ぶっちゃけ死者も自己責任だけどな。冒険者ってそういうものだし。

 しかし……、カルマさんが何を言いたいのかが分からないな。


「じゃあ大丈夫だね。……はい!」


 カルマさんはそう言って。

 改めて脛当て《グリーブ》と鉄靴(サバトン)を。己の武器を突きつける。


「由緒正しい鎧を改造してもらったものなんだけど、やっぱりお気に召さない?」

『だか、ら……! なんなのと聞いていますのよ! ……ぐッ!』

「いやぁ。『ちゃんとしたモノ』なら乗り移れるかと思ったんだけど。……このダンジョンにしてたみたいに」

「カルマさん、それは――――」


 確かに。

 彼女の発言から想像するに、トゥトゥリアスは元々概念の存在みたいだ。

 カルマさんに充てられて人の形を持ち、ダンジョン自体とも同化していたことから、何かの物質に乗り移ることもおそらく可能で。


 ――――というか。

 その推測よりも、今重要なのはそこではなくて。


「助けてあげるよ、トゥトゥリアス! ボクたちの仲間になろう!」

『………………ッ⁉』


 言い切ったカルマさんの顔は。

 太陽そのものだった。


 あの記者会見で見せた顔。

 俺を助けてくれた時の顔。

 風呂場で頑張ってくれたときの顔。

 クエストで元気いっぱい跳ね回っているときの顔。


 エネルギーを放つ。

 光りある、英雄の相貌だ。


『そ――――そんな、こ、と……』

「はやく! それとも、これじゃあ無理かな⁉」

『~~~~ッ‼』


 消えかける魂のまま、狼狽する黄金姫。

 でも確かに。トゥトゥリアスの気持ちも分かる。カルマさんの思惑が、理解できないのだ。

 手を差し伸べることに。どんな意味がある?


「カルマ」

「ん?」


 場が混乱していく中。

 すめしとるいちゃんが、横合いから質問を投げた。


「どうして彼女を助けようとするの? その存在は、私たちを殺そうとしたのよ?」

「そ、そうです~……! たまたま倒せたから良かったですけど、一歩間違えればわたしたちが死んでました……」


 二人の質問を受け取ったカルマさんは。振り返ってにこりと笑った。

 一瞬だけ、こちらを見たような。

 そんな気がした。


「一度失敗することくらい、生きてりゃ誰にだってあるよ」

「あ……」


 それは。

 いつか言った、俺のセリフだった。


「こんな面白い存在が、たかがボクらのパーティ(・・・・・・・・)に行った暴力でいなくなるの、世界の損失だと思う」

「カルマさん……」


 あの夕日さす教室で。

 俺が教官に言った言葉と同じことを。彼女は口に出している。


「だってトラップ操れるんだよ? それってつまり、ボクの斥候(スカウト)職と合わさったら、最強になると思わない? 解除も仕掛けるのも思いのまま! ……とかね」

「カルマ……」

「せんぱい……」


 呆れたようにため息をつく二人に笑いかけて。

 カルマさんは、あらためてこちらに視線を向けた。


「どうかな、タマ?」

「いいと思いますよ」

「えへへ! やったぁ!」


 俺の返事は即答だ。

 きっと呆れながらも、二人も納得してるだろう。


「一緒に行こう! トゥトゥリアス!」


 差し伸べた手は。あの日のように。

 死にかけ、もうどうしようもなくなった存在に、再び活力を与える。

 太陽のような笑顔と共に。


『――――ふん。とっても、甘い奴ら、ですわ……』


 でも。

 だからきっと、惹かれたんですのね。


 そう、言葉にならない呟きと共に。

 彼女はカルマさんの鉄足(よろい)――――ではなく、俺の手袋へと吸い込まれていった。


「ありゃ?」

『魔力の籠っていない物質(ところ)には、長くはいられませんの。なので、仮住まいとしては、こちらで』

「あはは、そっか!」

『ふん……! 居心地は最悪ですけれどね』

「悪かったな」


 弱々しく言葉を発していた手袋は。

 そのまま、ひと時の眠りについた。

 最後に、『ありがとう』という言葉を残して。


「……今度こそ、終わりましたね」

「そうだねぇ。あー疲れた!」

「疲れたじゃないわよ、まったく」

「そ、そうですよ~! びっくりしました……!」

「あはは、ごめんごめん!」


 朗らかに、そしてやや狂気を孕みつつ、彼女はいつものように笑う。

 俺はため息をつきながら、カルマさんに問いかけた。


「どうして、俺がやったみたいなことを?」

「へへ。――――それはね」


 くるりと振り返り。

 強い瞳と、目が合う。

 爛々と輝く、エネルギーのある瞳だ。


「タマはさ。ボクに影響を受けてるいちゃんを助けたって言ってたけれど。……それは、こっちもなんだよ?」

「え?」


 俺の何歩も先にいるはずの。

 憧れでもあった、天才は。

 輝く笑顔と共に、こう言った。


「キミはとっくに、ボクに影響を与えるくらいに。立派な冒険者になってるってことさ!」

「――――」

「えへへ! だから大好きっ!」

「うわぷっ⁉ カ、カルマさん……⁉」


 がばっと抱きつかれる。

 彼女の温もりと力強さを、一身に感じた。


「これからもずっと一緒にいようね、タマ!」

「――――はい。カルマさん」


 笑って。俺は。

 チームメイトであり恩人であり。

 ヒロインのようでいてトラブルメーカーでもあり。

 あけすけなようでいて乙女でもあり。

 強気で狂気で勝気で陽気な、彼女に。

 はっきりと告げた。


「ずっと一緒に、冒険し続けましょう」


 彼女はこれから、プロ冒険者となる。

 俺もこの、太陽みたいに。

 自分で輝ける強い冒険者になりたいと。

 だからこの先何年かかっても。

 絶対にプロ冒険者になってやると、決意したのだった。








「あぁキミら。全員でプロになってもらうから」

「「「「えっ⁉」」」」

「あんな特異な事件、プロでもなかなか解決できないからね。

 学生でくすぶらせておくのはもったいないと、組合からのお達しが出たんだよ」

「「「「えっ⁉⁉」」」」

「というわけで。はい、卒業資格と、プロDランクの証書ね」


「「「「えええええええええええ~~~~~~ッッッ‼‼⁉」」」」



 なんつーか。

 カルマさんと出会ってからの俺の人生、波乱万丈すぎだろ。








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