0.プロローグ
――――もうだめだ、死んでしまう。
くそっ……! 最底辺ランクのくせに、こんな高ランクダンジョンに挑もうとしたのが、やっぱり間違いだった……!
そう思いながら、俺、月見 球太郎は膝をつく。
「グルル……!」
「うぅ……っ!」
巨体が迫る。
二頭のモンスターの唸り声は、容赦なく俺の心と体を追い詰めた。
後ろはすでに冷たい壁だ。
冷汗はとうに出尽くしている。
「うぁ、ぁ……っ」
逃げ場はない。絶望しかない。
うるさい心臓音。
モンスターの持つ棍棒が、明確な殺意と共に振りかぶられる。
死へのカウントダウンは、もうまもなくだ。
「――――死ぬ」
思えば散々だった。
冒険者育成機関に編入したはいいものの、この一年間全く成果を上げられず。ステータスも凡人以下。スキルランクも高くない。
一発逆転を狙ってパーティたちと高ランクダンジョンへ潜ってみるも――――みんなは俺を置いて逃げて行ってしまった。
取り残された俺はさまよい歩き、そして、順当にモンスターに遭遇した。
元より俺は後衛職。
しかもサポート役の、付与術士だ。
味方がいなければ何も出来ないのに、肝心の味方はすでに逃げている。
「くっ……!」
杖は折れている。
回復魔法の一つすら、発動することは難しい。
だから、もう死ぬ。
月見 球太郎の人生は、ここで終焉を迎えることとなる――――
「見つけたよっ!」
「は?」
死を覚悟した途端。
後方から、底抜けに明るい声がする。
「しゃがんで」
呆気にとられた俺の耳に飛んでくるのは、単純な言葉だ。
そして同時に、謎の音が耳をつんざく。
【Lyyyyyyyyy――――】
「なんだぁ⁉」
これは……魔力の嘶きか⁉
それにしたって聞いたことが無い音だ……。
俺へと襲い来るモンスターへと、その音は近づいていく。
リとイの中間のような音は、まるでエンジン音のように鳴り続けて。そして。
「やぁッ‼」
一瞬の後。
まるでミサイルのように、俺の後方から飛び出した。
「ガァァァッ⁉」
跳躍、接近、後、破壊。
超速度で巨体へと迫ったソレは、気づけばモンスター一体の頭部を破壊していた。
「は……はぁ⁉」
「あははははははははッッ‼」
この人……、今何した⁉ 飛び蹴りだけでモンスターの頭部を粉砕したぞ……⁉
生命活動を停止させたモンスターの一体は、さらさらと黒い魔力となり散って行く。
「いったい何が起こって……え?」
ドクンと、鼓動が撥ねる。
俺の中で、何かが『芽生えた』ような。
そんな気がした。
「……え? ……はぁ?」
俺のステータスに、変化がある……?
戦闘中にも成長するというのは聞いたことがある。だけど、俺は何の活躍も出来てないぞ⁉
「……いや、考えるのは後だっ」
今は目の前にモンスターも迫って来ているし、
――――何より、身体が、掌が、とてもアツい。
「…………うぐっ、」
体の奥底から、『熱』を感じる。
その『熱』は、頭の中にある、何かのイメージに固まっていく。
「くっ……! う、ぁぁぁッ!」
なにか。あついのが――――
「アツいのが……、出るッッ!」
「おや?」
嬉しそうな反応を見せる彼女。
我慢ができず出してしまう俺。
それはとても熱くて、濃いものだった。
……あ、魔力の話です。
「うお、おぉぉぉ……!」
身体を熱が駆け抜ける。
脳が熱を呼び起こす。
「ぐぉ……あぁぁぁぁぁッ‼」
そして。掌から、とんでもない質量の魔力が放たれた。
大きさとしては、俺の頭くらいの――――球体。
バレーボールくらいのサイズだ。
「これ……制御、できなっ、おわぁぁあっ⁉」
ついぞ操れなくて、手を離してしまう。
俺の手から離れた魔力は、ひゅ~んとゆるやかな放物線を描き、オークへと飛来していった。
「ムォッ⁉」
「くッ、避けられた! ……けど、」
【ドォン‼】
と、激しい音が鳴る。
見ると俺が放った魔法球は、ダンジョンの地面を抉り取るほどの威力だったようだ。
ゆるやかな軌道とは裏腹に、とんでもない威力を秘めてるな……。
「俺からあんな、濃いのが……」
魔力の話だ。
分かってると思うけど。
しかし、何が何やらだ。さっきからワケが分からない。
そう困惑していると、一部始終を見ていた少女は、再び声を響かせる。
「あはは! いいねキミ! 最高だね! あはは!」
お褒めいただいて光栄だけれど、残念ながら俺の攻撃(?)は当たらなかった。
というか、あんな高密度の魔力、コントロールできる気がしない。
大きさとしてはバレーボールだったけど、体感の重さは砲丸くらいあった気がする。
「ねぇキミ! もう一発イける⁉」
「ま、また出すんですか⁉ なんか出したら、すごいぐったりするんですけど……」
「まだまだ絞り出してよ! もっといきり立たせてっ!」
「魔力の話ですよね⁉」
要確認である。
ともかく。
「うぅ……、くっ……!」
さっきの感覚を……、思い出せっ……!
「くぅぅ……!」
しかしそうこうしているうちに、モンスターも体勢を立て直し、こちらへ巨腕を振るおうとしていた。
「うぬぅぅ……!」
振りかぶった、凶腕が、眼前へと迫る。
「くぉぉぉぉぉ……ッ!」
そもそも本来なら。
俺は攻撃タイプの魔法は使えないはずである。
しかも付与術士は杖が無いと魔法を放てない。
「かぁぁぁっ――――はぁッ!」
なのに。
ソレは、とても強い膂力と共に生まれ出でた。
「あはっ……! おっきいの出たァ!」
いちいち言い回しが引っかかる。
純粋な瞳を見るに、たぶんわざとではない。……だからこそたちが悪そうだ。
「さっきより、でかい! ――――けど、やっぱりコントロールがきかない!」
それはまるで、運動会で使う大玉転がしのボールの大きさだった。
俺の手を離れた大玉は、先ほどと同じようにゆるりとした山なりの放物線を描き、宙に舞う。
「だめだぁ⁉ そもそも、敵の方に向かっていない⁉」
今度は投げるだけで精いっぱいだった。
一度目よりも高く投げられたとはいえ、敵とは明後日の方向へと向かっている。
「くそっ……! 威力だけは高そうなのに……」
「いや、上出来だよ」
「え……」
悔しがる俺を横目に。
彼女はにっこりと笑い、中空へと飛び上がる。
その体勢は、先ほどと同じ。蹴りの姿勢だった。
だけどそれは、どこか、スポーツめいていて。
その答えは、サッカーのフォームだ。
「ボレーシュートっ……!」
「いっ――――けぇぇェェェェッッ!」
高く宙を舞う彼女は輝く足を振りぬく。
その右足が蹴るのは――――俺の魔力球。
まるでサッカーボールよろしく蹴り飛ばされた巨大な魔力の塊は、絶大な威力をまとったまま、オークの巨体へと炸裂した。
「ガァァァァアアアアッッ‼」
断末魔と共に散っていく巨体。
黒紫色の魔力残滓は、果たしてモンスターのものか、それとも。
「……、」
大きく抉れたダンジョンの地面。
フロアには一瞬の静寂が訪れ、着地した彼女の軽快な足音だけが聞こえてくる。
「あ……、あの……」
「よっと……。いやぁ、無事で何より何よりだったね!」
その塵を背景に。
彼女は底抜けに明るく笑い、あまりの衝撃で腰を抜かしてしまった俺を立ち上がらせる。
「逃げなかったね! えらいえらい」
「――――、」
あらためて、彼女を見やる。
身長差があるなと、まず思った。
俺が百七十二センチ。彼女はおそらく百五十センチほど。
小さな体で妹キャラみたいだが、けれどどこか、『しっかり者のお姉さん』みたいな振る舞いをしていて。それがギャップを生みかなり可愛らしい。
そんな彼女は「そーだ!」と元気よく手を叩く。
「キミのステータス見てみなよ。どうやら『何か』があったんでしょ? 不安じゃない?」
「あ、あぁ。そうですね……」
彼女に指摘された通り、冒険者ステータスを確認してみると……。
名前:月見 球太郎
身長/体重:172センチ/60キロ
職業:付与術士
物理攻撃:F 魔法攻撃:E
物理耐久:F 魔法耐久:D
敏捷:D 思考力:F
魔力値:D 魔吸値:F
「ここまでは、変わってないな……」
いつ見てもしょぼいステータスだ。
視線は更に先へ。
常時発動能力
強化成功率上昇:E
「ここも……、変化なしと」
「なんかきみの常時発動、還元率の悪いポイントカードみたいだね」
「言いえて妙過ぎる……」
強化ってだいたいが成功するからね。
そしてEランクといえば、成功率が98%から98.9%になる、くらいの恩恵しかないわけで。
俺だってもうちょっと、分かりやすく強い常時発動が良かったよ!
「で……、お待ちかね。攻撃とか補助スキルのほうだね!」
「そうですねぇ」
共に視線を進める。
アクティブスキル
魔法上昇:E、
攻撃上昇:E、
回復術:E、
「ここも、うん、変わってない……あれ?」
「お、何か見つけたかな?」
「こ……これ、」
そこの項目は、本来ならば『防御上昇:C』と記載されている部分だった。
俺の唯一のお役立ち部分と言っていいスキル。まぁ、それでもそこまでランクは高く無いのだが。
しかしその『防御上昇:C』の部分が。
――――全く違う表記になっている。
「スキル……、『ボール出し』……?」
「なるほど。さっきの濃い液――――じゃない、濃い魔力は、ボールだったのかぁ」
「液って言いました? あなた今、明確に液って口にしましたよね⁉」
「汁のほうが良かった? なんか、半液体みたいじゃなかった?」
「ちゃんと塊だっただろ⁉ どういう感性してるんだ!」
いや、そんなことどうでもいい。
俺のスキルが変な名称に変わってるんだが⁉
「スキルは戦闘の中で変化することがあるんだよ。知らなかった?」
「それは……、聞いたことがありますけど……」
現象としてはレア中のレアだ。
まさかそんなことが、底辺冒険者見習いの俺の身に起こるとは。
「強烈に何かをイメージしたり~、今の自分にコレが出来ればという想いだったり~、まぁいろいろだね」
「イメージ……、願望……」
「そしてその想いは、道を切り拓く力になる――――ときもある」
その、『謎のスキル』のランクを見る。
そこには。
最高ランクである、『A+++』ランクが表示されていた。
「『ボール出し:A+++』って何⁉」
「よくわかんないね!」
けらけらと腰に手を当てて笑う彼女。
そういえば俺、助けられたのにお礼も言っていなかったな。
「今更ですけど、助けてもらってありがとうございま……す……」
改めて彼女の方を見やる。
そして。
俺が今、誰と何を話していたのかを、強烈に思い知った。
「あ……、あなた、は……ッ!」
「ん? なぁに?」
「き、ききき、きっ……!」
今日は――――色々あった。
高ランクダンジョンに挑んだと思ったら、仲間は逃げ出して。
モンスターに襲われたと思ったら、謎の人物に助けられ、何故か俺にすごいスキルが芽生えていて。
そしてその謎の人物は。
冒険者育成機関・セピア丘学園での。
超有名な、人物で。
「キバサキ、先輩……!」
「お、ボクのこと知ってくれてるんだ! それは話が早いね!」
知ってるも何も。
この学園で騎馬崎 駆馬を知らない者はいないだろう。
小柄な身体。
十九歳という年齢を感じさせない、中学生くらいの幼い顔立ち。
大きな瞳に大きな口。
良く笑い良く走る姿は、まるで元気な馬のよう。
眉上・耳上で切りそろえられたベリーショートの髪型。
黒髪ベースに、前髪の左右二束へ明るい青が入っている。
噂ではそれはメッシュではなく、強すぎる魔力で変色しているのだとか。
軽装で薄着な上半身の服装。
ちらりと見えたへそ。
太腿を大きく見せたホットパンツ姿は、やや露出が多い気もする。が、色気を出す目的では無く、動きやすさ重視なんだろうなと思わせるほどの、天真爛漫なキャラクターを醸し出している――――のだが。
「…………」
そう。
そこまでは、ただの女性の格好だ。
デザインとしては、冒険者がまとうものだから少し奇抜である。
それでもこのご時世なら、日常の街角を歩いていても問題はないだろう。
けれど、膝から下。
そこに装備されているものは、明らかに、戦闘をするための衣装だった。
白銀に輝く鉄製の脛当てと鉄靴。
そしてその脚で繰り出される、神速の蹴り技。
彼女の代名詞でもある――――
「……『白い足』」
「それも知ってくれてるんだね。嬉しいな!」
仰々しい銀足とは裏腹に。
くったくのない太陽のような笑みを浮かべる。
そして、小さな右手が俺の前に差し出された。
「ボクはキミを探してたんだ! さぁ、一緒に冒険しよう!」
「…………………………は?」
ここは。
ダンジョン。
世界中に発生したダンジョン現象。その土地の一つである。
彼女、
冒険者育成機関・見習いBランク、騎馬崎 駆馬と。
俺、
冒険者育成機関・見習いFランク、月見 球太郎は。
こうして、劇的な出会いを果たすことなった。
それが今後、まさかあんな事件に巻き込まれることになるとは。
この時は夢にも思っていなかった。
……というか、ですね。
最底辺の俺には、すでにもういっぱいっぱいなんですけど⁉