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MIXミックス〜詩と音の物語  作者: 西川笑里
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やっべえ!

 なんなんだよ、この子——

 自分の顔を好き勝手にキャンパスにされながら、和音は詩に腹を立てていた。だが、もともと気の優しい性格のため詩に何も言い返せなかった。しかも。

「いいの? バラすよ?」

 ちょっと文句言うと脅されるんだから、自分は今は西園寺詩の奴隷みたいたいなものだ。せっかくいじめから逃げ出したと思ったら、高校に入ってもこれか。まあ、これで声のことを黙っててくれるなら、一度だけやらせておくしかないかな。

 彼女が手にしたペンで目尻に色を塗られているとき、吐く息が掛かるほど彼女の顔が近くて少しドキドキする。ふわっといい匂いがした。


「よし」

 そして両手で顔を挟まれて、何か確認したかと思うと、ヘアブラシを取り出して髪を触っている

 何が「よし」だよ。和音はすっかり不貞腐れてしまっていた。

「これ着てみて」

 彼女が服を差し出してきた。和音は肩のあたりをつまんで広げてみた。

「これ、女の子の服じゃないか。着れるわけないだろ!」

 流石に少し強く抗議してみたが、彼女は耳元に口を寄せて、「いいの? バラすよ?」と言いながら、最後にニヤリと笑ったのだ。

 ——くそっ。どうにでもなれ。もう少しの辛抱だ。

 これ、どうやって着るんだ? とりあえずズボンを履くように、左足を首のあたりの穴に入れてみる。

「こら、ちゃんとファスナー下ろさなきゃ破れるでしょうが。それとさ、下着以外は脱ぎなさいよ」

 きつく怒られた。


 腕を引っ張られるように、部屋を連れ出された。和音が脱いだ服は、彼女が持ってきるやたらでかい布のバッグに詰めた。

 てっきりコスプレしたら終わりだと思っていた和音は慌てた。こんな格好で外に出るなんてありえない! 部屋に戻ろうとしたが、西園寺詩は何も気にしない様子でその手を離してくれずにずんずんと進んでカラオケ屋さんを後にした。

 それにしても、なんて頼りない服なんだ。ひらひらの飾りと丸出しの膝。しかも膝から下に布が何もないので、とても落ち着けない。

 こんな格好を知り合いに見られたら——

 気がつくと、すれ違う男たちがみんな、チラチラとこちらを見ながら通り過ぎる。絶対、変に思われてるようで、顔を伏せて詩の背中に隠れると、彼女から襟首をグイッと引っ張られた。

「ほら、胸を張って歩きなさいよ」

「だってみんな笑ってるじゃんか。ジロジロ見られるんだよ」

 小声で一生懸命に和音は訴えたが、「女の子はみんなそうなんだよ」というようなことを言いながらとりあってもくれない。

 最後には「大丈夫だから」と何事もないように彼女は笑っている。

 大丈夫なもんか——

 どうしても顔を上げられずにいると、「着いたよ」と詩が言う。

 ちらっと顔を上げると、そこは高校生に人気のアパレルブランド「ナイスクロージング」、通称「ナイクロ」だった。

「ちょっと足りないものがあるから、買い物が済んだらお茶しようね」

 西園寺詩はそう言うと、和音の手を引きながらツカツカと店に入ってゆく。そして、店の奥で棚から何枚かの服を手に取るとレジを済ませた。

 そこへ「詩ちゃーん」と言う声が聞こえるので、和音が声のする方向を見ると、何人かの女の子がこちらへ手を振りながら近寄ってきた。

 うわ、やっべえ!

 よくみると、やって来たのは和音と同じクラスの女の子たちだった。

 和音はどこか隠れるところがないか目で探したが、不思議なことに西園寺詩は彼女らに向かって手を振っている。しかも、自分だけでも隠れようとしている和音の手を詩はしっかりと握って離してくれなかった。

 終わった。なんのために僕はこの高校に進学したんだ。ああ、また地獄の学校生活が始まってしまう——

 もう逃げも隠れもできずに和音は肩を落とした。

「買い物?」

 クラスメイトの、確か竹本さんだったか。

「うん。この子のインナーを買いにきたの」

 詩はそう言いながら、和音の手を引いて少し前に出した。

「友達?」竹本さんが聞く。

「いとこなの。おとちゃんっていうの。よろしくね」

 しれっとして詩が言う。

「こんにちは。竹本です」そう言いながら、和音に向かってぺこりと頭を下げた。「さすが詩ちゃんと同じ血筋よね。可愛いし、素敵な服だわ」

 はっ? あの、僕、同じクラスの上杉だけど。

 返事ができずに戸惑っていると、そっと詩が肘で突いた。

「音ちゃん、この子たちは今の学校のクラスメイトなの」

 そう言いながら目配せをする。

「あっ、ああ。こんにちは。音——です」

 ドキドキしながら詩の芝居に合わせたが、何か不思議だった。

 まさか、いつもクラスで僕がひとりでいるから、竹本さんたちは顔がわからないんだろうか。

 しばらく詩と竹本さんたちは立ち話をしていたが、結局彼女たちと別れるまで、全く和音に気がつく様子もなかったのだ。

 いったい何が起きてるのかな。


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