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1.捻百舌鳥 逆示・1



「カルマ、こいつ借りるわよ」

「いいよー!」

「えっ」


 それは。

 四月も半分が過ぎた頃。

 唐突に扉は開かれ。

 俺とカルマさんの元へと、一人の女生徒が現れた。


「えっ、えっ?」


 その後――――、まるで決められた呪文を口に出すがごとく、それはもうすらすらと言い放ち、俺の手を引いて自習室から連れ出す女生徒。

 腕力の強さ以上に、そのスピーディさに、俺の脳はついていけない。


「えっ? えっ? ……えっっ⁉??」


 狼狽する俺とは対照的に。

 動じることなく彼女はすたすたと歩いていく。

 歩幅は均一。

 けれど、急いでいるけど走っていない。育ちの良さが伺える歩行術だった。


「ちょ、なんなんだよ……!」


 白い彼女の掌は、細い見た目に反して力が強い。

 さながら万力に締め付けられているかのように、がっちりと俺の手をホールドして離さない。


「待てって! 説明をしろよ……!」


 クールな出で立ち。綺麗な所作。

 しかしそれとは相反する、勝気な眉と情熱の瞳。


「待てって! ――――ひねもず!」


 肩口で切りそろえられた赤い髪がぴたりと揺れて。

 彼女、捻百舌鳥(ひねもず) 逆示(すめし)は動きを止めた。

 一瞬の後。

 俺の手を握ったまま彼女はくるりと振り返り、口を開く。


「付き合って、月見くん」


 育ちの良さそうな令嬢……に見える女は。

 整った音圧で、綺麗に力強く、口にした。


「ダンジョンよ」

「そんな気はしたよ」


 悲しいかな。

 カルマさんとつるんでからこっち、トラブルが舞い込んでくる可能性は、俺も考慮していたのであった。







 捻百舌鳥(ひねもず) 逆示(すめし)

 彼女の名前を知らないヤツはこの学園にはいないだろう。

 そう言わしめるほど、ひと際有名な人物である。


 カルマさんと同じく、魔力により変色したというには、あまりにも綺麗に染まりすぎた赤い髪。

 きりっとした目つきには、勝気な中にもどこか上品さを醸し出している。

 スタイルもよく、噂によるとFカップ。腰の位置も高く、手足もすらりと長いフィギュア体型。

 いつもつけている、お決まりの髪留めだけが似合っていない。しかしそこも、彼女を取り巻く話題(パーツ)の一つとなっている。


 そんな外見に加え。

 仰々しい名前。

 てきぱきとした所作。

 俺と同じ編入歴なのにも関わらず、常に成績上位キープ……などなど。

 パーツだけにとどまらず、行動までもが目立つご令嬢なのだ。


 そして。彼女もまた、カルマさん同様。

 小学生の頃から有名なスポーツ選手であり。

 テレビで特集されるほどの知名度を持つ、女子テニス界のスターであった。

 誰が呼んだか握り(エース)(オブ)エース(グリップ)

 幼少期から数々の記録を塗り替えた彼女は――――何故かこうして、ダンジョン学園に編入していたのであった。


「捻百舌鳥 逆示よ」

「あぁ、うん。知ってるよ」


 ひねもず すめし。

 常に名前にルビを振って欲しい女、ナンバーワンである。

 漢字がとにかく仰々しい。

 何かの技名だと言われても納得できるくらいだ。


「アナタに用があったのよ、月見くん」

「それは連れ出す前に言ってほしかったかな」


 静かに淡々と。

 しかしはっきりとした意思表示を、言葉で伝えてくる。

 こういった主張をし慣れてる(・・・・・)感がある。普段からというか、ずっと前からこうなのかもしれない。


「それじゃ、道すがら話そうか。ダンジョン行くんだろ?」

「え……、そ、そうね」

「んじゃ一旦冒険者用の装備を持ってくるから。ちょっと待っててくれ」


 つかつかと歩いていたものだから、ここは既に校舎外に続く玄関通路だ。

 一度引き返して荷物を取りに戻らないと、このままではダンジョンに行くことは出来ない。


「……ねえ月見くん」

「ん?」

「あなた、人を疑ったりとかしないの?」

「は?」


 玄関通路はがやがやしていたため、一瞬聞き間違いかと思ってしまった。

 綺麗な顔に少しだけしわを寄せて、彼女は訝し気な表情をこちらへ向ける。

 ……どういうことだ?


「いやいや。そっちが誘ったんだろ」

「そうだけど。なにかほら、罠じゃないかとか」

「何で捻百舌鳥が俺を罠にかけるんだ?」

「……いや、その」


 珍しくどうにも煮え切らない態度の彼女。

 まぁ俺も、話でしか彼女のことを知らないし。普段はこんな感じなのかな?


「ちょっとは疑いなさいよ……っ!」

「ぐぉ」


 違ったみたいですね。

 淀みの無い、綺麗な動きで胸ぐらを掴まれた。

 百六十センチくらいの身体にしては、あまりにも力が強すぎる……。


「なん、なんなんだよ……! そっちから誘っておいて!」

「そうじゃなくて、アナタと私の温度差の問題よ!」

「いやいや、お前が先に(手を)握ったんだろ!」

「でもアナタも(部屋を)出たじゃない!」

「あんな強く握られたら(抵抗するのは)無理だよ!」

「(走るという意味での)かければいいじゃない!」

「急にあんなことされて我慢できるか!」

「柔なオトコね! ――――はっ⁉」


『…………………………』


 ヒートアップした言い合いは、どうやらだんだん周囲に聞かれていたらしく。

 思い返してみると、ちょっと色々と省略しすぎていたため、もしかしなくても周囲に誤解されるような会話だった。


『出たとか……』

『いや、出したんじゃない?』


 ひそひそはざわざわへと変わる。

 すでに俺たちの周りには、けっこうな数の人だかりが出来てしまっていた。


『そりゃあのビジュアルのやつに強く握られたらなぁ……』『なんか、捻百舌鳥さんの方から誘った……みたいな?』『あたしもそう聞こえたけど……』『つーかアレ玉突き野郎じゃね?』『まだ学校居たんだ』『気にくわねえなぁ』


『二人の温度差が問題だって……。認知しないって……』『中〇し迫ったのって女の方?』『いや出したかったのは男なんだろ?』『オトコだねー』『いや認知しないのは男らしくないでしょ……』『おっぱいでかくね?』『前よりでかくなってね?』『髪留め似合ってないよね?』『そこ以外はマジでパーフェクト』『服の繊維になりたい』『俺は化生パウダー』『アイライナーの座は貰った』『え、じゃあ妥協してクソダサ髪留めにするわ』『髪留めはマジでださい』


『なんかエースが〇〇〇握ったって』『出したの?』『え、今握ってんの?』『あの男の〇〇〇そんなにイイの?』『俺も握って欲しいんだけど』『握りのエースってそういう?』『でも握力やばいらしいけど、それって耐えられるの?』『男の〇〇〇も硬いんじゃね?』『じゃあそんな硬いの握ったってことかよ⁉』『〇〇〇が鉄みたいに硬いって』『え、男の人ってそんなに硬くなるの? こっわ』


 人が。

 人が多い。

 言いたい放題囁かれた彼女は、わなわなと震えた後、言い放った。



「――――〇〇〇は握ってない‼」



 なるほど。

 怒りで自分が見えなくなるタイプと見た。







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