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MIXミックス〜詩と音の物語  作者: 西川笑里
19/42

落ちる

 遅くなっちゃった——

 会場の片付けなどに手間取って、詩は和音と待ち合わせたカフェに行くのがかなり遅くなっていた。大きなバッグに和音の着替えまで詰め込んでいるので、余計に走りにくい。

「詩子、どした」

 ずれ落ちそうなバッグを何度も抱え直し、必死に走ってカフェまであと少しというところで、すれ違いざまにかけられた声に詩は足を止めた。

 詩のことを「詩子うたこ」と呼ぶのはこの世でただひとり。石上三年いしがみみつとしという男の子だ。詩とは近所で幼稚園から小学校までほとんど同じクラスだったから、いわゆる幼馴染のひとりだった。

 詩が中学から私立の中学に進んだので、それから学校は違ったが、家が近所なので今でも道でばったり会うことがある。中学でバスケ部に入ったという石上は、さらにグングンと身長が伸びているらしく、高校一年になった今はすでに180センチを超えたと言っていた。


「ごめん、これ持ってついてきて」

 詩は、肩に食い込んで痛かった大きなバッグを石上に放り投げると、石上は詩の突拍子もないお願いに嫌な顔もせず、バッグを胸で受け止めて一緒に走り出した。


 目的のカフェに着いた頃には、運動不足の詩は息も絶え絶えだったが、石上は平気な顔だ。

「急にごめんね。重かったでしょ」

 ぺこり。

「こんなもん、軽いもんだ。フリースローができるぜ」

 石上は笑ってバッグを顔の前に掲げて投げる真似をした。

「友達との待ち合わせに遅くなって、焦ってたの。助かったあ」

 そう言いながら、詩がカフェの前にあるテラス席にいるはずの和音の姿を探すと、和音の隣に見たこともないの男——たぶん大人——が、妙に馴れ馴れしそうに和音に体を寄せて座っている。

 ——知り合いかな

 最初はそう思ったが、和音が微妙に体をその男から離れるように体を横に捻ろうとしているみたいで、その瞬間に嫌な予感がした。

「待ち合わせって、もしかしてあの子?」

 隣にいた石上も、詩の様子から不穏なものを感じたらしい。

 その時、男の右手が和音のスカートの裾をつまむのが見えて、詩の予感は確信に変わった。

 思わず駆け出そうとした詩を石上が引き留めた。

「俺が行く。あの子、名前は?」

「音ちゃんよ」

 石上は頷くと、テラス席へ向かって走り出したのだった。


 180を余裕で超えるアスリート体型の石上の前には、男もまずいと思ったのだろう、舌打ちをしてすぐに店から消えた。

 詩が駆け寄り和音の首に抱きついて背中を二、三度なでると、よっぽど緊張していたのだろう、和音が椅子から崩れ落ちそうになって石上と2人で和音を抱え上げて座らせた。

「ボ、ボク——何も、でき……なくて」

 血の気の引いた真っ白な顔。込み上げるように紫色の唇を震わせ俯いている。

「いいから、音ちゃん。今は何も言わなくていいから」 

 詩はもう一度、和音を抱きしめた。


「まあ、何もなくてよかった。音ちゃんだっけ? もう大丈夫だからさ」

 詩と和音の横でしゃがみ込んだ石上が優しく声をかけると、和音が少し怯えたように詩を見た。

「ああ、彼は私の幼馴染なの。大丈夫、バカだけど悪い男じゃないから」

「バカだけどは余計」

 横から石上が口を挟んで笑っている。それを見て、少し和音が落ち着いてきたようだ。

「ありが……とう」

 目を潤ませた和音から見つめられたからか、石上が真っ赤になっていた。


「彼はね、石上三年君。石の上にも三年って書くの。だから、さんちゃん。学校は違うけど、うちの近所に住んでるのよ」

 和音が落ち着いたので、3人でテーブルを囲んでいた。

「私、上杉音です。さっきは本当に——」

 思い出しそうになったのか、和音が言葉に詰まるのを、「大丈夫、大丈夫」と詩は背中を優しくなでてあげる。

「なんだ。さっきボクって言ったから、音ちゃんてボク系女子かと思ってた」

 場を和ませようとしているのだろう、石上が冗談めかして言う。

「えーっ、そんなこと言った?」

 まだ少し涙目だが、笑いながら和音が答えた。

「おお、言った。言った。俺、可愛い女子が『ボク』って言うのに萌える」

 さんちゃんって、なんかいつもよりハイテンション?

「ああ、それセクハラあ」

「いや、褒めてるんだ。女子なら喜べ」

「じゃ、今度からボクっていう」

 さっきまで泣いていた和音が楽しそうに笑っている。そして日ごろは割と無口なさんちゃんが妙に軽口を叩いていて——

 あれ? さんちゃん、君はそんなよく喋るキャラだったっけ?

 あのさ、それってもしかして、「落ちた」のかな。——恋の沼に。

 詩は2人を交互に見ながら、吹き出しそうになるのを堪えてニヤついていたが、そのうちに、和音が自分以外とこんなに楽しそうにしゃべってることに、少しだけ心にざわつきを感じ始めた。

 ほんの少し——イラつくのはなぜだろ。いや、相手は男だぞ?

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