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6.覚醒の時は今



「………………オツカレサマデス」

「「「………………っ!」」」


 激闘は終わった。

 うん。俺は何も見ていない。だから、感想は特にない。

 思うところも何も無いし、目撃してもいないから語ることは特にない。

 だから、どうして三人とも衣服が半脱げなのかとか、下着の替えが必要だったのかとか、カルマさんとすめしがチラチラとるいちゃんの大きな手を見ているのかとか、俺には知る(よし)はないのだ。


「るい……あなたね……」

「いやぁ……、その大きな指で、アレやソレは……ねぇ?」

「変なものに目覚めそうだったわ……」

「いや、すめしはけっこうギリギリラインだよいつも」

「感想戦をするな!」


 カルマさんとすめしは、激闘を思い出しつつ顔を赤らめている。

 オークの倒れる声が聞こえてからの五分弱。

 なにか違う音が聞こえていた気がするけど、俺は特に思うところはない!


『オーッホッホッホッホッホ! 絶景でしたわよあなたがた!』

「くっ……! 貴様!」

『やはりあなた方を苦しめるには、真っ当なものよりもエロトラップ! これにつきますわ!』

「なんてことするんだー!」

「単純に、〇〇〇しないと出られない部屋とかにしなさいよ!」

「そうです~! それかタマせんぱいだけがえっちになるような部屋にしてください~!」

「るいちゃんひでえな⁉」

「あっ……! そ、そういう意味ではなくて……、い、良い意味でです~……」

「何が⁉」


 そんな俺たちを、声の主は楽しそうにせせら笑った。


『いい気味ですわ~! イイ眺めでしたわ~!

 その調子で、ワタクシを楽しませてごらんなさい! オ~ッホッホッホッホッホッ!』


 そして最後にザザザと音がして、声は聞こえなくなった。

 どうやら今回の通話は終わったようである。


「今度はゴリラにならなかったわね」

「なんなんだよ! そういう芸風なら天丼しろよ! ツッコミのリズムが乱れるわ!」

「タマが良く分からない怒りを覚えてる……」

「でもイラつくのは確かよ」

「うぅ……、で、でも……、トラップはどうしましょう~?」

「確かにねぇ。さっきの……、え、えっちな状態。

 見られたのがタマだったから良かったけど、もう一回あんなことになると、体力が……」

「そうね。見られたのがタマだから大丈夫だったけど、心配ね」

「タマせんぱいだから良かったです……。タマせんぱいかっこいい……」

「うん。タマのえっちな状態はカッコイイよ!」

「どこかで私も見ておかないとね。今後のために」

「あれ? お前ら何の話してる?」


 なんか脱線してない?

 どうやら俺に無類の信頼を寄せてくれているみたいだけど、そこまで評価上がるようなことしてないからな?


「あ……、そうか。こっちにはタマがいるのよね」

「まぁそうだねー」

「え?」


 すめしとカルマさんの言葉に、るいちゃんも「ですね」と頷く。

 ん? マジで何の話してるんだ?

 今度もギャグの流れかと思ったが、どうやら違ったようで。

 三人の視線は、俺をじっと見つめていた。


「タマ! トラップ感知、頼んだよ!」

「はぁあああああ⁉」


 いやいやいや!

 というか、本来ならトラップ感知は斥候(スカウト)職であるあなたの役目では⁉


「ボクの感知はほら、低ランクだから」

「そ、そうかもしれませんけど!」

「まぁ厳密に言えば、センサーの範囲が狭いんだよ。Eランクだから、三メートル半径なら感知できるよ!」

「せまっ!」


 それって、通路の幅分くらいじゃん。

 部屋の中央とかに仕掛けられていた場合、全然機能しないぞ。


「ちなみに解除もその範囲だけど、解除はしない方がいいかもね」

「そうね。入口で発動した罠みたいに、解除魔法にカウンターで発動する罠もある気がするもの」

「だからタマ。どこに罠が(・・・・・)仕掛けられている(・・・・・・・・)か予測して(・・・・・)、ボクらに教えて!」

「そ……そんなの」


 しっかりと。

 カルマさんの大きな瞳と、目が合う。


「っ…………、」

「タマ」


 確かに俺は。

 よく最悪を予測して動いていた。

 最適解を導き出して。

 パーティにとって最良の判断になると予想して。

 動いていた――――んだけど。それは。


「……それは」


『玉突き事故野郎』


 耳にしなくなって久しいが、俺と切って切れない悪名。

 誰にも理解されない先読み行動。

 それを――――このダンジョンでやれっていうのか?


「大丈夫だよタマ」

「何がですか……?」


 カルマさんは笑って、柔らかく俺の肩に手を置いた。


「きみの判断に全てを合わせる。

 ボクらは、きみを信用しているからね!」

「カルマさん……」


 ダンジョンに、一陣の風が吹く。

 信頼という言葉が、すっと心臓に入り込んでくるのが分かった。


「…………重いですね」

「あはは! そりゃそうだよ! ――――だから、頑張ってね!」

「……はい!」


 実際問題として。

 先ほどはギャグのノリで済んだから良かったけれど、エロトラップもかかれば致命傷だ。

 洗脳状態になってしまい、仲間同士で攻撃し合う可能性だってある。


 つまりこれから先。

 一度も罠は踏めない。


「……踏ませません」

「タマ……」


 さぁ、月見 球太郎。

 思考の時間だ。


 脳を回せ。頭を冴えさせろ。

 考えに考えて、想定される最悪を導き出せ。


「みんなは、俺が守ります……!」


 そうして。

 足を一歩。

 踏み出した。









「仕込むとするなら右手前のブロック。あ、いや。更に二メートル前の左下に、センサーみたいなものが仕込まれてる可能性があります。探ってください。――――あ、ビンゴです? よし、ならそれは解除で。

 もう一つある? たぶんそれはフェイクだと思います。こちらの用心を逆手に取ってる可能性が高い。まずは本命の、右手前の方からいきましょう」


 進む。

 進みながら、喋る。

 こんなにも。


「次の部屋。順番的におそらく、概念に作用する類のトラップです。隊列、止まって。

 すめし、何か投げて。――――うん。石ころがマイクロビキニを装備したね。つまりあの部屋、入ったら強制的に薄着にさせられる部屋だ。遠距離からどうにか攻撃しましょう」


 喋る。

 説明する。

 言語化する。


「カルマさん、そこの二歩くらい先にスイッチみたいなのありません? ……よし、ビンゴ。たぶんそれは解除していいやつです。解除してから五秒経って、何もなければ先に進みましょう。

 奥の部屋。たぶんそろそろ物理的なトラップの気がします。貞操を守りたいのであれば、迂回路を探しましょう」


 思考して、出して、思考して、出して。

 勇気を、出して。

 仕掛けてある先の先を読んで、裏を探り当てる。

 自分の考えが一番正しいのだと、信じ切る勇気。

 思った以上に恐ろしく、そして――――楽しい。


「るいちゃん、あの旗みたいなの、サーブで狙える? あ、腕は必要以上に出さないで。たぶんこの部屋、入ったら魔法封印か何かをかけてきそうな気がするから」


 俺があのお嬢様の思考なら。次にどんなことを仕掛けるか。

 彼女はエロトラップだと言っていた。

 つまり、絶対それ以外も(・・・・・・・)仕掛けてくる(・・・・・・)


 彼女が感じたいことは、『してやったり』感。

 つまり、こちらの裏をかきたくて仕方ないのだ。


 エロの中に本命を仕込ませ、その避けた先でエロに落とす。

 そのパターンを。

 出来る限り最悪を想定して、探り当てる。


「……すごい、です」


 るいちゃんの呟きに、俺は苦笑しながら返す。


「凡人にできる事は、『気を付ける』ことくらいだからね。

 気を付けて、神経を張り巡らせて、時には賭けに出て、当てる。それくらしか出来ないから、俺には」


 喋りながらも思考はこのダンジョンの主のことへ。

 やつが仕掛けてきそうな方法(こと)

 やつが仕掛けてきそうな場所(とこ)

 寸分違わず、予想して予測して、超越しろ。

 このパーティを安全に前へ進められるのは、今、俺しかいないのだから。


「この三十分間、トラップ発動率ゼロ……」

「やっぱりタマはすごいね! 大好き!」

「唐突なデレはやめて……」


 集中が途切れるので……。

 背中越しに抱きついてくるカルマさんのぬくもりを感じつつも、どうにか次を考える。


「次、は……! くっ……⁉」

「どうしたのタマ?」

「う……、うぉぉ……!」


 次は。

 おそらく、さっきも回避した『入った瞬間、衣服が変化する』系の部屋だ。

 これまで解除と同時に、すめしに魔力パターンも解析してもらっていた。

 魔力の波と流れからして、おそらく間違いないだろう。


 が、とても大事な問題が訪れた。

 重大な問題だ。


「くっ……!」


 むにゅう。

 抱きついたカルマさんの、胸の柔らかさ(ぬくもり)を感じる。

 そのことによって、これまで埋まっていた煩悩が、顔を出してしまった……!

 平たく言えば、おっぱいのことしか考えられていない。


 今ここで、俺が嘘を吐けば……。

 ここにいる全員の、超薄着の姿が見られるわけで。


「――――はっ、はっ、はっ、」

「どうしたのタマ? 以前死にかけてたときと、同じ顔してるよ?」

「くっ……! はっ、はっ、かお、近い……! はっ、はっ……!」


 どうして抱きつきいたままなのだカルマさんは。

 こんなにも俺を煩悩まみれにして、いったい、いったいどうしようというのか。

 俺に間違った選択をさせないでくれ! 俺に、俺にみんなを窮地に陥らせるような選択肢を、選ばせないでくれぇぇぇぇぇぇぇッッ‼



「――――次、たぶん普通の部屋デス」

「え、いきなり⁉」

「ウン。ホントウ、デス。タマ、ウソツカナイ」

「タマせんぱいがロボットみたいになっちゃいました⁉」

「心配ね。敵の攻撃かしら」

「ダイジョウブ、デス。ササ、ゴーゴー」



 言って、三人は部屋に入る。

 すると……、ぼしゅうっとピンクの煙が三人を包み込んだ。


「おっひょおおおおおうやったぜええええ! マイクロビキニか⁉ 眼帯水着かぁぁぁぁぁ‼?(みんな大丈夫か! すまない、俺がしっかりしていないばっかりに……!)」


 なんか心の声と本心が逆に出てしまった気がするが、今はそんなことどうでもいい。

 カルマさんの健康的な美乳!

 すめしの煽情的な巨乳!

 るいちゃんのむちむちの爆乳!

 ここまで頑張ってんだから、目の保養の一つくらいしても問題はな――――い?


「な……、何が起こったんですか~……?」

「分からないわ……。こ、このかっこうは……⁉」

「うええええ⁉ な、なにこれ……?」

「…………ん?」


 見るとそれは。

 動物の着ぐるみだった。

 小さいリスさん。中くらいのウサギさん。大きなトラさんが立っていて。

 ぼてっとした衣装に身を纏った三人は、肌どころか顔すらも見えていない。


「マニアック‼」


 確かにそういうのにエロスを感じる方々も居ると聞いたことはあるけど!

 でもそうじゃない! そうじゃないだろダンジョンの主っ‼


「俺は……! 俺はなんてもののために、重大な裏切りを……!」


 膝をつき崩れ落ちる。

 そこへやってくる三匹のアニマルズ。


「ねぇ、タマをこのまま信用していいと思う?」

「あはは。タマも男の子ってことで!」

「う~……、これ、暑いです~……」


 着ぐるみの嗜好を否定するわけではないよ⁉ ただ、今の俺にそのチャンネルは無いんだ!

 俺が今見たかったのは! 悪に手を染めてでも見たかったのは! 女子の肌だったんや! 最低なこと言ってるかもしれないけど、ハプニングに恥じらう姿が見たかったんやぁぁぁぁっ‼


「うぉぉ~~~~~ん! うぉぉんうっぉぉん! うぉぉぉ~~~~~ん!(辞世の句・フリースタイル)」

「はぁ……。とりあえず、元に戻るまで休憩しましょ」

「そうだね~。魔物除けおいてくるよ」

「あ、手伝います~……」



「おおおおお~~~~~んんんんッッ‼」



 その怨嗟の声は。

 ダンジョン全体に響き渡るほどだったという……。


 あ、その後は再び、ちゃんと予想して進みました。

 悪いことはするもんじゃないですね……。







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